Vol.0 【はじまりの日】

今日は、今年小学校3年生になる娘の授業参観の日。

普段はあまりわがままを言わない娘が今日は絶対に観に来てほしいってお願いされたので、会社を半休取って来ました。

今は6時間目の国語の時間で、この参観の為に作文を作成していて今日は発表をしていく、という事なのですね。

先生が「発表したい人?」って聞くと全員が「はーい」と手を挙げる。実に微笑ましい光景です。

テーマは「わたしのお父さん、お母さん」ですね。

そうして次々と発表していく子供たち。

うちの娘も頑張って手を挙げるもなかなか当たりません。

みんな一生懸命だから仕方ないですね。


そして、授業も残り5分になったところで、先生が「次の人が最後かしらね」と呟いた。

ガタッ!っと娘の席の近くから音がした。

「じゃあ、つぎの「はい!!」……蓮川さん?」

娘が先生の話を遮るように手を挙げながら立ち上がる。


「……(じっ)」

「……じゃあ、蓮川さん」

「はい、ありがとうございます」


娘の視線の圧力に負けて、先生はそのまま娘を当てることに決めた。

周りの子の何人かが睨んでいるから後でフォローが必要かもしれないですね。


そして、娘が発表し始めた。


「わたしのお父さん 3年4組 蓮川 水菜緒

わたしのお父さんは、いつも笑顔で優しくて、ちょっぴり厳しい人です。

わたしが何かを頑張って達成すると、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、喜んだり褒めたりしてくれます。

この前も、綺麗に咲いた菊の花を見せただけで大喜びでした。

でも約束を破ったり、言葉を誤魔化したり嘘を言うと頭をトントンって叩きながら叱ってくれます。

お父さんのお仕事は、営業で、人と人とを繋げるお仕事をしています。

夜もいつもパソコンに向かってお仕事をしています。

わたしが夜中に目が覚めた時もいっつもお仕事をしているから、いつ寝てるんだろうって心配になります。

頑張るのもいいけど、体を大切にしてね。


そんなお父さんの夢は、喫茶店を開いて、来てくれる人みんなを幸せにすることです。

お父さんが言っていました「お店にはそれを造った人の思いがめいっぱい詰まってるんだよ」って。

だから、お父さんが造った喫茶店は、絶対に笑顔と、幸せと、ありがとうが、いっぱいいっぱい詰まった、とっても幸せなお店です。

だってわたしがお父さんと一緒にいるといつも幸せだからです。

困ったことがあった時は、お父さんの喫茶店に来てください。

悲しいことがあった時は、お父さんの喫茶店に来てください。

辛い時は、お父さんの喫茶店に来てください。

そこに行けば、みんな笑顔になれます。幸せになれます。


でも今はまだそのお店はないので、あと3年だけ待っていてください。

お父さんは言ったことは絶対に達成する人です。

ちょっぴりドジでおっちょこちょいで、お母さんに頭が上がらないけれど、でも、わたしとの約束は絶対に守ってくれます。

時々無茶なお願いしたりもするけど「水菜緒と約束したからな」って言って叶えちゃいます。

だから、お父さんは必ずそんな素敵な喫茶店を作ってくれます。


お父さんはわたしに言ってくれました。

『夢は寝てるときしか見ないんじゃもったいない。起きてる時だって夢見ようよ。

そして、ずっと見てたら見てるだけじゃ我慢出来なくなるよ。

だから、その夢叶えて行こうよ』って。

未来の事を話すと馬鹿にする人がいるそうです。

でもわたしは未来の話をするお父さんが大好きです。

未来の話をするお父さんはとっても幸せそうで、その未来を想像するだけで、ワクワクします。


そんなお父さんのもう一つの口癖。

『結果を先に決めるんだよ。結果を決めて原因を作っていくんだ。

歩いていたら偶然富士山に登ってた、なんて無いでしょ。

富士山からご来光を見るんだって決めるから準備して、計画して歩いていくから富士山に登れるんだよね。

どんなに無理そうな事でも、それは今は無理ってだけなんだから、これから出来るようになればいいでしょ』って。


だからわたしも決めました。

3年後、中学生になったら、お父さんの喫茶店でお父さんと一緒に働きます。

お父さんと一緒に来てくれた人を幸せにしていきます。

いっぱいいっぱい頑張って、お父さんとお母さんとみんなで、夢に見ていたよりも何倍も何十倍も幸せになっちゃったねって笑いあいます。

そうする為には今の私ではまだまだ無理なので、お母さんのお手伝いをいっぱいして、いっぱい成長します。

だからお父さん。もう少しだけ待っていてね。


最後に、わたしはお父さんお母さんのお陰で、今とっても幸せです。

お父さんとお母さんは私の自慢です。

いつも本当にありがとう。大好きです」


礼をして着席する娘。

教室は一瞬しんと静かになる。


ぱち、ぱち……

ぱちぱちぱちぱちっ


教室中に拍手が響き渡る。


「あ、あの、蓮川のお父さん。落ち着いてください」


っと、誰が拍手してくれているのかと思ったら私でした。

娘の後姿は、嬉しそうだから大丈夫でしょうか。


でも、そうですね。

娘との約束ですから。

自分自身の為にも、夢は叶えないといけませんね。

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短編集『やすらぎ一杯500円』 たてみん @tatemin15

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