第22話なんでもない一日②

 学校から駅に向かう途中の公園にやって来た私と佐奈は、ベンチに座り今日も楽しくレッツ恋バナ! ……という雰囲気とは程遠い空気に包まれていた。


「栞里、あたしの言いたいこと……わかるわよね?」

「はい……」


 脚を組み、腕を組み……縮こまった私を見下すような目つきをした佐奈は、逆三角形をした口から深い深いため息をこぼす。

 コワ……怖ひ……。久々に佐奈を怒らせてしまったよぉ……。


「じゃあ、朝あたしが言った言葉の意味……わかったの?」

「皆目見当もございません……」

「そうでしょうねぇ! だからアタイはこうして怒っているんですからねぇ!」


 シャーッ! っと蛇のような怒気を纏わせている佐奈に、私はさらに身体が萎縮する……。


「だだだだって、全然わかんなくて……」

「えぇい涙目になるなっ! 白目いっぱいのそのお目目に涙を溜めるな!」

「そんなこと言われても、怖いしわかんないしで……」


 涙が流れないよう我慢すると、口が富士山みたいにキュッ……となる。これ、いつもよりよっぽど怖い顔になってない? あ、鼻水出て来た。


「あんたねぇ……。じゃあ、今日の学校での行動を口に出して振り返ってごらん」

「え、今日の?」

「そう」


 佐奈の言ったことに私が首を傾げると、「とにかく」と促してくる。


「えぇと……まず教室に入って席に座って……」


 私がゆっくり思い出しながら話すと、佐奈はウンウンと頷いて聞いてくれる。


「少しすると倉敷くんがやって来て、おはようって言ってくれたから、私もおはようって返して」

「はいまずそこぉッ!」

「え、どこ!?」


 佐奈が指をチョキチョキしながら「カーーーーット!」と叫び、私の話を遮ると、


「そのおはようって返した時、あんたはどうしてた!?」

「え、倉敷くんを直視できなくて反対方向を向いて……、あっ」

「ふぅ……、やっと気づいたようね」

「私……おはようじゃなく『おはにょ』って言ってた……」

「なんっでだっ…………よぅ! ねぇ、なんでだよう! なんでそこなんだよう!」


 私ばりに白目を拡大させて驚く佐奈に、私がビクッと肩を震わせると、


「あんた反対方向向いたでしょ! 明後日の方を向いたでしょ!?」

「うん向いたけど、え……それ!?」

「自覚なしかーそうだよそれだよ!」


 確かに目が合うと反対方向を向いてしまうのは私の癖だ。恥ずかしくって見られないし、この目がコンプレックスだから、あんまり見られたくないってのもある。


「それに栞里、席替えしてからまともに倉敷くんと話してる? 隣にいるだけで満足してない?」

「あっ……——」


 言われてみれば確かに……。最近、倉敷くんとちゃんとお話してない。隣に座るのが嬉しくて、緊張して、ちゃんとお話する余裕を持ってなかった。

 今日だって消しゴムを拾ってくれた時、ちゃんと倉敷くんの顔を見てありがとうって言ってない。自分が照れるからって、倉敷くんのことを蔑ろにしてた。


「私、ちゃんと倉敷くんのこと見てなかった……」


 恥ずかしい……。あんなに自信満々に倉敷くんのことを見てるって言ったのに、それは本当に上辺だけだった。私が勝手に眺めてハイお終い……、まるでテレビや雑誌でも眺めてるかのよう。

 前に倉敷くんは、私ともっと仲良くなりたいって言ってくれた。それなのに、私は倉敷くんを遠ざけるようなことばかり。

 それに、ひどいことをしてしまったのは倉敷くんだけじゃない。佐奈は私を応援するため、私のために席を代わってくれた。自分で好きな席を選べたのに、私のために……。そりゃあ怒るよ。せっかく私のために身を張ったのに、当の本人は浮かれてコレだもの。

 ダメだ……考え出したら最近の私は落ち度ばかり。情けなすぎて、申し訳なさすぎて、我慢してた涙が溢れてくる。


「さ、佐奈ぁ……、ごめ……私……、ごべ……ごべん、ごべんべぇえええ……っ!」

「も〜、やっとわかってくれたかアホ栞里め」


 止めどなく溢れる涙が溢れる。本当に申し訳なくて、私は佐奈の腰へ抱きつくように顔を埋めて謝った。何度も何度も謝った。

 佐奈は嗚咽混じりに泣く私を、いつものように優しく頭を撫でて慰めてくれた。私の謝りに答える声も、いつもの明るい声に戻っている。私が泣き止むまで、ずっとずっと……撫でてくれた。

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