Trap of Love

猫柳蝉丸

本編

 今日もぼくは二人の女の子を連れて家路を歩いている。

 クラスメイトの野山さんと河北さん。

 クラスの中でも一際目立つ美少女……のはずだった、きっと。二人ともスタイルもいい方だし、高校生らしい節度を持った化粧もそれほど悪くない。髪型を整えるのにも一時間近くの手間を掛けているはずだ。二人の違いと言えば野山さんの方が少し背が高く僕に対する身体的接触が積極的だという事くらいだろうか。

「ねえねえ、賢吾君、今日は何処に寄って帰る?」

 野山さんがぼくの右腕に胸を押し付けながら甘えたように品を作る。

「ちょっと、今日はあたしの買い物に付き合ってもらう予定なんだけど?」

 不機嫌そうな上目遣いを見せる河北さん。その少し不良っぽい様子がいいよな、とクラスメイトの誰かが言っていたのを何となく思い出す。そう言うものなんだろうか、とぼくは首を捻りたくなるけれど、それは各々の趣味次第といったところなのだろう。

「そうだね、まずは河北さんの買い物に付き合ってから考えようか」

「やたっ、ありがと、賢吾」

「もう、強引なんだから、河北さんは……」

「賢吾におっぱい押し付けてる野山に言われたくないね」

「何ですって?」

「まあまあ二人とも。せっかくの放課後なんだし、仲良くいこうよ」

「賢吾君がそう言うなら……」

「賢吾が言うならしょうがないか」

 釈然としないけどといった様子の笑顔を見せる二人。

 これでいい、ぼくの為に誰かが争うのは出来る限り見たくない。

 長い間、本当に長い間繰り返して来たぼくの日常。女の子が傍に居る日常。

 つい半年前までぼくの傍に居たのは違う女の子だった。大切な女の子だった。

 もう、ぼくの大切な可憐ちゃんと一緒に帰る事は出来ない。それを思い出して泣き出したくなってしまうけれど、この二人の前で涙を見せてしまうわけにはいかない。隙を見せてしまうわけにはいかないんだ。ぼくはクラス一、学園一の美形と呼ばれるぼくのイメージを崩すわけにはいかないんだから。



――賢吾が私の物にならないんだったら、そんな賢吾なんて要らない。



 半年前、ずっとぼくの傍で笑ってくれてたはずの可憐ちゃんが、ぼくの首を絞めた。

 きっかけはぼくの軽率な行動だった。

 この世に生を受けて以来、ぼくは美男子と言われ続けた。幼稚園でも人気だったし、小学生の頃は女の子と遊んでばかりいた。中学生の頃に告白された回数は、数えてないけれど二百回は下らないはずだった。それくらいぼくの外見は美しく整っていた。

 それでも慢心はしなかった方だと思う。それはぼくの隣に幼馴染みの可憐ちゃんが居てくれたからだ。可憐ちゃんだけはぼくの外見に囚われず、男友達みたいに遊んでくれた。嬉しかった。女の子にちやほやされてばかりのぼくは男友達なんて居なかったから。だからぼくは可憐ちゃんの事が好きだった。ずっと側に居たいと思っていた。

 けれどそれは、可憐ちゃんを一人の人間として見ていないという事だった。

 可憐ちゃんだって普通の女の子なんだ。美男子の恋人が欲しいって下心くらい持って当然だった。人間なんだ。それが当然なのに、ぼくは自分の願望を可憐ちゃんにぶつけ続けてしまっていた。だから半年前のあの日、可憐ちゃんが下着姿で迫って来た時に笑って誤魔化す事しか出来なかったんだ、ぼくは。現実から目を逸らして。

 その結果がこの有様だった。ぼくは涙を流して激昂した可憐ちゃんに首を絞められ、大事には至らなかったけど、それ以来可憐ちゃんとは顔を合わせてもいない。いつの間にか転校までされてしまったんだ、顔なんて合わせられるはずもなかった。

