第一章②

 ついていくと誓った己を呪え。

「ってまったくもってその通りなんですけど」

 昨日の昼間、確かにそう言われたがさっそく過去の自分を思いっきり呪い倒すことになりそうだ、と瑠璃は肩を落とした。

 小さくつぶやいたはずの言葉はしかし、真珠の耳にもしっかり届いていた。

「なんだ、槙島。こちらのもてなしに不手際でもあったか」

「ていうか、なんでここにいるんですかっていうはなしなんですけど」

「あの男はあろうことか私をほしいとぬかしたのだ」

「・・・はい?」

「それなのに二日目は 婿殿は夜明け前にきて手を差し出したがほんのひとときだけだったぞ。私は一晩まったというのに!」

 呆けた顔の瑠璃に真珠は叫んだ。

 わかっている。自分がらしくもないことを言っているのはよくわかっているのだ。ただ、あんなにも素直に真珠自身を『ほしい』と言われたことがなかったので面食らったのである。真意を問いただそうとしても、肝心の本人は真珠のことをわざとさけているのかというくらいそっけない。

「えーと、おれ帰ってもいいですか」

「お前がそう言いたくなるのもわかるが、私だってわけがわからんのだ」

 藍玉に無理やり引っ張って来られた瑠璃は虚ろな目をしながらそう呟いた。

 今日も派手な朱色の着流しを着ており相変わらず主張が激しい。それほど自分と言う存在を示しまくっているにもかかわらず、広々とした本殿の床にちんまりと所在なさげに座っている。借りてきた猫というのは多分こんな感じだ。

 困惑するのもしょうがない。通常なら本殿へ上がることが許されるのは女のみで、いかな銀狼の側近といえど容易にここへ来ることはできない。おまけにいつもは御簾越しで言葉を交わすが、今日はそんなものは取っ払っている。こちらから呼び出したのだからというのと、より近しい立場で話した方がいいだろうと真珠が思ったからだ。

 単刀直入に言うぞ。

 そう切り出すと瑠璃は居住まいを正した。

「私は婿殿に嫌われているのか」

「……はい?」

 しばしの沈黙の後、ゆっくりと首を傾げた。

「そんなことで、俺呼ばれてるんです?」

「そんなことではないだろう。他ならぬ婿殿のことだ!」

 真珠が身を乗り出して叫ぶ。

「えぇ~?」

 瑠璃は若干身を引き、顔をひきつらせた。

 おい、どういう意味だ。真珠の細い眉が不快にひそめられる。

「めちゃくちゃどうでもいい~」

「お前、正直だな! というか、どうでもいいとはどういうことだ! もう一回いうが、二日目、婿殿は夜明け前にきて手を差し出したがほんのひとときだけだったんだぞ。これはもう嫌われているとしかおもえん」

