夜明けの装填

及川 輝新

第1話:夜明けの装填

 街灯の少ない住宅街を抜けると、寂れた公園があった。鉄棒もジャングルジムもない、ただの開けた空間だ。


 夜な夜な街を徘徊して、もう一か月になる。


 ズボンのゆったりとしたポケットに手を突っ込む。拳銃の歪でごつい感触が、僕を不快な気分にさせた。


 ある日、自室の机の引き出しを開けると、筆記用具のごとくこの拳銃が置いてあった。これまでの人生で実物を目にしたことはなかったが、直感的に本物であることを悟った。


 誰が入れたのかは知らないが、きっと意味があるはずだと思った。


 僕は討つべき悪を探し求め、ひと月の間、夜闇を彷徨っていた。時間帯を深夜に限定したのは、夜中の方がこいつを向けるべき相手が見つかるのではないかと考えたからだ。


 例えばそう、近ごろ世間を騒がせている連続殺人犯とか。既に三人が亡くなっている。


 犯人は高校生だという報道もある。私服に着替えることもなく堂々と、学校指定のブレザーをまとったまま、真夜中に人を殺めているという。


 シリンダーを開き、残弾を確認する。この作業も何回目だろう。


 弾倉に込められた弾は一発。これを外せば返り討ちに遭うだろうか。いや、日本で拳銃を持った相手に遭遇したら、逃げるか命乞いをするかの二択だ。拳銃はいわば、死の象徴と言えよう。


 ふと、男の呻き声が聞こえた。何事かと暗い公園へと足を踏み入れる。


 よくよく考えれば危険な行動だ。深夜の公園で人が苦しみに声を上げる理由など、十中八九決まっている。


 茂みの奥を覗き、「やっぱりか」と心の中で納得した。


 倒れているのは、薄汚い格好のおじさんだった。白髪交じりの頭皮には、赤い液体が点在している。


 傍らで、手ごろな大きさの石を握りしめているのは、おじさんと比べて年齢が干支三周ぶんは下回っていそうな少年だった。


 その出で立ちに、僕は目を見開く。


 暗闇に紛れてわかりにくいが、服装は紛れもなく学校のブレザーだった。僕は巷で噂の連続殺人犯を思い浮かべる。


「あ? なんだよ、テメエ」


 手のひら大の石を持ったまま、少年は振り向いた。反対の手には安物っぽい財布が握られている。


 僕は一瞬だけ目を閉じて、様々な単語を思い浮かべる。殺人、捜査、逮捕、報道、裁判、懲役、死刑。聞きなれた言葉だが、いずれも現実離れしているように思えた。


 ズボンのポケットに手を伸ばし、中身を相手に向ける。


 少年は、はじめは訝しむ様子だったが、それが本物の拳銃だと理解すると「ひっ」と甲高い悲鳴を上げた。


 僕はすかさず撃鉄を起こす。布団叩きで勢いよく叩いたような音が公園に響いた。


 少年はその場で仰向けに倒れた。近寄ると、胸元からはどくどくと、赤い命の液が流出している。


「……これで、よかったのかな」


 ホームレスらしきおじさんの手首を押さえ、脈を測る。とくとくと、弱弱しくはあるが確かに動いていた。今は気を失っているだけのようだ。


 長居は無用だ。ホームレス襲撃の嫌疑までかけられたらたまったものじゃない。僕はそそくさと公園を後にした。


 帰宅し、使用済みの拳銃を机の引き出しにしまう。風呂に入ってからベッドに潜ると、条件反射のようにすぐさま眠りに落ちた。



 翌朝、寝癖を整えながらダイニングキッチンの椅子に腰を下ろし、朝刊を手に取る。


『A市で銃殺事件 四人目の犠牲者か』


「またこの辺で殺人事件だって。かわいそう」


 母さんの安っぽい悲哀を無視して、ご飯とみそ汁、目玉焼きをかっ込んだ。


 部屋に戻り、着替えながら制服の袖や襟を確かめる。返り血はついていないようだ。


 この作業も何回目だろう。机の引き出しから拳銃を取り出し、シリンダーの残弾を確かめる。


 残り一発。


 まただ。


 今回の相手も、違ったらしい。


 銃口を自分のこめかみに押し付ける。このまま引き金を引けば、今度こそ残数はゼロになるだろうか。あるいはこの先、真に向けるべき相手が見つかるだろうか。


「……なんてね」


 拳銃を机に戻し、通学用のカバンを肩にかける。答えを探し求め、今夜も僕は夜闇を彷徨うだろう。



 夜はまだ、明けない。


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