第2話 姉妹の再会

 翌日、私は『王立トルバラード学園』の校門前に来ていた。


 まだ入学試験中というのもあり、そこは人で溢れかえっている。

 中には親を連れている子もいたけれど、ほとんどが入学試験を受けに来た若者だった。


 ──そわそわ。


「まだか……」


 私は壁に背を付け、もたれ掛かるように立っていた。


 エルフという種族は森に籠っているのもあって、かなり珍しい。百年くらい英雄として各地を渡っていても、他のエルフ族はほとんど見かけなかった、

 そのため若者やその学園の生徒、教師は何度もこちらをチラチラと見てくる。


 しかし、私はそんな視線をどうとも思っていなかった。


 ──うずうず。


 首を右に左に。

 ……望む姿は見当たらず、俯き、溜め息を一つ。


「お姉ちゃん!」


 その声にバッ! と顔を上げる。


 こちらに手を振りながら、満面の笑みで駆け寄るエルフの少女。

 腰まで伸びたサラサラの金髪は、日の光に当たって輝いている。それは彼女の笑顔と相まって、見ているこちらも明るい気分にさせてくれる。


 私が今か今かと待ちわびたその少女は、私の一番大切な妹──ミオだ。


「ミオ!」

「ふぇ……? お、お姉ちゃん!?」


 私はミオに駆け寄り、抱きしめた。

 両者の距離を切り取り、一瞬で移動する『空間魔法』を使ったため、普通の人からしたら私が掻き消えたように見えたことだろう。

 ミオもそうだったらしく、急に抱きつかれたことに驚いていた。しかし、すぐに私を両手で抱き返してくれた。


「すぅーーーー、はぁぁぁぁ……」


 ああ、百年ぶりのミオの匂い。

 めっっっちゃくちゃ癒される。一生このまま抱きしめていたい。周囲の目なんて関係ない。私は、私の欲求を満たせればそれで…………。


「お、お姉ちゃん……恥ずかしいよぉ……」


 恥ずかしがっている妹も最高……!

 なにこの子。会っていないこの百年の間にどんだけ可愛くなってるのよ。これ以上はお姉ちゃんの心臓が保たないわよ。あーーーー、やばい。死にそう。私英雄なのに、英雄なのに妹に殺されそう。ああ、でも……それもまた、ありがたし…………。


「お姉ちゃん……!」

「はっ! ……ご、ごめんなさいね。久しぶりに会えたから、気持ちが抑えられなくて……」


 これ以上やったら妹に嫌われてしまう。

 それだけは避けなければいけないと、すぐにミオから離れた。


「改めて……久しぶりね、ミオ。ずっと会いたかったわ」

「私もだよ、お姉ちゃん。久しぶり」


 私もだよ。


 わたしもだよ。


 わ・た・し・も・だ・よ。


 ──くぅ!

 相思相愛か……!

 もう相思相愛でいいわよね!?


「お姉ちゃん?」

「……ああ、なんでもないわ」

「そう? ……それにしても、お姉ちゃん昔と凄く変わったね」

「そうかしら? ……そうかもしれないわね」


 昔はミオと同じくらいの髪の長さだった。でも、今は肩に掛かるかどうかの短さにしている。それは戦闘中に邪魔だという単純な理由だけれど、それのせいで印象がだいぶ変わったのは違いない。

