第11話静かな森大作戦②

「え……あの、倉敷くん、いつからそこに?」

「……い、今だよ?」


 目を逸らされたよ絶対私の独り言聞いてたじゃんうわあああぁぁぁああ!


「あ、ごっごめん驚かせるつもりはなかったんだ! でも今日の神泉さんはいつも以上に可愛いからつい」

「え!? あ、ありがとう……ございます」


 ちょっと待って今褒めてくれた? もしかして褒めてくれた!? しかも「いつも以上に」って、それっていつもも多少は可愛いって思ってくれてるってこと? いやいや、さすがにそれは良い解釈しすぎだよ私。さすがに頭お花畑すぎる。でも、今褒めてくれただけでも私の気分は有頂天だよ!


「あっあの倉敷くん、今日12時に約束だったのに、どうして?」


 そうどうして!? いや早く会えるのは嬉しいよ? 嬉しいけどどうして? もしかして集合時間間違えちゃった? それとも私が時間間違えてたのかな。


「いやぁ、今日すごい楽しみにしてたからさ。いても立ってもいられなくてさ」


 はい私もでーーーーーす! 私もその口で早く来ましたヤダ嬉しいどうしよう幸せのハッピーセットだよキュン死ぬけどよろし!?


「僕の方が絶対早く着くと思っていたのに、まさか神泉さんの方が先に来ていたとはね。びっくりだよ」

「まぁ私は、その、別に……」


 はぁん、さっきのでキュンキュンしすぎて倉敷くんの顔が見れないよぉ……。でも相変わらず素っ気なくそっぽ向いてしまったせいで会話が途切れてしまう。なんだか倉敷くんも困っているようで、申し訳ないな。

 顔を見れない私は、改めて倉敷くんの首から下に視線を向ける。倉敷くんは無地の白シャツに黒のズボン、スウェードの靴と、大人っぽい綺麗な格好をしていた。


「倉敷くんて、普段そういう格好するんだ」

「え? 変だった……かな?」

「んーん。倉敷くんのイメージ通りで、私は好き」

「す……え!?」

「ん? ——……あ! ちっちが、違うの! あの好きってそういうことじゃなくて、いやそういうことなんだけど、そうじゃなくてね!」

「あ、いやわかってる、うん! おお俺の服装がってことだよね!? うん、うんわかってるよ、変に反応してごめんね」

「こここっちこそ、ごめん……」


 ——うぅ……変なことを口走ったせいで気まずい雰囲気になっちゃった……。と、とにかく今からでも挽回しなくちゃ……!


「と、とりあえず行きましょうか。お店、ここから歩いて10分くらいだから」

「うっうん」


 ……——。

 ……——さっきのせいで会話がないよぉ……。今朝の予定ではこの道中での会話で、絵里香さんのお店のおすすめ品とか教えるはずだったのに……。

 なんだか歩き方までおかしくなっている気がする。ギクシャクってよく漫画で見るけど、緊張すると本当に関節とかが動きにくくなってギクシャクするんだなぁ。

 はぁ、こんなんで今日は大丈夫なんだろうか。ずっと楽しみにしていたのに、いつも大事な場面で失敗する私。倉敷くんに申し訳ないよ。

 微妙な距離を開けて隣を歩く倉敷くんをチラと見やると、倉敷くんも同時に私に視線を配る。不意な視線の交差に、私は反射的に顔を背けてしまった。こういうところだぞ私……。


「あの、神泉さん」

「……?」


 照れて私が反対方向を向いていると、倉敷くんはポツポツと口を開いてくれて、


「俺、神泉さんとずっと仲良くなりたいって思ってたんだ。神泉さんはもしかしたら、俺なんかと別にって思っているかもしれないけど」


 そそそそんなことないっ! 私も仲良くなりたいってずっと思ってるよ!


「始業式の日以来、神泉さんに挨拶するようになって、神泉さんもそれに返してくれるようになって、俺……それがすごい嬉しくってさ。正直、神泉さんみたいな美人な人が、俺みたいな地味な人間と話してくれるなんて思ってもみなくて……。今日もこうして居られることが、俺にとってはすごいことなんだ」


 違う、違うよ倉敷くん。私にとっても今日はすごいことなんだよ。


「だから、その、なんだろう。今日は俺なんかの為に、時間を作ってくれてありがとう」


 倉敷くんの言葉は、すごく嬉しかった。でも、どうしても訂正したい部分がある。


「……倉敷くん」

「はっはい……っ!」

「——……私はそんな大層な人間じゃないよ。目つきは悪くて表情も硬い、ただの素っ気ない一般人。倉敷くんがそんなに自分を卑下する必要なんて全然ないんだよ。それに、私だって今日はすごくたの、た、楽しみに……してたし……」


 消え入りそうな声だったけど、何とか言えました。本当に、今日は楽しみにしていたし。

 私は倉敷くんが好き。好きだから、倉敷くんにそんな自分を卑下するようなことを言わせたくない!


「神泉さん、神泉さんも自分のこと卑下してるよ?」

「……え!?」


 まさかのカウンターに、私はきっと相当アホな顔をしていただろう。

 倉敷くんは私にズイと近寄り、


「神泉さんはそんなことない! 俺からしたら、すごく輝いていて眩しい!」

「ちちちがっ!? くっ倉敷くんだってすごく優しくて、勇気もあって!」

「神泉さんはすごい!」

「倉敷くんだってすごい!」

「神泉さんは!」

「倉敷くんは!」


 ふと、気付けば今にも届きそうなお互いの顔の距離に、私たちは自我を取り戻す。

 恐らく我に帰った私の顔は、茹でタコのように赤くなっていただろう。目も大きく見開いて、白目がいつも以上に大きくなっていたハズ。

 でも、それは倉敷くんも同じだった。倉敷くんも珍しく顔を真っ赤に染めている。とても愛らしい瞬間でした。

 何だかおかしな空間に、私たちは我慢することができず、


「プッ、ハハハハ!」

「ふふ……ふふふふふふ」


 涙を流すほど笑ってしまった。


「神泉さん、意外と頑固なんだね……ハッハハハ!」

「倉敷くんこそ、ツッコムところが細かいよ……ふふふふぅ」

「ハハ、はぁ。笑ったら何だかお腹空いてきちゃったね」

「もうすぐお店着くから大丈夫。すごく美味しい所だから、倉敷くんも常連になっちゃうかもね。オススメはロコモコで〜……——」


 あれ、何だか言葉がスラスラ出てくる。今の私、すごく自然かも! これなら、今日は最高の日にできそ……——、


「本当に? いやー楽しみだなぁ! あ、神泉さん」

「ん? なぁに?」

「神泉さんの笑った顔、初めて見た! すごく可愛いね!」

「ふぇあっ!?」


 私、笑えてた!? あああああああ恥ずかしいぃぃぃぃぃぃいいい笑顔は本当に苦手なのにでも可愛いって言ってくれた、笑った顔可愛いって……——、いやあああああダメもうダメ! 溢れる、気持ちが溢れるよ好きぃぃぃぃ!!

 ギクシャクって、本当になるんだね! うまく歩けなくなっちゃった!

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