第14話 朝と始まり

「ん……朝か。ふわぁあ~うーん……」

「おはよ」

「ああ、おは――って、ん? リエル!?」


朝、起きるとそこには昨日、エミリーにこっ酷くやられて意識を失っていたリエルが布団の中に潜り込んでいた。朝日に照らされた白銀の髪は正しく天使の様で、透き通った目に思わず、吸い込まれそうになる。


「あ……あ……だぁ!? な、なんでお前が俺のベッドに入ってるんだよ!?」

「目覚めたら夜中で、その……寝れなかったから」

「はあ!? だからって――」


その瞬間、ガチャリと俺の為に設けられた自室の扉が開いて意気揚々とアリスが入って来る。


「響さん、早く起きないと遅刻――……」

「あの、いやアリス! これは……その、誤解なんだ」

「ふふ、何か申し開きはありますか、お二方?」


アリスはメイド服のエプロン下からセミオートマチックの拳銃を二丁を引っこ抜いて引き吊った笑みを浮かべ、トリガーに手を掛ける。


「ひっ……!」

「この不埒者どもっ!」

「<光の障壁よ>」


咄嗟にまずいと思ったのかリエルは守りの障壁を展開する。その刹那、障壁に弾丸が当たり、カキンと音を鳴らして跳弾する。


「おいおい、あぶねーだろ!」

「大丈夫ですよ? これ、ゴム弾なので~♪ お二人、一発ずつ頭に食らいなさい! それともいつまで耐えられるかやってみましょうか? 弾ならいくらでもありますよ?」


最早、常軌を逸した言葉がアリスから飛び続ける。でも、世の中は広いというか狭いというべきか、必ずその上を行く人間が居るものでリエルがボソッと口を開く。


「ベッドに一緒にいるくらい問題ない。だってもう、響にはいろんなところ見られてる」

「い、いろんなとこを――み、み。見られているですって!?」

「あ、あのリエルさん? 誤幣を招くような発言は――!!」

「この変態がっ!!」


まるでマシンガンにでも持ち替えたのかと思ってしまう程、アリスが高速でトリガーを引いて、鉛の雨が襲来する。


「<光の障壁よ!>」


リエルの防御魔法が打ち砕かれてしまうのは時間の問題だと判断して俺が防御魔法を張る。しかし、アリスの攻撃は大きなガシャンという音と共にピタリと止まった。その原因はアリスの後ろにあった。


「ふーん? パンパカとうるさいと思ったら……アリス? これはどういうことかしら?」

「え!? エ、エミリー様……? あの、これには深い訳が――!」


エミリーの手には割れた花柄のマグカップが握られており、明らかに跳弾したゴム弾がそのカップを貫いたことは一目瞭然だった。


「深い訳ね~? 私の使用人が私の許可なく……? しかも、屋敷の中で銃を乱射するなんてありえない事よね? 」

「あは、あははは……」

「フッ、フフフフフ」


エミリーはそっとマグカップを投げ捨て、アリスからにこやかな顔で銃を奪い取る。そして、その刹那、銃のグリップでアリスを殴って気絶させた。あれは完全に怒り狂っている。


「わぁ……すごい。一発ケーオー」

「感心してる場合か!! リエル、逃げるぞ!!」

「今から戦うのに?」

「馬鹿か! 戦っても勝てないのは昨日で分かったことだろうが!?」


俺は慌てて椅子に掛けていた制服と鞄を片手にリエルの首根っこを掴んで二階の窓からリエルと地上に向かって落っこちる。


「くっ……<光の障壁よ>」

「響、甘い。<風の障壁よ!>」


リエルはそう一言言って風の防除壁を展開する。それによって落下速度が低下した俺たちは無事に着地した。でも、それだけで終わるわけがない。飛び出してきた窓枠からいつぞや見た雷の槍がいくつも飛んでくる。


「走れ!!」

「そんな簡単に逃げれない。来るっ! 背中を合わせて!」

「なっ、複数方向クロスファイヤでの攻撃!?」

「「<光の障壁よ!!>」」


前後から挟むように飛んできた雷の槍が防御壁に当たってパンっと大きなさく裂音がその場に轟く。だが、その直後にリエルが叫ぶ。


「響、危ない!」


本命は上から降り注いで来ていた。今までの攻撃は全て釣りフェイクだったのだ。リエルは俺を蹴飛ばして横に転がって直撃を避ける。


「ふぅ……今の、危なかった……」

「悪い。リエル、助かった。貸しだな」

「ふーん、今のを避けるか……良い判断よ、リエル。でも、響はダメね。反応が遅すぎる」

「でも、先生から逃げ出すタイミングはばっちりだった」


怒っているのかと思いきやエミリーは窓から顔をのぞかせて下の俺たちに向かって魔術指南を始め出した。まぁ、それに対して真正面から話し出すリエルも大概だと思うのだが――。