「いや~ そんなことないと思いますよぉ」

 あくびすらしながら瑠璃は答えた。ここまで面倒だという態度を隠さないのはいっそ清々しい。半ば感心して見ていると、傍に控えていた藍玉が怒りで床板を踏みならした。

「なんという態度か!」

 姫巫女様の御前ですよ! そうぷりぷりと怒る藍玉にも瑠璃は反省するどころかあきれたような視線を送り、

「そうはいっても忌子さんは惟月殿下びいきですからねぇ」

 油断できません、と言って藍玉を絶句させる。

 本人は言葉ほどに藍玉を責めているような気はしなかった。関心がない、と言った方がいい。

 真珠の存在は利用価値があるか否かだけで判断しており、そこにある人間同士の感情のやり取りはどうでもいいと思っているのだろう。それは正しい。

 激怒で頬が紅潮してこのままでは煙が出そうな藍玉を目配せで落ちつかせる。

「藍玉、私が呼びつけたのだ。そう怒るな。そういえば惟月とやらはどうなった」

「あ~、本人はなにぶん屋敷から動いていないですからね。あれは家臣が勝手にしたことですから」

「挙兵を家臣が勝手にするか」

 あきれたように吐き捨てると、瑠璃はおや? という顔をした。

「なんだ」

「いや、姫巫女さん、案外話が分かるんですね」

 気安く笑う瑠璃をもちろん藍玉が許しはしなかった。鋭い声が飛ぶ。

「槙島殿!」

 巫女の体面を気遣って怒る藍玉には悪いが、真珠はなんだか愉快になってしまった。

「そんなことは初めて言われたな。なんだ、男というのはそんなに気安いものか?」

「や~、男っていうか俺が姫巫女さんに特別な感情がないからじゃないっすかねぇ。取り繕わずに言えば、円環の巫女とかなにそれって感じですし」

「槙島、この美しき私をみてもそんなことを言えるなんて大した男だ。それとも不能か?」

「すごい失礼な言いがかりをさらっと言いますね、姫巫女さん。それはともかく、この婚姻を馬鹿馬鹿しいと思っているもので」

「なるほどな」

 真珠が静かに頷くと、

「怒らないんですか」

 瑠璃は上目づかいでこちらの顔色をうかがった。容姿に似合わず子どもっぽい仕草をする男である。

「すでに婿殿に似た様な事を言われている」

「あ~、あのひとはなぁ。わりとずけずけ言っちゃうから。すみませんねぇ」

 へらへら謝られたがそもそもこの男もずけずけ言っている。

 後ろで藍玉の忍耐が限界に達しようとしている。無表情がとても怖い。

 真珠が先ほど窘めていなければもう一度食ってかかったところだろう。

「私の意思はどうなのだ、と聞いていたな」

「それで、なんと」

「私が円環の巫女であるということがこの婚姻のすべての理由だ、ということは言ったが」

「あ~、それですわ」

 やれやれと瑠璃は頭をかいた。

「殿下のことはどれだけ知っていますか」

「通り一遍のことは知っているな。嫡男であるが認められず、父を殺して当主の座を奪っただとか、その際に逆らう家臣を血祭りに挙げたとか」

 逆にいえば、この通り一遍のことしか真珠は知らない。噂で伝わる所業からは透輝という人物が悪鬼のように思えるが、それだけがすべてではあるまい。

 岐国は長子相続を是としている。ところが前当主である正嘉は、側室の産んだ第二子である惟月を深く愛したという。側室は惟月を産んだのちにそのまま亡くなった。もともとあまり体が丈夫ではなかったらしい。その時、正嘉がいかに嘆き悲しんだか。その哀れさは、俗世から離れている真珠にも伝わってきたほどだ。最愛の側室の忘れ形見、しかも惟月はその美しき女人の生き写しである。溺愛するのは人情としてはわかる。

 が、それが一国の当主となれば話は別だ。

「ま、概ね正しいですね」

 主の鬼畜の所業をあっさりと認める。それはすなわち取り立てて隠す必要がないと判断しているからだ。

「正統性はある話だろう」

「もちろん。正真正銘の長子である透輝様が後を継ぐことになんの問題もありません。ただ、あれほど寵愛が偏っていればそれをなんとか都合よく扱おうと考える奴らはどこにでもいるもので、色々屁理屈こねて惟月様の正統性を主張してくるんですよねぇ。巫女姫さんが祝福を与えたというのもそのひとつです」

「大方、惟月とかいう男に正統性を付与しようとどこかの老人が入れ知恵したんだろうな。それに私がまんまと巻き込まれている、と」

「無礼を承知で言うと、巻き込まれているというのはこんな猿芝居に付き合わされているこっちも同じなんですがね」

「本当に無礼な奴だな。気持ちはわかるが」

「ともかく、そう言う事情なわけですよ。殿下はその屁理屈というか神様が云々、というくだりにもう飽き飽きしているというか、はっきり言うなら嫌悪に近いですね。もともと、自分の目で見たものしか信じないお人ですし」

「ということは、私の存在そのものを嫌悪しているってことじゃないか」

「いや、そんなことはないと思いますよ。言ったじゃないですか、陛下は自分の目で見たものしか信じない、と」

 真珠は一つの可能性に思い至って頭を抱えた。

「じゃあ私が『巫女であるから銀狼に嫁ぐ』と言ったのは最高の悪手じゃないか」

 瑠璃が大きく頷いて、真珠はがっくりうなだれた。

 だからあの男は何度も『自分でいいのか』というようなことを聞いていたのだ。真珠のことを稚い少女だと思っているのだろう、見たままの。しかし、実際には巫女という立場に縛られて、彼の言う『自分のない』唯の人形だと思ったに違いない。

 ある意味でそれは正しいのだが、だからといって嫌悪をむき出しにされても困る。どのみち、自分たちはしばらくとはいえ夫婦としてやっていかなければならないのだ。相互理解を怠ってはならんだろう、と真珠は前向きに考えた。

