第13話 見えざる一撃

「いい? 決闘の方法は分かっているわね?」

「相手を戦闘不能にするか、負けを宣言するまで戦う」

「そうよ。胸を貸してあげるからドンと掛かってきなさい」


エミリーは堂々とした面持ちで一通り、決闘の説明をしながらリエルに笑いかける。さすがにその雰囲気に不気味さを感じたのかリエルの視線も一瞬、鋭さを増すが、動じる様子は微塵もない。


「……。一流気取ってる人に言われたくない」

「へぇ~言うわね? 響、あなたが審判をして!」

「え? 俺!? そんな審判なんて俺には――」

「「いいからやって」」


二人は完全に殺気立っていて今にも掴み合いそうで断れる気配もなく、俺は渋々、二人の間に入る。決闘は審判が立たなくては正当な決闘として認められないのだ。


「(マジで審判やるのかよ……。アリスと一緒にくれば良かったかな)」


思わず、俺はそう思ってしまう。この決闘というシステムにおいて審判は重要な役割を果たす。審判は決闘開始と終了を宣言するだけではなく中立な立場で且つ、抑止力ともなる必要がある。要は行き過ぎた行為があったら審判の手で止めなくてはならないのだ。


「(とにかく審判が立てばいいみたいに思ってるだろ、この二人……。こんな重要な役割を俺にやらせるなよ……)」


そう思いながらも覚悟を決めて手を上げて決闘をコールする。


「リエル・ユースティアとエミリーウィルダートの決闘を行う。両者、スタンバイ」


準備の宣言をすると同時に二人は背を向けて歩き出す。決闘のスタートはガンマンの早打ちとほぼ同義だ。いかに相手を正面に捉えて早く詠唱することができるかそれに掛かっている。早ければこの一合で決着がつく可能性すらある。


「……はじめっ!!」


開始の合図を告げると共に二人は同時に振り返り、相手に向けて手をかざし言葉を紡ぐ。


「<氷結の閃槍よ!>」

「<雷鳴よ!>」


リエルが先に光り輝く槍を魔術で発現させ、エミリーへと打ち込むが、エミリーはそれを雷の電撃で相殺する。その場には爆弾がぶつかり合ったような音が木霊して風が吹き抜け、土煙が上がる。それだけでも相当な威力であることに間違いはない。


「<雷槍よ!>、<雷鳴よ!>」

「<氷帝の吹きよ!>、<土の障壁よ、我を守れ!>」


二人とも走って駆けながら魔術を必死に詠唱する。一進一退攻防が続く中、アリスが救急箱を片手にその場へやってきた。


「さすがにあそこまで啖呵切るだけあって、リエルさんの実力はそこそこあるみたいですね」

「ああ。でも、どう見てもエミリーが優勢で圧してる」

「それは必然でしょうね。エミリー様は今まで何度も修羅場を潜って来ていますから。攻防を繰り広げる時間が長くなれば長くなるほど、リエルさんにとって不利になるのは明白です」


アリスの言葉通り、少しずつすこしずつリエルの攻撃できる回数が減り、防御に回っていく。それでもリエルは光や炎の魔術を駆使しつつ、氷の魔術を主体に攻撃を重ねていく。エミリーはまるで、勝機を見つけたかのように雷の魔術を惜しみなく打ち出していく。


「<雷鳴よ!>、<雷槍よ!>、<雷鳴よ!>」

「<光の障壁よ、我を守れ!>」


そして、遂にリエルが完全に守りに入るとそれに味を占めたかのようにエミリーはゆっくりと前進しながら距離を詰めてバンバンと雷の魔術を打ち出していく。その威力は少しずつ上がっていく。


