8 喧騒の街
8係の部署は比較的都会にあるので、夜中でありながら人はとても多い。タクシーは最新の人工知能を搭載したナビゲーションを搭載しているので、そんな道を避けつつ、最短距離で部署まで向かってくれている。十五分ほど車を走らせると辿り着くのだが、不覚にも眠さで何度も意識を落としてしまった。
「お客さん、着いたよ」
寝ぼけ眼を擦りながら、メーターに付いているマネーリーダーにスマートウォッチをかざした。会計を済ませた僕は、大急ぎで8係の元へと向かった。
中に入ると、すでに僕以外は集合していた。吉野さんのデスクを囲んで、全員が焦燥に駆られていたのだった。
「遅くなりました、お疲れ様です」
「陽夜ちゃん、これ見て」
小走りをしながら挨拶を済ませると、吉野さんの所へそのまま向かった。
「こ、これは……」
吉野さんのモニターに目を向けると、いつもの地図が表示されていた。拡大されているのは8係の最寄駅周辺である。いつもなら、8係周辺の都会に赤い斑点は無いのだが、今日は違った。数十個の、それもとても小さい斑点が、駅の周りをウヨウヨと動いていたのだ。
「その状況が、これよ」
二つ目のモニターに、その周辺の監視カメラ映像を映し出した。画面には、数人が通行人を殴打する光景が見て取れた。ある人は素手で、ある人は鉄パイプのようなもので。一体、何がどうなっているのだろうか。
「小月も集まったところで、行くとしようか」
白鳥さんは、巡回用のジャケットを羽織りながら言った。
「待ちくたびれたぜ! 腕が鳴るねぇ!!」
案の定、東さんはこの状況に胸を高鳴らせていたのだった。すると、吉野さんと何か話し合っていた
「わたしの腕も鳴っちゃうよ。楽しもうね、東くん」
と、負けないくらいの笑顔で言い放った。東さんの顔は次第に強張っていったので、やっぱりリーダーには歯が立たないんだな、と再確認できた僕。
「リーダーも行くんですね」
と、音門巡回官。
「情報収集や解析は、データベースである吉野くんには勝てないよ。ここにいたって、わたしに出来ることは特にない。ならば、君たちに加勢しようじゃないか」
心強いお言葉を、しみじみと言い放ったリーダー。係の長ということを示す緋色のジャケットを楽しげに羽織りながら、車へと向かっていった。
「吉野さん、あとは頼む」
白鳥さんはそう言って、車へと向かっていった。
「おっけー、みんなも気をつけてね〜」
吉野さんがパソコンを素早く操作しながら返したところで、僕と音門巡回官、そして東さんも後を追った。
それぞれの係に分配されている車は二台。リーダーは一人で乗車して行ってしまったため、僕たちはいつも通り車に乗り込んで、駅を目指して出発した。
午前一時を過ぎても、夜の街は喧騒である。酒で潰れてしまっている人から、夜の仕事で生きのびる人まで、様々だ。しかし、こんなにも日常を装っている街で、暴動は起きているのだ。
やる気で満ち溢れていた東さんは寝ていたので、十五分という乗車時間は意外と長く感じたのであった。
「東待機員、起きろ。着いたぞ」
先に車から降りた白鳥さんは、助手席の扉を開けて言った。すると東さんは声を出しながらあくびをして外へ出た。
「やってんねぇぇ! 俺の腕がドクドク言ってるぜ!」
先ほどまでの眠気に溢れた表情から一転、好奇心に支配された顔付きに変わっていった。目の前では、通行人に危害を加えている人たちで広がっていた。目に命は灯っていない。そこがまた一つ、恐怖を醸し出すスパイスとなっている。
「そういえば、リーダーはどこにいるんですか?」
急いで僕も外に出て、白鳥さんに聞いた。リーダーも同行しているはずなのだが、周りを見渡しても気配を全く感じない。
「リーダーは別行動だろう。心配する必要は無い」
心配する必要は無い、か。あれほどまでに強靭な肉体を持っているので、逆に協力プレイには向いていないのかもしれない。
「今日の作戦を伝える。東待機員、お前が寝ていなければ、車中で出来たのだがな」
トランクに入れておいた銃を、それぞれ腰に装備している時に白鳥さんが作戦を切り出した。
「なんか文句でもあんのかよ。怒っているみたいだけど、だったら起こせばよかったじゃんって話だよな!」