 自分が心底嫌われているわけでないとわかってほっとしたところもあるが、それについて今は深く追求しないように頭の隅へ追いやった。

「誤解でもないが、話し合う必要があるな。手のかかる婿殿だ」

 真珠が深いため息をつくと、瑠璃は唖然として、

「姫巫女さん、変わってるっていわれません?」

「どうだろうな。今の私に仕えている者たちは私しか知らぬのだから誰と比べて妙だ、といいようがないだろ」

 この男の無礼さにはもう慣れた。真珠はあっさりと言い返すと、後ろで控えていた藍玉がどこか得意げに応戦した。

「左様でございます。当代の姫巫女様は在位百五十年になりますれば」

 信じられぬものを見たというように瑠璃は目を丸くして呟く。

「冗談でしょう?」

 彼ら銀狼の一族がもはや巫女を信奉していないことを真珠はよく承知しているつもりだったが、こうも実在を疑われるといよいよ諦めが先立つ。

「好きに考えろ」

 そう笑って真珠は立ち上がった。

「姫巫女様、どちらへ」

「うん、当人に直接きいてくる」

 藍玉が訪ねてくるのに真珠はあっさりと答えた。驚いたのは瑠璃だ。

「はい?」

 やめてやめて。

 譫言のように繰り返す瑠璃をおいて、藍玉に無常なる指示を出した。

「藍玉、槙島を押さえておけ」

「はい!」

「だぁぁぁっ めんどくせぇ! あの人いま、めちゃくちゃ機嫌が悪いんですよ! 余計当たり散らされる!」

 そりゃ御愁傷様だな。

 瑠璃の悲鳴を聞きながら真珠は歩きだした。



 どう考えてもくだらない意地を張っている。

 一度は了承したことだ。瑠璃にもあの姫君を利用すると宣言したばかりだ。そうしたことで、むしろ接触することを納得してもらった節もある。

 が、肝心な透輝自身が納得していないのであった。

 どうしようもなく、人間である。

 あの無機質な山犬でさえ、つつけば年相応の少女のような反応を見せた。あの姫君はむしろその様子が顕著だった。

 どこが神の代弁者なのか。

 血の通う、同じ人間ではないか。

 その人間を、まして気に入っている女をおとりのように使うことに抵抗があった。これは自分の矜持の問題である。

 ここ最近忙しくしていたのもそのためだ。文を出し、表だってもちろん裏からも手を回していたが、色よい返事はなかなかもらえない。当然だ。彼らは先代の命を奪った透輝を簒奪者としてみている。それがどんなに正当生のあることでも、血で奪った当主の座は歓迎されるものではない。もとはただの野武士であったものが年を経て城でいっぱしの政治をおこなうようになってしまった。自分たちを尊いものであると勘違いしている。汗と血を流すことは愚かである、と。

 そういうすべてのものを透輝は唾棄していた。汗と血を流さずして、どうして民を養うことができるのだ、と。が、権威主義の彼らは血にまみれた透輝をよしとしない。確かに長子であるが、もとより先代は側室の生んだ惟月を愛していた。噂が流布するように姫巫女の婚姻という決定的なものがあれば生まれた順番はもはや問題ではない。それは逆に透輝にもいえることだった。この婚姻を明らかにし見せつけてしまえば、透輝を恐れていた者たちはたちまち手のひらを返すであろう。

 しかし同時に、惟月と同じ手段に頼らざるをえない自分を許せそうになかった。俺にしておけ、といいながら、彼女を道具のように使う自分の浅ましさにどうにも道理が通らないと思っている。

 だから、問うた。あんたは俺でいいのか、と。

 いきなり腹を割って話してもらえるなどとは透輝自身も思っていなかったし、自分が真珠の立場であれば通り一遍のことしか語らないのは当たり前だ。なのに、どこか真珠と自分を同一視していたのだ。

 一言、真意が聞ければそれでよかった。たとえそれが透輝を殺す、ということであっても。

 もちろんただで殺されてやるつもりはないが、最大限に配慮してやっただろう。場合によっては別の道を探ることだってできる。

 ここまで考えて、あの少女にどこまでの期待をもっていたのかと頭を抱える。

 気の迷いだ。たった一人でいると思っていたところに、もしかして自分を理解できるような存在がいると思ったら心が浮き立った。そして、そこへ期待を持たせすぎたのだ。

「やれやれだな」

 所詮、女だ。

 それもいるかいないかわからぬ神に祈ることしかできぬ、脆弱な。

 殺しに来るならそれもそれで面白いと思ったのに、あの夜の真珠はどうしようもなくただの少女だった。見立て違いだと思いたくもなかったが、認めざるを得ないのかもしれない。

 どうやら、世界は自分が思った以上にくだらない人間に満ちているらしい。

 いっそすべてに火でもはなってやろうか。

 昼間だというのに透輝は部屋に閉じこもり、誰も近づけようとしなかった。考え事をするときはいつもそうだ。そうして、もっとも残酷で適切な手を考えつく。鬼若子のお籠りがはじまった、と城の者は怯えたものだとどうでもいいことを思い出して一人笑う。

 たった三日だ。

 城をあけて、この宮に留まってからたったそれだけしか経っていないのに、もうずいぶんと俗世から離れた様な気がする。人里はなれた場所のため、時間の感覚が狂うようなところがある。

 いや、それだけではない。あの姫巫女。

 久しぶりに面白い人間を見た、とはしゃいでしまったのだ。らしくもなく。そうして勝手に期待して、勝手に失望しているのだ。こんなことは初めてだった。

 どうも調子を狂わされている。透輝が頭を抱えていると、なにやら外が騒がしい。ひときわぎゃあぎゃあと喚いているのは間違いなく瑠璃だ。彼はここへきても平素と変わらず、うるさく勝手気ままに過ごしている。一応、透輝は色々命じてはいるものの、それ以外は宮のなかであろうと態度を改めようとはしていない。侍女たちにも疎まれているようだが、逆にそれにからんで余計にいざこざを大きくしている。