 雰囲気も、何も知らない頃の純真無垢な私ではない。

 英雄としての威厳を保つため、厳しめの目付きも覚えた。


 昔は自分の姿に慣れなかったけれど、今となっては流石に慣れた。


「昔の方が良かったかしら?」

「昔のままだったら懐かしいと思って嬉しかったかもしれないけれど、今の方がカッコいいよ」

「──っ! んん!」


 危うく昇天するところだった。


「なら、良かった。もしかしたら私だと気付かれないかと心配だったのよ」

「そんなことないよ……! お姉ちゃんがどんなに変わっても、絶対すぐに見つける自信あるもん!」


 妹よ。やめてくれ。

 これ以上お姉ちゃんの体力を削るのはやめてくれ。尊すぎて死んでしまう。


「ふふっ、ありがとう……そう言ってもらえると嬉しいわ」


 だが私は英雄。平常心を保つのは得意だ。


 相変わらず最高に可愛い妹に微笑む。


「ほら、そろそろ午後の受付が始まる時間だし、受付に行きましょうか。要件を早く済ませて、姉妹水入らずで話しましょう?」

「うん! ……あ、お姉ちゃん!」

「ん、どうしたの?」

「あ、あの……あの、ね……?」


 呼びかけられたので振り向くと、ミオが顔を赤くさせてもじもじと俯いていた。


「どうしたの? どこか具合でも悪い?」

「ち、違うの……あのね? 私は、どうかな……?」

「どうって?」

「私は、昔と比べて、どうかな? 可愛くなれているかな?」

「──こふっ(吐血)」


 ビターーーーン!

 と私はその場に倒れた。


「お姉ちゃん!? 大丈夫!」

「だ、大丈夫……ごめんね。最近よく眠れていなくて、立ちくらみしちゃったわ」

「本当に大丈夫? 辛いなら私なんかより自分の心配してね? お姉ちゃんが苦しんでいるのは、嫌だよ……」

「ぐはぁ……!」

「お姉ちゃん!?」


 涙目でこちらを心配する妹の破壊力といったら、もう……やばい。とにかくやばい(語彙力)


「大丈夫。大丈夫だから……」

「大丈夫って……本当に心配だよ。試験は明日までやっているみたいだし、今日は休もう? お姉ちゃんのお家どこ?」

「いや、本当に大丈夫だから……」

「そう……? でも、本当に無理だけはしないでね?」

「ええ、大丈夫。今癒されたわ」

「…………? どういうこと?」

「もう治ったということよ」


 今後こそ気持ちを切り替え、私はミオの手を取った。


「可愛いわよ」

「え……?」

「ミオは、今も昔も可愛いわ。私の自慢の妹よ」

「うんっ! ありがとう!」

「こちらこそありがとう」

「ん?」

「いえ、なんでもないわ」


 入学試験の受付は校門を通った少し先にある。

 試験はその日に学園で受けられるというわけではない。その手続きをするには履歴書等の書類が必要で、ミオはすでにそれを提出していたらしい。


 ……ということは、結構前から妹はこの学園に入ることを決めていたのだろう。


 どうしてすぐに教えてくれなかったのか。

 そのことをミオに聞いたら「お姉ちゃんを驚かせたかったから……」と照れ笑いした。


 はぁーーーー私の妹可愛い! ……となったのは言うまでもない。


「受付はここでいいかしら?」


 受付をしているのは、この学園の生徒だった。胸のバッジは三年生の紋章が彫られている。

 ここの制服は見覚えがあるので、おそらく手伝いだろう。


「あ、はい! 入学試験の受付ですか? お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「えっと、ミオです」

