第3話 不安の残る入学試験

 私達は他の生徒の邪魔にならないよう、あまり目立たない木陰へと移動した。


 地面にレジャーシートを敷き、そこに腰掛けて試験の時間まで待機する予定だ。


 暇潰しにパンフレットを眺める。


 試験は五人に分かれて行うらしい。各場所で試験官、この学園の教師達が審査をするらしいので、不正行為はすぐに摘発されることだろう。複数で行われるということで、回転も悪くない。そのため試験は一時間ほどで終わるようだ。


 まず最初に実技試験。

 この課題は毎年変わるため、事前に予習することはできない。でも、予想することはできる。ほとんどの場合は的が用意されており、それを壊すことが課題となる。変化するのはその手段だ。それは『魔法を使って』だったり『いかなる手段を用いて』だったりと、かなりの幅がある。『魔法のみを使って』というのもあり、魔法適性のない受験者は「今年は運がなかった」と諦めるしかない。

 試験の内容は未だ明かされていない。どうやら、試験が行われる直前に発表される仕組みのようだ。


「ミオは実技大丈夫なの?」

「あまり戦闘は得意じゃないけれど、頑張るよ」


 ミオは本当に自信なさげにそう言った。


「大丈夫よ」

「あっ……お姉ちゃん?」


 私はミオを抱き寄せる。

 そして、昔やっていたように頭を撫でた。


「誰だって不安なのよ。あなたは自信を持って試験を受ければいい」


 何度も言うけれど、ミオは優しい子だ。

 エルフの里では鹿すらも狩れなかったほど、殺傷を好んでいなかった。


 しかし、時は流れて少しくらいは狩りを覚えたらしい。

 彼女から自然と出る身のこなしが、昔とは比べ物にならないほど洗練されたものとなっている。私が父親から習った狩人の動きだ。

 ミオの装備している武器は、弓と短剣だ。狩人らしく遠距離戦が得意なのだろう。


 これならば大丈夫だ。

 身内贔屓ではなく、純粋にそう思った。


「……うん。ありがとう……なんか懐かしいな。不安なことがあった時は、いつもこうしてお姉ちゃんに撫でてもらっていた。まるで昔に戻ったみたい」

「残念ながら、今は今よ。昔とは違うわ。……でも、これからは何度でもこうしてあげる。だからミオも遠慮するのはダメよ?」

「良かった。お姉ちゃんは、お姉ちゃんのままだった……嬉しい」

「……もう、相変わらず甘えん坊さんね」

「お姉ちゃんの前だけだよ。他の誰にだってこんなことしないもん」


 もうやだこの子。めっちゃ可愛い。


「……不安はなくなったかしら?」

「うんっ!」

「そう、それなら良かった」


 名残惜しいけど、妹から離れる。


 私とミオはエルフで、銀髪に金髪と目立つ。

 これ以上イチャイチャして注目を集めるのは避けたかった。

 なんだお前ら見てんじゃねぇ! とは思うけれど、それを言うのは流石に理不尽だろう。


 パンフレットの続きを読む。

 実技試験が終わったら、面接試験だ。

 担当している教師五人と向かい合い、色々と話をするらしい。これに関しては問題ないだろう。


 規模の大きい試験内容なのに、不合格でも半額を返却する。最高峰の学園というだけあって、アフターサービスがしっかりとしている。

 それだけ学園側に余裕があるのと、学園長が優秀だという証明なのだろう。


 王立トルバラード学園の学園長は、オードウィンという男だ。

 彼は私達と同じエルフで、今年で500歳というかなりのお年寄りだ。外の世界でこの歳まで生きているエルフは珍しい。それだけの知識と実力を兼ね備えている証拠であり、信頼できる人物なのは間違いない。


 初めて会ったのは王城でのことだった。その時は「こんなところにエルフがいるのか」と思った程度だったが、向こうが私に興味を持ったらしく、積極的に話しかけてきてくれた。