 要は、瑠璃もうっぷんがたまっているのだった。いつまでここにいる気だ、と詰め寄ったのは初日のことだけで諦めたのかと思いきや、どうも方法を変えたらしい。追い出されるのを待っているのだ。

 現に、食事に妙な薬を混ぜられていることなどもあったが、瑠璃に毒味させているので問題はないだろう、と透輝は高をくくっているのだが、当の本人は我慢の限界らしい。

 まったく、忍耐の足らんやつだな、と透輝は腰を上げた。こう声がうるさいと考え事をする気にもなれない。

 戸を開け、問いかける。

「瑠璃、あのお姫様のご機嫌はどうだった」

「最悪だ」

 予想していた瑠璃の声ではなかった。

 そっけなく言い放つ真珠が視界のど真ん中で仁王立ちしていた。その小さな体を瑠璃が羽交い絞めするように止めていた。

 なにをやっているんだ、お前は。

 瑠璃をそうにらみつけてやると、彼は小さく両手を上げて後退りしたのだった。

「お前、私のなにが気に入らん」

 つかつか歩み寄る真珠に、透輝はお馴染みのため息をついた。

 唐突な状況すぎて何と答えていいのかわからない。戸惑いの沈黙を、答える気がないと判断したのか、真珠はその美しい顔に似合わず眉間にしわを寄せた。

「美しすぎるからか」

 ……は?

 冗談を言っているんじゃなかろうな、と顔を見るが、本人はいたって大真面目に言っていた。透輝はこめかみを押さえて呻いた。

「おい」

「わかる。私の美しさ故にお前はおぼれてしまうのが怖いのだろう。明日がくるのが恐ろしいのだな。さもありなん。私も自分の美しさが常々恐ろしいと思っていた。私で十一代目となる姫巫女はみなその容姿の美しさを讃えられているが、実際私ほど美しい者はそうそういまい。月の光を集めたかのような髪は腰のあたりまで伸び、藍玉が椿油をすりこんでくれるからつややかでたっぷりとしている。肌は白く、紅玉のように赤い瞳は神秘的で見る者にはいっそ畏怖すら抱かせるが、ぽってりとした唇が愛らしさを与えている。身体は華奢でこの儚げな風情はどうだ、紛れもなく美少女だろう。そして巫女なのだ。もうこれ完璧だろう。飢えた獣のような視線を向けられるのは煩わしいが、しょうがないことだ」

 滔々と自分を賛美する言葉が何の臆面もなくその口から垂れ流されることに、唖然とする他なかった。

「婿殿の吹けば飛ぶような理性に頼るしかない現実は不安でしかないだろうが、これも試練だ。私とて好きでこんな美少女巫女に生まれたわけではないのだ。許せよ」

「あんたちょいちょいそういうこというな。悪いが十人並みだぞ」

 絶句する。

 口を開けたまま固まる真珠をみて、さすがに透輝は気まずそうに頬を掻いた。

「……あー、悪い、子ども相手に言い過ぎた」

「お前、目が悪いのか」

 大丈夫か? と覗き込むと舌打ちすらして吐き捨てる。

「本気で悪いと思ったのが馬鹿らしい」

「性根が悪いんだな」

「あのな、一つ言っておくぞ」

 立ち上がって真珠を睨みつける透輝を、真珠はまじまじと見つめ返す。

「これ以上あんたに関わる気はない」

 目を丸くする真珠に、躊躇することなく続けた。

「状況的にそうせざるをえないだけなら、お互い必要以上になれ合うのは不要だと思わないか。というか、あんたが言い出したことだろう」

「もちろん、それは正しい。が、お前の言う最低限では儀式をこなすことははいっていないのか」

「こなしているだろう」

「あぁ、こなしているな。だが、半分程度の理解なんじゃないのか」

「なにが言いたい」

「私たちは仲睦まじい夫婦である必要はないが、そう見えることは大切だ。とくに、銀狼と巫女がお互い求めあっている、という図式こそが必要なのでは?」

 初夜には侍女が見張りにつく。もちろん、部屋のすぐ外ではあるが、それでも中がどのようになっているかはわりとわかってしまうものだ。

 まして、昨日のように明け方に来られたのでは不仲は一気に侍女の口から口へと伝わり、惟月の耳へと入るだろう。

「それで?」

「それで? 義務を果たせという話だが」

「あんたそれ、抱いてくれっていってんのか?」

「どうしてそうなる。初夜をきちんとやれといってるんだ」

「だから」

 頭を抱えたのは透輝だった。

「あのな、わかってないからはっきり言うが、俺は腹の底を見せない女と同衾するほど命を軽んじていない。俺とあんたが不仲だという話が出回ったとしても、俺としちゃ巫女と婚姻と言う事実だけで十分だと考える。だから、この話はこれで終わりだ」

