第6話 隠し金山を奪い取れ!

 真夜中になった。

 マリアンヌたちはいったん、入り江に停泊していたインフィニティ号およびキャンプ地に帰還し、セレウコスたちと合流した。隠し金山から逃げてきた男の証言に基づいて、金山を奪い取る作戦会議を開いた。

「お嬢、敵は十数人程度なんだろ。正面からぶつかったって楽勝だぜぇ。俺様ひとりで突撃しても十分だぜ」

 プトレマイオスはそう言って息巻いた。確かに、プトレマイオスの剛勇なら、十数人程度の番兵などものの数ではない。

「金山だけならそれでいいかもしれないけど、もう一つ、砦があるだろ。もしここから援軍が送られたら、オレたちは挟み撃ちに遭う可能性があるな」

 ジュリアスが腕組みしてうなった。

 マリアンヌと仲間たちは、カッサンドロスが描いた略図を取り囲んで、それとにらめっこしながら作戦を考えている。マリアンヌたちが、山奥の金山に向かっている途上で、砦から出てきた賊兵たちに後方から襲われる可能性がある。金山の番兵に砦の賊兵が合流すれば、数の上では五分。地の利および包囲される形になることを考えると、マリアンヌたちのほうが不利な状況に立たされる。

「金山を占領し、そのあと、砦も攻略しなければならないでしょう。さもないと、金山を首尾良く手にしたとしても、船に戻れず山中に孤立することになりかねません」

 セレウコスはあごをなでながら、考えられる難点を指摘した。

「そうね、少なくとも二回は戦闘をしなきゃいけないんだ。そうなると、金山を占領する作戦で、味方に被害を出したくないわね」

 マリアンヌは仲間たちの顔を見渡した。顔を上げたジュリアスと目があった。

「提督。ここは夜の闇に紛れて金山に近づくよりないぜ」

「夜襲?」

 彼女は聞き返した。

「いや……襲撃は明け方だ。空が白む頃が一番見張りが油断する。その時に攻撃を開始できるように、夜中のうちに金山に近づいておくのがベストだぜ」

「そうじゃの。敵に勘付かれないうちに行動するのが一番じゃろうのう」

 カッサンドロスはジュリアスの作戦に賛成した。

「でも、真夜中に山の中を移動するのは危険じゃないかな」

 アッシャーが懸念した。彼の意見にジュリアスはうなずいた。

「それはそうだな。敵に察知されねぇように移動するには、明かりも最小限に抑えなきゃいけねえだろうし。その状態で山をうろつくのはあぶねえ」

「山をうろつく必要はあるまい。道路がついておるはずじゃろう」

 カッサンドロスは略図を指さし、砦と金山の間を指先でなぞった。

「金山から掘りだした金を海岸に運び、金山に人足や食料を運ぶのに使っている道路があるはずじゃ。長年掘っている鉱山ならなおさらの。のう?」

 彼は鉱山から逃げてきた男の顔を見た。男はやつれた顔を上げ、そしてうなずいた。

「ああ。俺たちはこの島に連れてこられて、鉱山のある山まで行かされたとき、狭いけどちゃんとした道を通った。荷車が通れるくらいの道がついてる。海岸近くに行けばその道路があることを知っていたから、俺は逃げるとき、そっちに近づかなかった」

「その道がどんな風につながっているか覚えてる?」

 マリアンヌが男に訊くと、男は時々首を傾げて思い出しながら、略地図にペンで道路を書き込んだ。それによると、道は砦を起点にして、砂浜の縁を沿うように走り、入り江にそそぎ込んでいる川を渡り、砦のある入り江の東側(砦のある位置と、入り江を挟んだ反対側)にある森の中を縫って、尾根伝いに鉱山に至っている。

「この海岸線を歩くときが危険かもな。砦から一目瞭然だ。オレたちも偵察行の時に海岸の近くに行って、砦の姿を確認した。敵に見つかるとやばいから、海岸を避けて森の中を進んだんだ」

「でも、道が悪いからあまり勧められないんだよね。ボクなんか何度も転んじゃうし、枝に髪の毛は引っかかるし」

 アッシャーが難色を示した。

「まどろっこしいことを考えねえで、この道路をまっすぐ突破すりゃいいじゃねえかぁ」

「考えなしなのはおまえだけだ」

 簡単に言ったプトレマイオスにセレウコスが吐き捨てると、プトレマイオスは不満顔をセレウコスに向けた。

「なんだと、てめえ! 道路を突破すりゃ早ええって言って何がいけねえ! 間違ってねえだろうが」

「話をちゃんと聞いていたか。奇襲作戦は途中で敵に見つかったら成り立たん。そう話しているところでなぜあえて敵の目の前を堂々と通る作戦を言うのか、理解できん」

「はいはいはいはい。作戦会議中に言い争わないの」

 マリアンヌが二人の間を仲裁した。

「じゃが、プットの意見も一理あるの。慎重に通れば、海岸沿いの道路を、敵に見つからずに突破できるかもしれん。……闇に紛れるため、ぼろな袋でかまわん、黒い布をかぶって進むとよいじゃろう」

