第8話 かぶのけん

 脅迫文を受け取って待ち合わせ場所にいってみると、日和がいた。彼女は二刀の剣を握りしめ、険しい顔つきで雨に語り掛ける。


「これは未来の道具。通称、株の剣」


 株の剣とは所有者の知識量を具現化したもの。自己啓発、金融リテラシー、株などで強さを測れる。スカウター型の刃物。


 日和は雨に片一方を渡し、勝負を挑んでくる。


「僕は殺し合いなんてしたくない」


「大丈夫、株の剣は人間を傷つけるようにできていない。情報を交換する舞台装置よ」


「舞台装置? 未来の言葉で話されてもちんぷんかんぷんだ」


「説明するよりも実践するほうが早いわね」


 と言うと、日和は前進して雨を水平に真っ二つに切り裂いた。


 痛くもかゆくもない、けれども何か大切なものがごっそりと抜け落ちていく感覚を味わう。


「株の剣は切りあうごとに相手の知識を奪っていくの。未来では禁止装備。でもね、使い方によっては最強の情報交換ツールになるの」


 くいくい。日和が指を前後に動かし、雨の攻撃を誘う。


 一か八か。ダメ元で日和を切ってみた。瞬間、雨の脳内に日和の言葉が流れる。


『あなたは何でも手を出しすぎ。大切なのは集中と選択よ』


 ――!?


 雨の中に日和の言葉が流れる。目の前の彼女は無傷。もう一回、切ってみた。


『人間はやりたいことをやるよりもやらないことを決めるほうが効率がいいの。断捨離、ミニマリスト、隠居生活、言葉は多々あるけれど、どうしてもやりたくないことをやめればいいわ』


 雨は、金を稼ぐ手段としてブログに株に、バイトに、何でもかんでも手を出していた。久守機構から金融リテラシーを学び、ネットでせどりを学んで挑戦し、ヤフオクやメルカリを研究していた。副業を何でもかんでも手を出して一種のパニックになっていた。


『だから、まずはブログもアフィリエイトもバイトもせどりもストップして、株だけに集中しなさい』


「すごい。日和さんと会話できた」


「ええ、最初、雨くんを切った時に、副業の進行状況を確認させてもらった。だから私からアドバイスを送ったの」


 株の剣は、お互いの情報をシンプルに送りあう。


 二人はドラマや映画に登場する殺陣のシーンを演じた。


 切ったり、切られたり、お互いの脳内を共有する。


『戦略とは捨てること。やらないことを決めること。選択と集中よ』


 8:2の法則がある。


 副業の8割の収入は、約2割の仕事から得ている。


 だから、主な収入源の2割を見つけ出し、そこに時間と労力を集中するのだ。


『小説投稿サイトに小説を書くとき。気を付けることはあれもこれも手を出さないこと』


 雨は副業でカクヨムでインセンティブを得ようと頑張っていた。しかし、あれもこれも粗悪乱造しすぎてファンの目を困らせた。読者はどれを読んでいいのか分からず混乱した。


『小説家になろうに、7つ同時進行で小説をあげるひとがいる。でもそんなのは一部の天才。普通の人はまずは一本集中。二本目を書くときもその他の作品を完結させてからエッセイやブログを書いたほうがいいわよ』


 株の剣の切りあいはお互いの秘密を暴露した。雨がカクヨムで収入を得ようと頑張っていることを筒抜けにした。しかし、同時進行で小説を投稿するのは、選択と集中に違反していることから、雨は読者数を増やす作品を二作に絞った。


『株も同じ。研究し、保有する株は、両手、もしくは片手に数えられるくらいまで。バフェットが明言しているのよ』

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