 外で生きるエルフに共通する苦労話を交えたこともあり、何度も酒場で飲み交わした仲だ。


 もちろん、私の素顔と本名を知っている。

 でも、彼は話のわかる男だ。安易に私が英雄だと口を滑らすことはないだろう。


「へぇ……ここの学園長って凄いんだね」


 ちょうどミオも同じページを読んでいたらしく、感心したようにそう呟いていた。


「ねぇお姉ちゃん。やっぱり外って大変なの?」

「……ええ、そうね。ミオが想像しているより、大変かも」

「でも、この人もお姉ちゃんも、こうして生活している。それって凄いことだと思う!」


 興奮したのか、体をぐいっと寄せてきた。


「どんな人なんだろう……会ってみたいなぁ」

「気さくで誰にでも優しい人よ。きっと仲良くなれるわ」

「もしかして、会ったことがあるの!?」

「ええ、仕事で何度か。ミオが会いたがっていたと伝えておくわ。あの人も喜ぶと思うわよ」

「ほんと!? ありがとうお姉ちゃん!」

「お安い御用よ」


 感極まって抱きつかれた。

 私はバレないようにガッツポーズを取る。


「さ、そろそろ試験が始まるわ。私達も会場入りしましょう」


 ちらっと他の受験者を見てみると、それぞれが指定されている会場へと足を向けていた。

 彼らの表情はそれぞれ異なる。不安や緊張、逆にリラックスしている者や、自信に満ち溢れた者もいる。

 ……いったい、この中の何人が試験に落ちるのだろうか。そんなことを考える余裕があるのは、おそらく受験者で私くらいだろう。


「私は126番ね」

「えっと私は……125番だね。五人の枠だすると、別々になっちゃったね」


 ──チッ、うまく別れてしまったか。


「私がいなくてもミオなら大丈夫よね?」

「うん……寂しいけれど、全力で頑張る!」

「……その意気よ。それじゃあ、お互いに合格することを祈りましょう」




          ◆◇◆




 こうして私は、暫しの間ミオと別れることになった。


 私が安心させた甲斐があったのか、妹は程よい緊張感で試験に挑めそうだ。

 昔から下手なことをしない子だった。私が大丈夫と言ったのだから、大丈夫だろう。


 ……もし無理だったら、英雄特権を使ってやる。


「これより入学試験を開始します」


 その声に、今までの思考が薄れた。


 私の番号は126番。

 五人組の中では一番最初だ。


 私の後ろには、同じように試験を受けに来た若者が四人。

 この学園に入ろうとしているのだがら、それなりの実力者なのだろう。もしかしたら面白い人物を見つけることができるかもしれない。そう思い、内心期待して試験に挑んだ。


 ──それなのに。


「はぁ……」


 私は他に聞こえぬよう、短い溜め息を吐いた。


 いや、わかっていた。

 いくら才能が隠れているとしても、まだ学生の領域を出ていない。それくらいは理解していた。確かに実力だけで見れば、学生以上の子もいた。

 しかし、それは本当に実力だけを見た話であって、人間性が致命的だった。


 そいつは試験が始まる前から傲慢な態度を取っていて、そいつの従者であろう三人の存在もあるのか、簡単に言えばめちゃくちゃ調子に乗っていた。

 その男子は上位の方の貴族らしく、そんな態度を取るのも仕方ないのだろう。

 ……まぁ、私としては、そういう無駄な自信家ほど、戦場ではすぐに死んでいくとわかっているので、精々今の内に良い夢を見ていればいいと、それ以上そいつのことを気にしないことにした。