「貫けるっ! <雷槍よ!>」

「きゃああぁぁ!!」


魔術で形成された防御壁を雷の槍が貫き、リエルの体を捉えた。その衝撃で彼女は後方へと吹っ飛ばされる。しかし、エミリーは倒れたのを確認しても容赦はしない。


「<雷鳴よ!>、<雷鳴よ!>」


意識を刈り取ろうとする雷がリエルの周辺に降り注ぐ。とてもじゃないが、あれは避けられない。落ちた直後、土煙と雷の閃光が周囲に上がる。その煙を確認してエミリーは勝ちを確信し、俺たちの方へと歩み寄って来る。


「終わりよ。もう意識は残って居ないはず。響、決闘終了のコールを――」

「まだ……<雷、鳴よ……>」

「なっ、嘘っ!」


一瞬、土煙の中から紫色の光がこちらに飛んできたが、明らかに力が弱く地面へと落ちた。その瞬間、エミリーは少し顔を歪めて振り返った。


「……。リエル、あなた誇っていいわ。もし、あなたが私の追撃をまともに食らってなければ『届いていたかも』ね。――これで終わりよ。<雷鳴よ!!>」


落雷の如く落ちたその一撃でリエルの意識を刈り取ったエミリーはまだ判定しないのかと思わせるような視線を送ってくる。


「そこまで。勝者エミリー・ウィルダート」

「……。二人ともあの子の救護は任せたわよ」

「はい。エミリー様はどうされますか?」

「また嫌な教員業務に戻るわ。はぁ……もう……」

「かしこまりました。ではあとで甘い物、お持ちしますね。お疲れさまでした」


エミリーは「あとよろしく~」と言わんばかりに手を振って去って行く。そんな彼女の姿を見てアリスは目を細める。


「エミリー様……。しばらくはそっとしておいてあげた方が良さそうですね。最後の一合でプライドがズタズタでしょうから」

「え? プライドがズタズタも何も、決闘には勝っただろ?」

「確かに結果はそうでしょうけど……最後にリエルさんから撃たれたあの一撃……。あれ、多分ですけど、エミリー様には痛みが届いていたと思います」

「痛みが通ったって? それはいくらなんでも無いだろ。確かにリエルの魔術は発現したみたいだったけどエミリーには直接当たってなかったぞ」

「ええ、でも、ほら……」


アリスが前に進んで軽く手で地面を触る。すると手には砂がべっとりと着く。

それを見せてこう続けた。


「こんなに地面が湿っていて、よく見ると湯気が出てるんです。従来、水は雷を通すという性質を持っているので恐らく、リエルさんは直撃ではなく、これを利用してエミリー様を感電させようとしたんだと思います」

「雷を使ってそんなことを? ……そうか、エミリーが雷の魔術中心で動いてくるのは分かり切っていた。だから氷の魔術を中心にしていたのか」


決闘で正面切った撃ち合いでは勝ち目がない。だからこそ、リエルは策を練っていたのだろう。そういう意味では、あの無意味の様に思えた雷の一撃は『計算づくの一撃』だったのだ。だが、その見えざる必殺の一撃は出力不足でエミリーに害を与えるほどのダメージにはならなかった。ただ、それでも賞賛には値する戦いだったことには間違いない。


「実力が届かないなら知略で相手の上を行こうとするなんて本当にお前はすごいよ、リエル」


倒れている小柄なリエルを易々とお姫様抱っこで抱えた俺は屋敷の客間へと運び込み、魔術的な処置をする。


「<聖なる風よ。精霊の加護を以て、かの者を癒せ>」


リエルの体にあった外傷は少しずつすこしずつ治癒していく。それでもこの様子では今夜はここで明かすことになるだろう。魔術的な処置が終わった頃、清拭用のタオルや着替えを持ったアリスが客間へと入ってきた。


「どうですか?」

「治癒魔術を掛けたから大丈夫だと思う。まぁ、今も意識は失ってるけどな」

「そうですか。私の救急箱は必要ありませんでしたね」

「……ったく、エミリーの奴、少しは手加減ってものを知れっての。後はお願いしてもいいか?」

「はい。お任せを」


俺は未だ意識を失っているか細いリエルの姿を横目にその部屋を後にした。

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