第23話 決意

      23


 翌日、夏休み明けのテストがあった。やってもいない課題がまるまるテスト範囲だったもんだから、そりゃあひどかった。一学期期末までに勉強してた部分なんて欠片ほどしか問われなかった。月曜日辺りにはテストが返ってくると思うのだが、恐ろしくてたまらない。

 五時間授業と同じくらいの時間帯に学校は終わったので、僕はすぐに図書館に行った。叶絵さんにもらった古書を読み始めたのだ。

 古書のタイトルは〔伝承〕だった。中身には日記の中にも似た様子がちょくちょく書かれていたことから、儀式のやり方に関する本のようだった。

「僕と綿雪さんは一緒にこれをこなしてたのか」

 儀式は五十個存在し、それらを順にこなすことで神との契約とやらが交わせるらしい。また、羊皮紙とルーズリーフなど、物としての性質が似たものであれば代用が可能なようだった。

 気になった記述は、五十個目の儀式のこと。

 説明最後の文は〔魔方陣を腹にまとい、最も大切な物を神に捧げよ〕だった。

 恐らくこの〔最も大切な物〕を綿雪さんか僕が失った結果、綿雪さんは僕達の記憶から消えてしまったのだろう。

 僕は、あるいは綿雪さんは、神様に一体何を願ったというのか。結果として綿雪さんが消えてしまうことになるというのに。かといって契約なのだから、反故には出来ない。ましてや神様との契約なのだから。

 記憶が戻ったとして、綿雪さんが帰ってくるなんてことはあるのか。

 そもそも彼女は契約の結果として死んでしまったのか?

 何も分からない。

 なぜ自分がこんなにオカルト的なものに寛容になっているのかは分からなかった。でも、オカルトじみた現象として綿雪さんが消えてしまっているのも事実だった。

 じゃあ、この空白はもう埋まらないままなのか。ぽっかりと空いたままで、大人になるにつれて気付いたら、埋まったのか埋まっていないのかよく分からない穴の跡を、こころを、指でなぞったりするのだろうか。

 どうしようもない現実を、受け入れて僕は生きていくしかないのだろうか。

 嫌だ。そんな大人になりたくない。生きててしんどい。死んだ方がましだ。

 しかし、心の傷に対する自暴自棄にも似た考えの中で、僕はふと思った。

 ――どうせ死ぬなら、神様にお願いすれば良いんじゃないか?

 僕が神様と契約しなおせば、綿雪さんの存在を取り戻せるんじゃないか?

 甘い目論見だとは思った。けれど、これ以外に無いとも思った。

 その考えに至った途端に、僕は古書を引っくり返すようにしてページをめくり始めた。すると、そのページはいとも簡単に見つかった。


      *


〈契約の上書き〉

 既に行ってしまった契約の上書きについては、契約の半年以内に行われたもののみ有効とする。例えば、ある人を死なせることを神と契約した場合、契約完了から半年以上経過した後に、行った契約と真逆の効果をもたらす契約、つまりその死なせた人間を生き返らせるというようなことは出来ない。


      *


 つまり、タイムリミットは半年。

 頭がこんがらがりそうなので数直線を書いた。その上に日付を色々と書いて、頭の中を整理していく。綿雪さんが、あるいは綿雪さんに関しての記憶が消えてしまったのが、恐らく八月三十一日。その翌日、それだけ彼女と沢山会っていたから、僕は八月三日以前と八月三十一日の夏休みの記憶があやふやだったのだろう。

 そして、契約上書きのタイムリミットが、おそらく二月二十八日。それまでに五十の儀式を、僕は終えることが出来るだろうか。

 作業の量は膨大だ。僕自身の体を何度も綺麗な水に浸して清めなきゃならないし、チョークか何かで書いた魔法陣の中心で百枚の魔法陣が描かれた羊皮紙を鍋の中で一気に燃やさなきゃならないし、真っ白な紙を人型に千枚切り抜かなきゃいけないし、神様に捧げる美味しい物だって作らなきゃいけない。他にもやらなきゃならないプロセスがうじゃうじゃ存在する。

 儀式のことで頭がいっぱいになっていたけれど、受験もある。とりあえず第一志望にしておいた公立高校の受験日は三月十六日だ。僕はそれを思い出して、数直線に書き込んだ二月二十八日の右隣に〔三月十六日 受験日〕の文字を書き加える。

 受験と平行して僕に儀式が出来るのか?

 ――違う。こなさなきゃいけない。

 周りの人たちの助けは、おそらく期待できない。多分、綿雪さんのことに関して言うだけでも信じてくれる人が少ないと思うし、なんなら僕が頭がおかしくなってしまったと思われてしまうのがオチだろう。ましてや儀式の手伝いなんてとんでもない。

 高校なんて、最悪滑り止めのどこかに行ければ良い。

 儀式を行えるのは、僕しかいない。

 古書を閉じたら、ぱたむ、と紙が空気を追い出す音がした。

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