「なるほど、よくわかった」

 うんうん、真珠は頷く。

 瑠璃も似た様な事を考えていたようだが、真似事なのだからそこに感情が伴う必要はない。むしろ邪魔になるだろう。

「正しい、が、つまらん」

「はぁ?」

「そんなに義務だなんだとがんじがらめになって楽しいか? 哀れな奴だ。お前だけは決めごとの外にいるのに、自ら縛るか」

「なにいっている」

「余裕がないな、と言う話だよ、婿殿。それともやっぱり私の美しさに腰が引けたか」

「小娘が」

「邪魔して悪かったな。まぁせいぜい形ばかりの夜を楽しみにしていよう」

 言うだけ言って、踵を返し返るかと思いきや。一度背を向けたはずの真珠はしかし、すごい勢いで透輝のほうへ振り返った。そうしてまじまじと顔を見つめる。

 なんだ。

 そう問いかけるよりも前に、真珠の白銀に輝く眉がひそめられたかと思うと急に頬にちいさく稚い手が触れた。

 一瞬、なにをされたのかわからなかった。

 冷静な脳の半分が、これが刀であれば即死だな、とせせら笑う。

「婿殿、どこか具合でも悪いのか」

 のぞき込む瞳にはっと息をのんだ。

 思わずだ。

 何の思惑もなく、何の作意でもなく、ただ透輝の顔色を心配するような感情がみてとれた。

 とっさに、透輝はたまらずその手をつかんだ。手のひらの中でちいさく肌がはねあがった。

「なに」

「あんた、そんなふうに俺を甘やかしていいのか」

「なにを」

「俺は全力でそういうのは前向きに解釈して、あげく」

 紅潮して絶句している真珠に息がかかるほど顔を近づけて、

「うっかり俺のものにするぞ」

「おまえ、元気じゃないか!」

「誰が病み衰えているなんて言った? あんたが勝手に勘違いして俺になついたんだろうが」

「なついてなどいない! というかいい加減手をはなせ」

「残念だな」

 口元へ持っていって、せめてもの意趣返しにと軽く指をかんでやるとこんどこそ脱兎のごとく逃げ出した。

「瑠璃、姫君のお帰りだ」

「あっ、わざとだな!」

 またしても戻ってくるところがこの少女の浅はかさというか。

「透輝、私になにか隠しているな」

「あんた、初めて俺の名前を呼んだな。少しは意識しているのか」

「どうでもいいことで煙に巻くな」

 意外とどうでもいいことじゃないんだがな、と肩をすくめる。

「惟月のことでこそこそ動いているのだろう」

「山犬か」

「いいや、そうであったら最悪だとかまをかけてみた」

 いたずらっこというにはあまりに確信犯的だ。

 前言撤回である。浅はかなのはこちらだった。

 透輝は凶暴な笑みを浮かべる。

「あんたには関係ないことだ」

「惟月の猿まねは誇りが傷つくとみえる」

 せせら笑う真珠にさすがに青筋がたった。

「あんたを巻き込まないためだ」

「私がそれを望んだのか」

 笑わせるなよ、と真珠はたんかをきる。

「巻き込まれることなど先刻承知だ。お前が決断を下さない理由に、私を使うな。最初の日も言ったな、お前まさか私に叱られたくてわざとやっているのではなかろうな」

「あぁ、それは面白そうだな」

「馬鹿にするなっ」

 今度こそ、真珠は踵を返して去って行った。視界の隅で瑠璃がにやにやとこちらを見てくるのはさておいて、その小さな背中を最後まで見届ける。どうにも目が離せなかった。

 こんな風に自分を叱る人間など、いなかった。

 参った。まったく。

「あれはいい女だ」

 どこか言い捨てるような響きで、透輝は呟く。



 一度目は声だけを。二日目にはこちらからそっと扉をあけて、相手は手だけを差し入れる。それを一晩柔らかく握る。

 そして三日目にようやく婿を迎え入れることができる。

 が、真珠のきいているのはそれだけだ。そこから先はどうなるかわからない。

 女だらけの宮にいながら未婚の者が多いためそのへんはなんとなくほにゃほにゃした知識しか真珠にはない。なので、初夜というものの作法を正確には知らない。藍玉に聞けば、顔を赤くして「しりません!」と逃げられてしまった。

 しかし、困った。粗相があってはならないし、こうなれば婿殿に実践にて教わるしかあるまいなぁとのんきにぼやいていたのはほんの一刻ほど前だ。

「こない」

 落ち着く香りのお茶だ、と藍玉が入れてくれた桃の葉茶は甘い香りがするすっきりとした後口のお茶だ。冷めたそれを飲み下して、真珠は不機嫌に呟いた。

 初夜のためにとやたら薄い布の寝巻を着せられたが、肝心の透輝の来訪がなくばこんな準備も何の役にも立たない。ただ肌寒いだけである。

「忌々しき問題だ」

 さて、どうしたものか。

 寝台に寝転がり、天井をみあげたときにふと思いついた。

 そうだ、こちらから行ってやればいいではないか。

 昼間はどうにも言い過ぎた、という気は何となくしていた。しかし、よもやそれだけの理由でこうも放っておかれるとは思わないではないか。

「婿殿は存外子どもだな」

 やれやれ、謝りにいってやるか。

 簡単なことだ。

 そうと決まれば真珠は立ち上がり、そっと扉を開けた。控えている侍女たちには先ほどお茶のお代わりを頼んだから当分は帰って来ない。そのまま抜け出して、真珠は宮の端を目指した。