「悪かったな、判断が遅くて! というか、怒ってたんじゃないのか?」

「今のは朝のウォーミングアップよ。私はただお気に入りのマグカップをアリスに壊されたから制裁を下したまで。別にあなた達がどんな営みをしていようが、私には関係ないわ」

「おいおい、学院の教授として今の発言はヤバいだろ」

「そんなお堅いこと、知った事じゃないわよ。それにくっ付くなとか、不純異性交遊はやめろとかって言ったとして「はい。そうですね」って言う学生がどこに居るっていうのよ?」


エミリーはやる気なさそうにそう吐き捨てる。それをいいことにリエルは俺の腕に手を絡ませて胸を押し付けてくる。


「保護者も同意済み。だから問題ない」

「いや、俺としては問題大ありだから!? ってか、なんでそんなにお前は馴れ馴れしくなってんだよ」

「うーん、アレックス病?」

「人を病気にするなよ……。というか軽く侮辱してるだろ」

「ふふっ、そうかも。でも、楽しい」


俺の反応を見てニコニコして居たリエルはそっと離れてクルっと横に一回転して見せてから満面の笑みを見せた。それは思わず、勘違いしてしまいそうなほどに可愛かった。


「せ、制服姿でくるくる回るなよ。いろいろやばいだろ」

「ヌフ、響を悩殺出来たらそれでいい」

「お前……言ってる意味分かってるか?」

「ん、分かってなかったら言わない」


そして、これ見よがしに手を差し出してくる。まるで早く手を繋いでと言わんばかりに――本当に無垢なんだか、策士なんだか分からないが、困ったものだ。


「ば、馬鹿やってないで行くぞ!」

「むぅ……響のケチ……」

「聞こえてんぞ、バカ」


それからしばらくの間、俺は後ろからリエルから抗議のパンチを食らい続けるのだった。そんなこんなで、俺たちが学院の正門付近に着くと偶然にもエリオットとそのお供とばったり会ってしまった。


「また面倒なのが……荒れごとはもう、ごめんだ」

「大丈夫、私も居る。さすがに脳みそはあるはずだから」

「どうだかな? 馬鹿につける薬はないっていうだろ?」


そうこうしているうちにエリオットたちが俺たちの前まで来てクスリと笑う。


「随分とお似合いなカップルだな。精々、背後には気をつけろ」

「……? エリオット、お前って器が小さいな。たかだか一回負けただけで脅しともとれるような発言をするなんて、外道の極みだな」

「ん、それに仲間も馬鹿。学習機能無いの?」

「そんな風に好き勝手、言ってられるのも今の内だけだからな! 行くぞ」


捨て台詞を吐いて去っていたエリオットたちを見て俺たちは首を傾げる。


「実力差はハッキリしていることは分かっているはずだ。それなのにあの自信のあり様は一体……」

「分からない。でも、警戒すべき」

「ああ、そうだな……気を引き締めておいて損はないだろ」


一年生の主席であるリエルと二位の俺が警戒感を強めながら教室へ向かうが、特に何も起こらず、エリオットたちから鋭い視線を受けるだけに留まる。さすがに教室で事を起こせば教師であるエミリーは黙っていないはずだ。それが分からないほど、バカでもないだろう。


「(単なる貴族の見栄、だったのか?)」

「……。響、あれ」

「ん? あ、アレックスか……?」


けれど、教室には昨日と異なった異変が一つだけあった。フランクな感じ全開のアレックスが今朝はノートにメモを走らせている。これまた意外な一面だった。


「おはよう」

「っ……、おはよう」


俺が挨拶をするとアレックスは居所が悪そうに顔を背ける。それをみたリエルは小さく裾を引っ張った。


「響こっち。アレックスは私たちとは関わる気、ないと思う」

「――リエルちゃん、それは誤解だ。響、昨日のことは済まないと思ってる。本当は昨日のうちに謝りに行くつもりだったんだけど、こっちにも込み入った事情があってよ。その……分かってくれ」


そう言ったアレックスの顔には余裕は無くなっていた。いや、むしろ一日でこんなに疲れているなんて何があったと言うのか、俺には想像がつかなかった。ただ、この変わり様は何かを抱えているに違いはない。


「……もし、何か困っていたことがあったら――」

「その気持ちだけで充分だ。今は一人してくれ」

「……アレックス」

「響、行こう」


俺はリエルに促されるまま、アレックスとは離れた席で講義を受け始めたのだった。

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