 ぼくに求められているのなんて結局は外見だけ。

 そう思って開き直って近付いて来る女の子の何人かと関係を持ってみた時期もある。

 付き合うのは簡単だった。キスをするのも簡単だった。避妊せずにセックスするのだって簡単だった。何もかも簡単に手に入った。呆気無いくらいに。

 でも、ぼくは何も楽しくなんてなかった。気持ち良くもなかった。どうして周囲の皆がこんな事に夢中になるのか理解出来なかった。ぬるぬるして臭いだけじゃないか。不潔なだけじゃないか。野蛮なだけじゃないか。全く何の意味も無い。こんな事にこだわるなんて、単に古代から連綿と続く本能から逃れられてないってだけじゃないか。

 だから、ぼくは女の子達と関係を持つのをやめた。下手に深い仲になって可憐ちゃんと同じように首を絞められるのは勘弁してほしかった。首を絞められるだけならまだいい。女の子が浮気した彼氏を包丁で刺すのなんてよく聞く話じゃないか。まったく、冗談でもない。だからと言って女の子達を邪険にする事も出来ない。袋小路みたいだった。

 そして、今更男子の輪の中に入っていく事も出来ない。クラスメイトの男子達はぼくが顔だけで女の子達を惑わせていると思って疎ましく思っている。例えぼくが女の子に囲まれる事を迷惑だと告白してみたところで、嫌味にしか聞こえないのはよく分かってる。ぼくだってクラスメイトの立場だったら自分の事を疎ましく思う。

 いっその事醜くなってしまおうか。自暴自棄にそう考えそうになっては振り払う。

 醜くなって、どうする? 例えば太ってみて、どうなる?

 女の子達は離れていってくれるかもしれない。男子達は笑ってくれるかもしれない。

 だけど、それはぼくがぼくじゃなくなるって事でもあった。

 ぼくは自分の魅力が外見にしかないって事を誰よりもよく分かってる。頭は十人並み。運動は苦手。裕福な家柄に産まれたわけでもない。ただたまたま今の時代の美的感覚に合致した外見で産まれただけだ。それ以外には何も無い。

 自分が恵まれている事は分かっている。

 ぼく以上に何も持たずに産まれた人達が大勢居る事も。

 だから、手放せない。愚かしいと自覚していながら、自分の美しさを手放すのが怖い。それこそ自分が何の価値も無い存在となってしまう事と同義なのだから。外見だけでも誰かに求められていたい。それもまたぼくの偽らざる本心なんだ。雁字搦めだと自嘲してしまいたくなりながら。

 ぼくはそうして生きる。そうして生きていく。

 毎朝二時間以上掛けて外見を整え、悲しそうな顔は決して見せず、近寄ってくる女の子と付かず離れずの関係を続ける。男子達に嫌われているのを分かりながらも、たまに合コンをセッティングしてあげたりして恨まれないよう気配りをし続ける。性的な視線をぼくに向け始めている思春期の妹の視界から逃れながら生きる。

 ぼくは、そうして、生きていくしかない。

 ぼくはこれから河北さんの買い物に付き合う。これまでの傾向からするとその後に野山さんが近所の公園に寄りたがるはずだ。ぼく達は公園で何かを語り合う。他愛の無い事を語り合う。陽が暮れ始めるのを目にする。野山さんか河北さんがぼくの家に寄りたがるに違いない。ぼくはそれをはにかんで断る。一人暮らしとは言えクラスのアイドルを家に招くわけにはいかないとか何とか紳士的な言い訳を述べて。そうしてぼくは一人で夕食を摂って就寝の為の準備を始める。一日のアフターケアを欠かさず整える。

 そうして、布団の中で、少しだけ泣こうと思う。

 また明日、学園一美しい男子生徒で居られるように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Trap of Love 猫柳蝉丸 @necosemimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