母星は冷たい仮住まい

狭倉朏

母星は冷たい仮住まい

 昔々、とある銀河に地球という星がありました。

 我々人類の故郷です。

 現在からは想像もつかないことですが、かつての人類はひとつの銀河ひとつの惑星の中で生きていたのです。

 狭い星の中で、人類は争いあいました。

 ひとつの星の中で人類が生きるには、資源も土地も何もかも限られていました。

 やがて人類は天に活路を求めました。

 まずは月を目指しました。月とは地球の衛星のことです。

 次に火星を目指しました。火星とは地球が位置する太陽系の惑星のひとつです。

 月も火星も人類を満足させるには足りませんでした。

 やがて銀河航行法が発明されました。

 光の速さで何年とかかる距離を一瞬で跳躍できる技術を人類は手に入れました。


 人類は宇宙へ飛び立ち、地球には一台のコンピュータが残されました。

 一台のコンピュータは地球の地表面積の九割を占めています。

 そのコンピュータの演算によって、我々の宇宙航行は成り立っています。

 人類が去り、コンピュータの設置場所と化した地球。

 今や我々の母星は冷たい仮住まいと化しました。


 今、我々人類の前には無限の土地と資源がこの全天に広がっています。

 足りないのはもはや人だけです。

 あなた方は貴重な資源です。

 働きましょう。貢献しましょう。生きましょう。

 人よ、人類のために貢献するのです。




 私は音声再生デバイスを停止し、イヤホンを外した。

 光エネルギーで際限なく動くこの機器だけが私の唯一の娯楽だった。

 流れているのは授業教材だったが、私にとってそれは今となってはお伽噺だった。

 ゆっくりと岩陰から立ち上がる。


 私の周りには荒れ果てた大地が広がっている。


 たくさんの爆弾が落ちて、世界が一変してからもう二十年が経った。

 争いは長らく続き、そして私達の星は宇宙の連合から見捨てられた。

 何度、連合が介入してもおさまらぬ戦争。

 連合は私達の銀河から手を引くことを決定した。

 連合は地球のコンピュータを管理している。

 その連合から手を引かれるということは、私達はこの広い宇宙で行き場をなくしたということだった。


 私は想像する。

 地球、地続きだった我らが母星。

 その頃の人類は、どうしていたのだろう。

 きっとこんなふうにはならなかったはずだ。

 もしも隣人がいつまでも争っているのなら、戦火はやがて自分の足元にも忍び寄る。

 最後までどんな形であれ見捨てることなど出来なかったはずだ。


 今は違う。


 簡単にひとの銀河に見切りをつけて去ってしまえる。

 人は貴重な資源などと謳った組織が、私達の星を見捨てていった。

 それに怒りを覚えることはあっても恨むことはできなかった。

 その道を突き進んだのは私達なのだから。


 日が沈んだ。

 私の行動の時だ。

 この星では、日のある間はとてもではないが動けない。

 照りつける恒星が体力を奪っていく。

 一方で夜は寒い。しかし生きていけないほどではなかった。


 全滅戦争を経てこの星にかろうじて生き残った人類は、あちこちのコロニーに身を潜めている。

 私はそのコロニーを渡り歩いている数少ない一人だ。

 私に生き残った身内はいない。

 だからだろうか。どのコロニーにも根を下ろす気にはなれなかった。

 ゆえに今日もこうしてどこに行くでもなく地上をさまよい歩いている。


 地面を眺め歩くのに飽きた私は、ふと足を止めて空を見上げた。

 星の光が瞬いていた。

 この星のどこかに太陽系があるのだ。

 この星のそこかしこに宇宙の連合に庇護された人々がいるのだ。

 しかしその光はすべて終わったものだった。

 光の速さでも何年とかかる距離の星々。

 今この時に放たれているわけではない彼方からの光。

 地球から眺める星空はどのようなものなのだろう。唐突に私はそう思った。

 しかしそれを知るための技術はもはやこの星から失われていた。


 重いため息をひとつついて、私はまたこの冷たい星を当てどもなく歩き出した。

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母星は冷たい仮住まい 狭倉朏 @Hazakura_Mikaduki

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