「これから行うのは実力試験です。今から的を用意しますので、魔法を用いて攻撃を当ててください」


 今回の課題は『魔法を用いて攻撃を当てる』というものらしい。

 つまり、魔法を少しでも使っているのなら、どんな手段を用いてでも合格となる。

 今回は魔法を使うという縛りはあるものの、比較的優しい試験内容だ。これならばミオも大丈夫だろう。


「では、126番の方、軽い自己紹介をしてから始めてください」

「──はい」


 試験監督が土魔法で的を作る。

 この学園の先生として働いているだけあって、魔法の収束が早い。良い腕を持っている。


 もちろん英雄である私にとって、この程度の課題は目を瞑ってでも合格することが可能だ。

 面倒なので、すぐに終わらせるとしよう。

 そう思って立ち上がる。


「おい、待て」


 そんな私に、邪魔者が横入りしてきた。

 振り返らずとも、その馬鹿が誰なのかを判断するのは容易だった。


「どうしましたか、ダルメイド君?」

「どうしたではない。貴族である僕を差し置いて、ただの平民が先に試験を受けるとは何事だ?」

「しかし、受験番号優先ですので」

「──そんなの知るか! 侯爵貴族である僕が最優先だ!」


 試験監督の先生は困り顔だ。他の先生達も、内心面倒だと思っているのだろう。

 優先するべきなのは明確だが、それを強引に進めたら、もっと面倒なことになる。

 先生達でどうしようかとアイコンタクトを交わし、最後にはチラッと私に視線を向けてきた。


 私は肩を揺らし、無言でお好きにどうぞと返す。


 それを確認した先生は、小さく会釈をした。


「仕方ありません。では、ダルメイド君からお願いします」

「ふんっ、最初からそうしていればいいんだ!」


 よくぞここまでの馬鹿を育てたなと、こいつを育てた親の顔を見に行きたくなった。


「僕はダルメイド・アルガン! 炎と水の二属性持ちだ! 特に炎魔法が得意であり、すでに卒業する資格は──」

「あー、存じ上げています。では、実技を始めてください」


 先生も適当になり始めているけれど、その気持ちはわからないでもない。

 でも、試験でここまでやらかしてくれている生徒は、そうそう居ない。こういう人種は大嫌いだが、見ているのは面白い。


「見ているがいい、平民!」


 私にビシッと指を向けてくるダルメイド。

 驚くほど興味ないからさっさと始めてほしいと、強く思った。


「我が魔力を糧とし、炎の(省略)爆炎よ(省略)──我が槍が貫かん──炎槍フレイムランス!」


 詠唱なっげぇ。


 こんなのを戦場で悠長にやったら、何回殺されるだろう。

 流石は侯爵家の箱入り息子。その程度のこともわからないなんて、この先が不安だ。


 絶対に一緒に仕事をしたくない奴、第一位として認めていいだろう。


 なんだっけ、アルガン家?

 その家系との仕事は断るよう、ラインハルトに伝えておこうか。

 国王には報告だ。こんな馬鹿が試験で我が物顔をしているのは、かなり問題なことだ。しかも正体を知らなかったからといって、この国の英雄を愚弄したのだ。それなりの代償は払うことになるだろう。


 ……まぁ、これ以上私に何かしたらの話だ。


「どうだ見たか! これが僕の力だ!」


 あ、見てなかった。


 的を見ると、真ん中がぽっかりと空いていた。

 破壊力はあるようだ。炎槍フレイムランスなのだから、当然の結果……いや、よく考えると足りないな。


 本来炎槍フレイムランスとは、軍人が使うような殺傷能力の高い危険な魔法だ。

 それは相手が何だろうと圧倒的な熱量で溶かし、貫く破壊力を誇っている。


 あの先生が作った的は、受験生徒用に作られた脆いものだった。

 真ん中を空ける程度の威力? これが本当の炎槍フレイムランスなら、穴を開けるだけでは終わらなかったはずだ。全て熱量で溶かし、的は原型を保てているはずがない。


 原因は無駄に長い詠唱だ。

 それのせいで魔力が上手く収束せず、本来の破壊力を再現できていないのだ。


 彼のような年齢で炎槍フレイムランスを撃てるのは凄いのだろう。彼があのように傲慢になるのも理解できる。しかし、性格に問題がありすぎだ。


「まぁ、凄いんじゃないの?」

「平民が、ダルメイド様に口を開くな!」


 従者の一人が吠えた。


 どうしろと?

 私はわからなくなった。


「この僕の魔法を見せてあげたんだ。感謝するのは当たり前だろう!」

「あーー、凄いわね。ありがとう?」

「貴様ふざけているのか!」


 私の腰掛ける椅子が、他の従者によって蹴り飛ばされた。

 飛び退いたので私に被害はなかったが、椅子は大破してしまった。驚きの脚力だが、遅いし殺気が出過ぎだ。まるで「気づいてください」と言っているようなものだった。


「試験中に騒ぎを起こして良いのかしら?」

「僕は悪くない!」


 ……従者の問題は主人の問題でしょう。

 それを理解していないくせに一丁前に従者に囲まれて……救い用が無いとはこのことだ。


「お前こそ、僕に逆らって良いと思っているのかい?」

「いえ、逆らった覚えはないけれど?」

「口答えするな!」


 だから、どうしろと?


 今度は私の番だ。

 先生方に「どうにかしてくれ」と視線を送る。

 彼らはすぐに動いてくれた。


「はい、ダルメイド君の実力はよくわかりました。従者の皆さんの実力も把握しているので、実技試験は合格とします。次は面接になるのですが、あなた方の実力は十分に把握しているので、免除とします。よって入学試験は合格です。お疲れ様でした」

「ふんっ! 当然の結果だな。行くぞ!」

「「「はいっ!」」」


 馬鹿四人は肩で風を切りながら、堂々と試験会場を出て行った。


「……何なのあいつら」


 私はその後ろ姿を眺め、呆れたように呟いた。


「不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」

「……いや、別に良いわ。それより早く試験を始めてくれる?」


 その後、私は難なく実技試験を突破した。


 的に攻撃を当てるだけだ。

 変なトラブルがあったせいで、後ろも詰まっている。これ以上迷惑を掛けないように一瞬で終わらせた。


 残るは面接だ。

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