東さんは、小銃を構えるフリをしながら言った。ここに来るたった十五分間で、何回声をかけたと思っているんだ。一度も起きなかったクセに、起きたらいばるのだから、白鳥さんは怒りを越して呆れてしまっていた。
「……まぁ良い。作戦だが、今日は対象が多すぎる。それに被害者も多いと見た。東待機員、それから小月。お前たちにも肉弾戦に参加してもらう」
「うっっしゃぁぁ! 小月、ぶちのめしてやろうぜ!!」
ワクワクとした輝かしい瞳の中にはどこか殺気も含まれていたので、僕は返事をしないことにした。僕まで殺されてしまいそうだ……。
「小月はまだまだ未熟だ。東待機員、別行動は許さない」
白鳥さんは、当たり前だと言わんばかりの顔をしている。東さんはそれに対し、適当な返事で済ませていた。
「……何かあったら、俺が行くまで待ってろ」
後ろ姿でそう宣言したのは、音門巡回官。久しぶりに口を開いたので驚いていると、そそくさと音門巡回官は行ってしまったので、深呼吸を挟んでから後に続いた。
既に被害を受けてしまった人も多い。道端で倒れている人を、救急隊員が担架で運んでいる。
「相当酷いですね……」
歩道には血溜まりが出来てしまっている。以前の僕なら倒れてしまってもおかしくないはずだ。しかし今自分に湧いている感情は、東さんに少し似ているものかもしれない。
「小月、大丈夫なのか」
再び音門巡回官が口を開く。平静を装うことで会話をしてくれると仮定し、僕は落ち着いて返答した。
「はい、なんとか。あの日から、恐怖を感じにくくなりました」
カウンセリングで何があったのかは、全く覚えていない。つい最近の出来事なのだが、どれほど頭を探っても思い出せないのだ。
「……チッ」
僕の投げたボールを、いつもとなんら変わらない態度で投げ返した音門巡回官。いや、舌打ちを返答と見て良いのだろうか疑問であるが。
準備が済んだところで、白鳥さんが開始前に声をかけた。
「何があっても、無茶はするな。8係は人手不足なんだ。これ以上減られては困る」
そう言って、戦場に乗り出した白鳥さん。自分の命を最優先に、頑張ろう。
僕と東さんは北側、音門巡回官と白鳥さんは南側を担当する。
「オモテは陽夜に任せた。俺はウラに行ってくるぜ……!」
白鳥さんたちと離れたのを良いことに、早速別行動を図ろうとする東さん。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ウラの方が凶悪な奴らが多い! 俺は強い奴と闘いてぇんだよ!」
そう言って、裏路地へと消え去ってしまった。全く、どこまで自由奔放なんだあのひとは……。
僕の周りには、ざっと数えて十人ほど。通行人も多いので全てを把握できているわけではない。明かに分かるのが、傘やビール瓶を手にしている人たち。今にも通行人を傷つけようとしている。早く行った方が良さそうだ。
腰から小銃を取り出して、瓶を持った男に照準を合わせた。
「警察だ、手を上げて膝を──」
突如背後に気配を感じて、咄嗟にしゃがみを実行する。少し遅かったのか、自分の髪の毛が、数本空を舞っている。
このまま振り返ると刺される危険性があるので、僕はしゃがんだ体制から中腰になり、一気に後ろに突進した。
「うっ……!!」
攻撃が効いたようだ。そのまま重なるようにして倒れ込むと、包丁が地面を滑っていった。相手が暴れ出したので、仰向けのまま頭だけ浮かして、思い切り頭突きをお見舞いした。
「ぐふっ!!」
暴れなくなったので、気絶をした模様。僕は起き上がって、相手の手から離された包丁を回収して、腰に付いているホルスターにしまった。
初めて男を直視したのだが、タンクトップを着用した小汚いおじさんであった。どうやら、この栄えた通りに来るような格好ではなさそうだ。
「キャァァァ、助けて!!」
この男を退治している間に、さっきの瓶の男は通行人の女性にまたがって、右、左と交互に瓶で顔を殴っていた。
「今行きます、待っていてください!」
以前なら、この光景を見ると一発でダウンしてしまっていただろう。でも今の僕は違う。全身の血が踊るような感覚。
さらにやる気が溢れてきた僕は、瓶の男の元へ、躊躇することなく走っていった。
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