第7話 初恋

water(s)のメンバーは新学期も始まり、放課後や土日の時間の許す限り、バンドの練習をしていた。

今は和也が学校の演奏研修旅行中の為、奏は一人で練習室へ向かうが、今日は綾子と約束をしていた。久しぶりに二人で遊んでから帰るのだ。

「奏、アイス食べていこうよー」

「うん!」

二人は高校から近場の公園のベンチに腰掛けながら、ソフトクリームを食べている。

「美味しいねー。そういえば綾ちゃん、話って?」

「うん。あのね、この間の文化祭で彼氏が出来たの」

「おめでとう! えっ、それって前に言ってた……」

「うん、佐藤だよ」

奏は綾子の報告を自分の事のように喜んでいる。

「よかったね」

「うん。奏は、そう言う話ないの?」

「えっ?! 私? 私はーー……」

それ以上続く言葉が彼女には出てこなかった。

ーーこんな時に和也の顔が…浮かぶなんて……。

奏は自覚のなかった想いを、まさに自覚しようとしていたのだ。

「……すきな人なら、いるかも……」

「かも?」

「今、綾ちゃんに言われて気づいたかも……」

研修旅行中の和也に数日会えないだけで……。

淋しいと感じていたのは……すきだったからなんだ。

「それってミヤ先輩?」

「うん……。綾ちゃん、よく分かったね」

「それは、あれだけ仲が良ければ分かるよー。ミヤ先輩に憧れてる子、クラスにも結構いるし」

「そうなんだ……」

はたから見れば奏と和也の関係はカップルのようで、綾子にも付き合っているように見えていた。

「付き合ってないの?」

「うん。ここだけの話だけどバンド仲間だから、それはないかな……」

「バンド仲間かぁー。でも、仲良く感じるよ?」

「ありがとう……」

奏は綾子の言葉に笑って応えていたが、切なくも感じていた。

和也にはえない。

やっとwater(s)に馴染んできた所なのに……。

私から、この関係を壊す事は出来ない。

奏はいつもの顔に戻ると、綾子とウィンドーショッピングをしながら、彼女の話を楽しそうに聞いているのだった。




練習室では和也が一人でギターを弾いていた。奏はクラスの用事がある為、遅れて行くと彼の携帯電話に連絡があったのだ。

「久々に会えるのに…まだかな……」

和也は思わず本音を口にしていたが、研修旅行の疲れもあったのだろう。

ギターを置くと、椅子に腰掛けたまま眠りについていた。


奏が練習室の扉を開けると、椅子にもたれ掛かりながら、和也は瞳を閉じている。

寝てる……。

疲れてるのかな?

明日は会社に行くらしいけど、大丈夫かな?

奏は和也の顔を覗き込むように見つめていた。

ーー私……和也がすきだ。

この人のつくる音が……。

きっと出逢った日から惹かれてた。

「ーーすき……」

思わずあふれ出した言葉が口から出ていたが、彼から反応はない。彼女は、ほっと胸を撫で下ろしていた。


彼は夢を見ていたのだろう。寝ぼけていながらも、

頭を撫でられている感覚と、顔の近くに感じるさらさらの長い髪から香るシャンプーの花の香りに、手を伸ばしていた。

急に抱き寄せられた奏は、彼の膝の上に倒れ込んでいた。彼女が立ち上がろうにも、強く腰を引き寄せられていて動けない。

「……和也?」

彼はそのまま彼女に触れていた。細い腰に触れる手と膝に乗る感覚で目が覚めたのかは分からないが、告げていた。

「すきだ……」

奏は頬を真っ赤に染めながら、その場から動けずにいると、和也が目を覚ました。

自分の状況に慌てながらも和也は、奏の頬に触れていた。今度は寝ぼける事なく視線を合わせ、告げている。

「俺は…奏がすきだ……」

彼の頬もまた彼女程ではないが、赤く染まっている。奏は小さく頷くと、真っ直ぐに彼を見つめていた。

「私…和也がすき……」

「奏……」

彼女の言葉に彼は、そのまま強く抱きしめていた。まるで離さないように、夢ではないと実感するかのように、奏の頬に触れると、そのまま二人の唇が重なっていた。


二人は程なくすると奏で始めた。和也のギターに合わせるように、奏のピアノに、歌声が響く。

想いが通じ合った喜びからか、二人が放つ音色は甘い香りが残るような色っぽい音色だった。

その日の帰り道、二人は初めて手を繋いで歩いていた。いつものように奏は最寄駅で和也に手を振り別れると、今の気持ちを携帯電話に残していた。

こんな時にも音やフレーズが浮かんでくる。

和也を想うだけで…音が溢れてくる……。

すき……。

彼女が書き上げる事になったのは、今の想いのままの可愛らしい恋の歌だった。

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