あれは、僕がまだ小学校にあがったばかりの頃だったと思う。

 田舎の祖母の家から歩いて行ける所に海があった。

 畑を抜けた先にある海は遠浅でかなり先まで歩いて行けた。

 子供達だけでは危ないと一緒に来てくれた叔父がビニールボートを引いて沖に向かって泳いでいる時にそれは起きた。

 横波が来てボードがひっくり返ったのだ。海に落ちる瞬間に見えた叔父は僕が落ちたことに気付いていなかった。

 僕は泳げない。

 塩水を飲みながら必死になって水をかいて水面に出て空の青を見た。

 けれど泳げない人間は余計な力が入っているから沈む。

 僕は、再び海の碧を見る。

 空の青。海の碧。

 二つのあおの世界を行ったり来たりして、僕は空と海のあおは違うんだと思いながら意識を失った。



「…あたしのファーストキスが……人命救助。そう人命救助だから無効よ。無効」

 そんな声を聞いた気がして目を覚ました僕の目の前に、ちょっときつい感じのする整った顔を少し赤らめたの女の子いた。

 あまりにも綺麗だったから、その子は天使で僕は死んだんだと思って泣き出しそうになる。

「男のくせにべそかかない!」

 死んだと思って半泣きの僕はデコピンをされた痛みに砂浜をのたうちまわる。

 スクール水着の女の子はポニーテイルを揺らして大笑いしていた。

「痛いのは生きてる証拠。まあ、死向臭が強くならないから死なないと思ったけど」

 それが僕の命の恩人――桜子との出会いだった。

 命の恩人であると同時に背が高く綺麗な桜子にすっかり参ってしまった僕は、浜辺で姿を見かけると、それはもう子犬のように揺れるポニーテイルを追いかけた。

 どうやっても追いつかない年の差を追いかけるように。

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