 暗くひっそりとした宮の中でそこだけ灯りが漏れている。扉の前に護衛として瑠璃が座っていた。

 瑠璃は真珠の姿を見ると驚愕に目を見開く。

「我が婿殿はここにいるか」

「なんつー格好してるんですか」

 目をそらし、半ば怒ったように言う瑠璃に真珠は小首を傾げた。

「変か?」

「いや、変と言えばとてつもなく変ですが」

「おかしいな。初夜にはこの衣装を身にまとうべきだと侍女に言われたのだが」

「しょや!」

「婚姻したのだ。今夜が初夜でまちがいないだろう?」

「いや、そうなんですが、なんというか」

「なんだ、言え」

「……透けてるんですが」

 なんだ、そんなことか。

 狼狽する瑠璃の前に仁王立ちになり、真珠は胸を張って言った。

「うん、そういう着物らしいからな」

「いやいやいや、なんで堂々としてるんですか! めちゃくちゃ透けてますよっ! 恥じらいとかあるでしょ!」

「恥じらい? なぜ。私の美しい体には恥ずかしいところなぞどこにもないぞ」

「そう言う話じゃなくてですねえ!」

「なんだ、うるさいぞ」

 あけて出てきた透輝を見て、真珠は跳び上がった。

「婿殿、こちらからまいったぞ!」

 そうして黙って扉が閉められる。

「あれ?」

「ちょっと、殿下! 現実を拒否しないくださいよ!」

 俺には荷が重いですって! とかなんとか喚く瑠璃に答えて、もう一度扉が開いた。

 こちらから折れてやったというのに、この強情ぶりはどうだ、と真珠は内心で大いに腹を立てていた。

「女に恥をかかすものではないぞ」

 苦言を呈すとそれが堪えたのか、透輝は頭を抱えた。

「あんた、いったいなんなんだ」

「初夜に婿殿がこないのでな。こちらからきてやったのだ」

「聞いたことないんだが、そんなこと」

 呻くように言って、そうしてきていた上着を真珠にかける。

「なんだ、寒くないぞ」

「見ているこっちが寒い」

 わけがわからん、と真珠はまたも首を傾げる。

 ともかく透輝の気が済むようにすればよいとなされるがままにされている。透輝は特に胸元を念入りに掻き合わせてはだけないようにするのに熱心だった。

 いや、多少肌寒いとはおもったがそれほどさほどではないんだが、と真珠がぶつくさ抗議するのを、透輝は完璧に黙殺した。気のすむまで襟を詰めて上着をぐるぐる巻きにしてされたところで、

「なんのつもりだ」

 ぐっと低い声で問われる。

「だから、初夜だと」

「あんた、俺に溺れるなって言わなかったか?」

「言ったがな、ほどほどに溺れてもらわぬとつまらぬ」

「は?」

「だから、私に溺れすぎるのは困るが、ほどほどに構ってもらわぬと暇でしょうがないと言った」

 さぁ、美しき妻を構うがよい。

 両手を広げて受け入れ態勢ばっちりで待ち構えているとあっさりと無視される。

「瑠璃、このお子様を寝台にお返ししろ」

 透輝が命じたが、瑠璃は露骨に顔をゆがめた。

「え~ もう巻き込むのやめてもらっていいですか、陛下ぁ」

「失礼な奴らだな!」

 地団駄踏んで抗議する真珠を、透輝は何度目かわからないため息でもって呆れを示してみせた。

「あのな、俺たちはあんたの相手をしている暇はない。暇だと言うなら昼間にあんたのとこの侍女たちに健全に相手してもらえ」

「健全な遊びはつまらぬなぁ」

「あんた意味わかって言ってるのか」

 そこで胸元を睨まれる理由が真珠にはわからない。

 しかしこいつは怒ってばかりだな。そんなにぷりぷりして何が楽しいのやら、とあさってなことを考えている。透輝がその心中を察すれば激怒すること間違いなしだが、真珠はもちろん自覚していない。