「ミオさん…………あ、あった。はい、お待ちしておりました! まずは入学金を頂けますか?」

「あら、先払いなのね」


 それは予想外だった。

 普通は入学が確定してから入学金を払うものだと思っていたけど、この学園は他とは違う仕組みらしい。


「申し訳ないです。たまに冷やかしが来るので、その対策として先払いをお願いしています。試験に落ちた場合、入学金の半分だけ返却します」


 ……なるほど。

 この学園は本当に有名で、試験を受けたという事実だけでも十分役に立つ。

 この学園を受けられるだけの資金と、実力があるということにもなるかららしい。……と、前にラインハルトが言っていた気がする。

 ただ、試験に落ちたのだから後者は自慢にならないだろう。そう思った私だったけど、どうやら『試験を受けた』ということだけが重要らしい。


 人間の自慢はよくわからない。試験に落ちたのにどうして自慢ができるのだろう。


 正直にそう言った私に、ラインハルトは同意するように笑っていた。


「わかったわ。金貨10枚だったわね?」

「ええ、お二人なので20金貨頂きます」

「え、お姉ちゃんは違……」

「はい20枚ちょうどね」


 私は収納袋から金貨20枚を取り出し、受付の生徒に渡した。


「お姉ちゃんも入学するの?」

「そうよ。私も、学生気分というのを味わってみたいと思ってね。ミオが入るならと入学手続きをしたの」

「でも、手紙が届いたのは昨日でしょ? そんなに早く終わるの?」

「……それは……ちょっと、ね」


 ミオから手紙を受け取った時のことだ。

 あの後、急用だと国王を呼び出し、事情を話して強引に入学手続きをさせた。

 最初は国王だけではなく、秘書であるラインハルトまでもが私の提案を渋っていたけれど、ちょっとした『大人のおはなし』をしたら、二人とも喜んで協力してくれた。


 本当に国中の誰もが手に負えない事態に陥った時、私は英雄として依頼を受ける。

 それが私と、この国との契約だ。

 最近は、どうせ暇だからという理由で各地に引っ張りだこだったけれど、これから学生の身となるため、少しだけ自由が効く。

 その間、妹といちゃいちゃ──こほんっ。スキンシップを取ることが可能というわけだ。


「って、自分のお金は払うよ!」


 そう言ってポーチから金貨10枚を取り出すが、私はそれを押し戻した。


「良いの。金貨10枚程度なら私が負担してあげるわ。そのお金はミオのお小遣いにして」

「でも……」

「これくらいはお姉ちゃんらしくさせて。……それに、学生だろうとお金は使うでしょう? ここら辺は裕福層ってのもあって、物価はかなり高いわよ。どうせ今日来たばかりなんでしょう? まだアルバイトも決めていないだろうし、今は大事にとっておきなさい」


 一般人にとって金貨1枚は、相当高額なものだ。

 でも、裕福層の人達は違う。しかも馬鹿みたいに高級な店ばかりが並んでいるので、ここら辺で生活しようとすれば、わずか半月で金貨10枚は消え失せるだろう。

 ちなみに平民が普通に生活すれば、一ヶ月金貨1枚だけで十分だ。


「ありがとう。お姉ちゃんっ」


 こうして妹に感謝してもらえるのだから、お金を払ってあげたかいがあるというものだ。


 できることなら一生養ってあげたい。

 しかし、妹は優しくて良い子だ。ずっと私の厄介になることを嫌がるだろう。


「あ、お姉さんのお名前を聞くのを忘れていました」

「ああ、ごめんなさい。私はミア・ヴィストよ」

「ミアさんですね。ミア・ヴィスト……あれ、どこかで聞いたことがあるような……どこかで会ったことってありましたっけ?」

「気のせいじゃない? あなたと直接会ったのは、これが初めてよ」

「そう、ですよね……すいません。変なことを聞いて」

「いえ、別に気にしてないわよ」


 私の名前は、あまり出回っていない。

 『英雄』という名称は国民の全員が知っているだろうけど、私が国王にお願いして出回らせないようにしていた。


 手続きの書類にも、私が英雄ということは伏せるように言っておいた。

 ここの生徒に英雄だとバレると、色々と面倒だ。それは国王も理解しているらしく、そこはちゃんと了承してくれた。


 それだけ徹底して情報を隠していても、有名なだけ個人情報というのは出回ってしまうものだ。

 この生徒も、どこかで私の名前を聞いたのだろう。


「では、こちらが試験を受ける証になります」


 受付の生徒がそう言って見せてきたのは、宝石が埋め込まれたペンダントだ。

 宝石には文字が刻まれている。どうやらこれが、試験番号らしい。


「かなり貴重な物なので失くさないようにしてください。たまに奪われる可能性もあるのでお気をつけて」

「わかったわ。ありがと」


 ペンダントと、学校案内のパンフレットを二人分受け取る。


 私は受付に礼を言い、その場を離れた。


 試験の始まる時間は一時間後。

 それまでゆっくりと時間を潰そう。

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