第21話なんでもない一日①

 私は最近とても幸せです。学校に行くのがとても楽しみです。でも、家に帰ると疲れですぐに眠くなってしまいます。なぜでしょうか。答えは簡単。


「あ、今日は神泉さんの方が早いね。おはよう!」

「……うん。お、おはに……よ……——」

「あ、あはは……」


 すぐ隣に、倉敷くんがいるかっらでーーーーーす!! イィヤッホォォォォウ!! もうね、やばいの。何がやばいって、ドキドキしすぎて心臓が保たなそうなの!

 ダメ直視できない、毎朝の事だけど今倉敷くんを見たら血圧の上がりすぎで倒れちゃいそう! でもだからと言ってすぐに反対方向に向く癖は直したいけど……。


「さっ佐奈、ちょっと」

「ん、はいはいなに? トイレかな?」


 倉敷くんに挨拶されてそっぽを向いていた私は、逃げるように佐奈の下へ行くと、教室をでる。その時チラと倉敷くんを見ると、ちょっとだけしょんぼりしている様子だった。元気ないなどうしたんだろう。私心配、倉敷くんの上着剥ぎ取って心音調べてあげたいけどそしたら自分の心音が大きすぎて聴けそうにないかタハーーーー!!


「し、栞里戻ってきな。あんたひどい顔してるよ……」

「——……はっ!?」


 階段の踊り場にいつの間にかやってきていた私は、佐奈に肩を揺さぶられて意識を取り戻す。


「また意識なんて飛ばしてもう。それでどうしたの?」

「あのね佐奈聞いて! あの席にいたら、私……私正常でいられないかもしれない!」

「もう正常じゃなくなってるから問題ないよ」

「え!? 自覚症状なしとか怖いんだけど!?」


 ヒャーって顔をしていると、佐奈がいつもの呆れ顔を私に向ける。


「栞里さ、倉敷くんの隣になれて浮かれるのはわかるんだけど、最近ちゃんと倉敷くんの事見てる?」

「バッチリ見てるよ! もうこれでもかってくらい!」

「……本当に? あたしにはとてもそうは見えないけど」

「……え? ねぇ佐奈、それどういう意味……?」


 佐奈から言われた意味を、私はちゃんと理解できなかった。佐奈が私に厳しい事を言うのは日常茶飯事だけど、今のようなどちらかと言えば否定に近い言葉は珍しい。佐奈のことは信頼しているし、注意されたりしたら素直にそれを受け止めるけど、今のは……。


「……さぁね。ちゃんと自分で考えるんだねぇ栞里ちゃん」

「えぇ……、あっちょっと待って先行かないでよぉ!」


 佐奈の否定に少なからず驚きの表情を私が見せたからか、一応最後には笑って見せてくれた。

 教室に向かう道すがらはいつもの佐奈のテンションに戻っていたが、私は佐奈の言った言葉で頭がいっぱい。どういう意味だったんだろう……。


 それから私は考えました。倉敷くんの事をちゃんと見れていないと言われたその理由を。

 正直、私は暇さえあれば倉敷くんを見ている自負がある。ほら、今だって授業を真面目に聴いている倉敷くんの横顔を眺めながら考えてるハァ倉敷くん素敵やん……。あ、倉敷くんがこっち向きそうヤバい。

 『暇さえあれば見てる……なんてバレたら、気持ち悪がられるかもしれない』。自分に自信のない私の思考はだいたいそんな感じ。それになんか恥ずかしいし……。だから倉敷くんと目が合いそうになると、いつも背けてしまう。今も倉敷くんと目が合いそうになったから、私はすぐさま黒板の方へ向き直し、如何にも授業をまともに聴いている雰囲気を醸し出している。大丈夫、バレてないバレてない——。

 と、急いで向き直したからか、消しゴムが肘に当たって床に落ちてしまう。ちょうど私と倉敷くんの間に転がった消しゴムを、私が拾おうとすると、


「はい、神泉さん」


 先に動いた倉敷くんが拾ってくれて、且つ笑顔で渡してきてくれる。

 なにそれ反則じゃない? なんで消しゴム一つ拾うのにそんな爽やかなの三組出身なの?


「あ、ありがと……」


 心の中でキャーキャー言いながら、そんな優しい眼を直視できない私は一言お礼を言うと、また黒板へ向き直ってしまう。この消しゴムは部屋に祀って置こうかな……。

 黒板に向けた視線の隅で、倉敷くんが困り笑顔を私に向けている気がするが、やっぱり照れた私は一生懸命板書するのでした。


 放課後です。結局一日考えたけど、佐奈の言っている意味、全然わかりませんでした! 何なんだろう……お昼休みの時にもそれを佐奈に言ったら、またジト目で見られてしまったし。

 結局わからないまま私は帰りの支度を整え席を立つと、未だ隣で帰りの支度をしている倉敷くんが私に声をかけてくれる。


「あ、しっ神泉さん! その、また明日!」

「あ、うっうん。じゃ」

「う……うん……——」


 ふふ……倉敷くん、今日も帰りの挨拶してくれた。嬉しいなぁ嬉しいなぁ! 明日も学校楽しみだなぁ!

 嬉しさに包まれながら私が佐奈の方へ駆けて行くと、どうやらこちらを見ていた佐奈がまたジト目をして待っていた。


「あんたって子は……」

「……ん?」


 大きくため息をついた佐奈の雰囲気は、私がテストで赤点を取った時のお母さんの雰囲気にそっくりでした。私、怒られるの……? ひえー……。

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