「ところで、婿殿は夜なべしてなにをしておるのだ」

「あんたに関係ないだろう」

「手伝えるかもしれぬのになぁ」

 馬鹿馬鹿しいと笑われる前に、真珠はにやりと口の端を上げた。

「婿殿は謀反人狩りに精をだしているのだろう? 害虫は一匹見つかると石の裏に百匹はいるというからな。ひとつ、この偉大な美少女巫女である私が協力してやろう」

「瑠璃、姫巫女殿を部屋までお返ししろ」

「あ、まて! 槙島、妙なところ触るな! 」

「変なところなんて触ってないっしょ! 人聞き悪いな!」

「聞け、婿殿。言いたいことはこうだ、私の威光を利用すればいい。宮を離れる前に神事がある。その場に諸々呼べばいい」

 瑠璃の拘束する力が緩んで、真珠は仁王立ちする。

 銀狼が真珠を王位の証だととらえているのなら、利用してやればいいのだ。そうすれば真珠が惟月に祝福を与えたとかいう根も葉もない噂も消し飛ぶだろうし、上手くすれば噂に踊らされた家臣たちの何人かはこちらに寝返る可能性もある。

「俺に惟月の猿まねをしろ、と」

「それの何が悪い」

 けろりと言い返すと今度は透輝が絶句した。

「国を治めるのだろう? 余計な人死になく治世を盤石にしたいのなら利用できるものはなんでも利用すべきだし、手段を問うなど愚か者の所業だぞ。そもそも、だ」

 真珠はふんっと鼻を鳴らす。

「そのための婚姻だろう。お前も義務を忘れてくれるなよ」

 帰る。送れと瑠璃に告げて踵を返した。

 裸足で冷たい床を踏みしめるその冷たさに、今さら気がついて背が震えた。

「あ、これは借りておくぞ!」

 別に肌を晒すことに恥ずかしさはなかったはずだが、ああも周りに狼狽されればこれがどうも普通じゃないことくらいわかる。恥をかいたと真珠は耳が赤くなるのを感じた。

「瑠璃、いくぞ」

「俺、あんたの従者じゃないんですけど」

「瑠璃、もうさがれ。俺が姫君を送っていこう」

「はぁ、そりゃ有難いですがえらい変わりようで」

「掴まれるのは、一瞬だな」

 聞いた瑠璃はおえっと吐く真似をしてみせたが、透輝はひとまず無視する。その横でさらに驚いたのは真珠である。

「追ってくるな!」

 思わず走りだした真珠だが、そもそも歩幅が違いすぎる。あっという間に追いつかれて抱きあげられた。

「それは無理だな」

「あっ、どこ触っている! はなせ、へんたい」

「人聞きの悪いことをいうやつだ」

 そうして抱きかかえたまま、透輝は歩を進める。どこへいくのだ、と丸い瞳で真珠は見つめるが、透輝はわざと無視しているようだった。

 ついた場所は、初夜を過ごすはずであった塗籠であった。

「姫巫女様っ」

 呼んだものの、ぎょっと目をむく侍女たち、そのなかでもひときわ大声で叫んだのは藍玉だ。透輝はそのひときわ幼い者に対して「大事ない」とそっけなく言った。

「藍玉、これは」

「あんたはもうしゃべるな」

「姫巫女様になんという口のきき方をっ!」

 憤慨する藍玉を、透輝は鼻先で笑う。

「だから、なんだ。俺がどんな口をきこうとお前には関係ない。真珠はもはや俺の妻だ」

 絶句したのはその場にいた侍女だけではない。腕の中にいる真珠もまた、口を鯉のようにあけたりとじたりしながら言葉を失っていた。

「今夜はとびきりうるさいだろうが、気にするなよ。幼いお前にはわからんだろうが、初夜とはそういうものだ」

 だから、夜が明けるまでは一切の邪魔立てはするな。

 そう言い捨てて、開け放たれたままの塗籠に入る。引かれた床の上に真珠を猫の子でも放るように投げて、後ろ手に戸を閉める。我に返った藍玉がでたらめに戸を叩き喚く声が聞こえるが、透輝は無視した。騒がしい背後よりも、呆然自失している目の前の真珠の方が重要だったからだ。

「お前、なにをっ」

「事実しか言っていないが」

「なにが事実だ! 完全に藍玉が誤解したぞ! どうしてくれる」

「誤解もなにも、あんたが俺の妻であることは事実だろう」

「つま!」

 またも絶句する真珠にとうとう透輝は呆れた。

「これじゃああんたを抱くまで何度言い聞かせばいいかわからんな」

「お前、私をどうするつもりだ」

「だから、抱くが?」

 何を今さら。

 今度は透輝が呆れる番だ。裸同然の格好で迫っておいて、いざことをなそうとすればおじけづくなんて一体どういう悪ふざけのつもりなのか、という当然の心境である。

 が、真珠にはそのことがわからない。

「あんた、男のなんたるかをよくわかってないみたいだな」

 意味はわからずとも気圧されて喉をならす。上下する喉の白さを、透輝は舌舐めずりする思いでみつめる。

「あまり怯えるな、むちゃくちゃにしたくなる」

 一瞬だった。

 抱き寄せ、噛みつくように口づけをする。驚愕に目を見開く真珠にさらに興が乗って、透輝は角度を変えて幾度もその甘い唇を吸った。酸素を求めて戦慄く真珠は切れ切れ「やめろ」に叫んだ。

 当然、聞き入れる透輝ではない。

 腕の中で、喉奥で唸り声を上げる真珠にさすがに不審に思い、透輝はようやく解放した。

 涙と唾液でぐちゃぐちゃになった顔でこちらを見上げ、真珠は息も十分に整わぬうちに叫んだ。

「お前、私に子を産ませる気かっ!」

「……なに?」

「初夜にここまで手荒な事をするとは聞いてない! 接吻などして、子ができたらどうするつもりなのだ。そもそも、お前は私を気に入らんはずだろう! なのに子ができてしまえばお前も困るだろうが! おい、なにを頭を抱えているっ」

「いや、どう考えてもおかしなことを言われているな、と。子どもができると言ったか」

「もう取り返しがつかぬぞっ! こんな、こんなことを何の断りもなくするなど、あぁ、私の姫巫女様っ」

 まさに錯乱である。

 伏して泣きわめく真珠に、さすがの透輝も沸騰した頭と劣情が冷えてきた。見渡せば、散々たる有様であった。乱れた床のうえに、さらに乱れた着物をもはや絡みついている、といったほうがいいようなありさまで、四肢を投げ出しておいおい身も世もなく泣きわめく少女。

 どうかしている。

 子どもがどうとかも言っていたが。

「あんた、まさかこんなことで子どもができると思っているのか」

「男女がふれ合えば、子ができると。違うのか」

 ちがわない。違わないが、正確ではない。

 一体、この宮の連中はどういう教育をしているんだ、いやそんなことそもそも想定していないから誰にもこの少女にいってやらなかったのか。

 しかし、そんなことを詳しくこの場で説明するのはまったく馬鹿らしかった。そのままにもしておけないわけだが。

「詳しい説明は追い追いするが、とりあえずこんなことでは子はできない、泣くな」

 悪かった、とはさすがに言わない。

 しばらくすすり泣く真珠の背をさすって、まいったなとひとりごちる。

 どうも、まったくの子どもを相手にしている気がしてきまりが悪い。

「さすがにそれだけ嫌がれれば俺も少々傷つくんだが」

 かなり情けない声になってしまった透輝に、真珠は弾かれたように顔を上げた。

 眼が、痛ましいほど赤い。

「ちがうぞ、婿殿。私はお前のことが嫌とかそういうことでなく」

「ではなく?」

「私は巫女をやめたくない」

「はぁ」

「なんだ、その腑抜けた返事は」

「いや、今のは完全に俺のことを好きだとかなんとか、まぁそれは別にいいんだが」

 はぁ。ため息をひとつはいて。

「巫女がやりたきゃ、やればいいんじゃないのか」

「あのな、簡単に言うが、お前が私を手篭めにしようとしたからそれが叶わなくなっているのだぞ!」

「手篭めとは人聞きが悪いな、おい」

「他に言い様があるか?」

「……わるかった」

 頭を下げると、真珠はぽつりと呟いた。

「別に、婿殿のことが嫌いなわけではない。でもこれは偽物だから、意味なんてない」

「偽物?」

「だから、婿殿のことを慕わしく思う気持ちは、私が姫巫女だからだ。お前が私に触れたいと思うのも、私が姫巫女だから。こんなのは、偽物だろう」

「あんた、あんまり俺を舐めるなよ」

 低い声に真珠は肩を揺らした。

「俺が、この俺が、天狼がどうとかの意のままだっていうのかよ。馬鹿にするな」

 頬を撫でる手は熱い。言葉のきつさとその熱さとは裏腹に、触れかたはまるで壊れ物を扱うかのように優しかった。

「俺は俺の意思であんたに落ちた。あんたはどうだ。あんたはあんたの意思で俺を選んだんじゃないのか」

「私の、いし」

「じゃなきゃ、なんだっていうんだ。あんな射殺しそうな目で俺を見ておいて。神とやらがあんな目で俺を見るかよ」

「私はっ」

「あと、姫巫女の位を返すのは子どもができたときか」

「は?」

 急な話題転換に真珠の目の縁に盛り上がっていた涙がひっこんだ。

「だから、子どもができたらやめなきゃならんのか」

「……たぶん、前の姫巫女はそうだった」

「なら、安心しろ。今日のところは」

 そうして真珠を抱きこんでごろりと横になる。

「おいっ」

「これぐらいはいいだろ。むしろ、俺の自制心に感謝してほしいくらいだ」

 いまだぎゃあぎゃあ文句を言う真珠を強く抱きしめる。

「あんたが嫌がることはしない」

「だったらはなせ!」

「これくらいいいだろ。もうつかれた」

「なんなんだ、お前」

 真珠はなおもぎゃあぎゃあと言い募ったが、肝心の透輝はつかれたといわんばかりに瞼を降ろしていた。眠りの世界に誘われた透輝を見て、馬鹿らしくなって真珠も瞼を閉じたのだった。

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