 カッサンドロスがそう言ったので、プトレマイオスは得意そうな顔をセレウコスに向けた。

「慎重に進むためには、斥候を出したほうがいいだろうね」

 アッシャーが発言した。

「そうね。細かく偵察して、安全を確かめてから進めばいいわ。斥候は見張りの仕事ね。アッシャーがやってくれる?」

「うん。わかった」

「それと……」

 彼女はいったん仲間たちを見渡した。

「あたしとしては、働かされている人たちを傷つけたくないの。もしかしたら、戦いの最中に誤って傷つけてしまうかもしれない。それはないようにしたいわ」

「下手をすると、鉱夫を人質に取られるかもしれねえな」

 ジュリアスが無精ひげの生えたあごをじょりじょりなでた。

「いいかい」

 助けられた男が彼女に語りかけた。

「番兵の詰め所と、俺たち労働者が押し込められていた小屋は別の囲いになっているんだ。坑道の入り口は番兵のいる囲いのほうにある。労働者の区画は崖に囲まれていて、逃げることのできない場所だから、番兵は自分たちの区画から見張っているだけで、ここの区画の中に入ってこない」

「じゃあ、番兵だけ倒すことは可能ね。金鉱の囲いの見取り図を描いてくれる?」

 彼女が頼むと、男は差し出された紙にペンで見取り図を書いた。

 男の描いた地図によると、山腹にへばりついているような形に鉱山の囲いがあり、それは三つに別れている。一番手前に見張りの賊兵たちのいる区画。それに続く大きな区画には、製錬作業所や倉庫などが並び、この区画の中に坑道の入り口がある。その区画から狭い通路を通って、崖と深い谷に囲まれた区画にあるのが労働者たちの居住区。

「道路の終点に門があって、門のすぐそばの隅に、門をにらむ形で見張り櫓が建っているんだ。たいてい、二人の見張りがそこに立って見張っている」

「囲いの高さはどれくらいあるの?」

「10フィートくらいかな。壁じゃなくて柵になっている。角材の大きな杭が1フィート間隔で並んでいて、それに横板が打ち付けられている」

 砦ほどに堅牢な囲みではないが、それでも高さ10フィート(約3メートル)の柵に囲まれている鉱山を襲撃するのは簡単ではなさそうだ。一同はそろって思案顔になった。

「囲いがそれなりにあって、見張りも当然いるとなると、門の造りも頑丈と見ていいな。そう簡単に突破できると考えねえほうがいい」

「なに言ってやがるジュリアス。俺様の馬鹿力で楽に突破してやるぜぇ」

 プトレマイオスが拳で自分の胸をどんと叩いた。

「いや。それはもちろん考えているけどよ。オレが気にしているのは、夜の間とはいえうまく近づけるかどうかさ。見張りの目の前で門を突破することは出来ねえだろ。きっと飛び道具くらいは持っているだろうからな」

「見張りを狙撃することはできるよ。でも、二人いるんでしょ。二人を同時に倒すことは難しいかも……」

 自称天才スナイパーのアッシャーも頭をひねった。

 ジュリアスは男に尋ねた。

「この金鉱にはほかに出入り口はねえのか? 裏手から回り込んで侵入する手段が欲しい」

「あるにはある。この、坑道のある囲いに小さな入り口がある。がけ下の沢にある水くみ場に行く細い山道があるんだが、ここの入り口には見張りがいないが、かんぬきがかかっていて、出入りするときでないと開かない。それに、沢に下る道は七曲がりの急坂になっている。この囲いも急斜面沿いに建っているから、回り込むにも足場を確保しにくいと思うが」

 男は答えた。

「門を確保できるように、見張りを先に倒すためだ。4,5人の人数でいい。見張りのいないところからよじ登って中に侵入する。門を確保できなきゃ金鉱の攻略は難しくなる。少々危険でもやらなきゃいけねえだろう。提督、オレにやらせてくれ」

「できる? 危険な作戦よ?」

 マリアンヌが訊くと、鋭い目をしていたジュリアスは、口元をかすかにゆるめた。

「だからこそオレが適任だろ。任せてくれ」

「ボクも裏手側に行くよ。スナイパーがいたほうがいいでしょ」

 アッシャーが手を挙げた。

「じゃあ、裏手にまわるのはジュリアスとアッシャーを含めて五人ね。危険だから、腕の立つ乗組員を一緒に連れていってね」

「わかった。オレたちの組が見張りを倒したら合図を送る。提督たちの本隊は門を突破して侵入してきてくれ」

 作戦の段取りが固まったところで、セレウコスが口を開き、男に質問した。

「訊ねるが、労働者居住区を囲んでいる崖はどのくらいの高さがあるのだ?」

「ああ、10ヤードから15ヤードくらいだ。ネズミ返しになっていてよじ登ることができない。その上は林で、でかい松の木が枝を伸ばしているのだが」

「賊兵の詰めている区画と、坑道の区画の上はどうなっている」

「やっぱり崖になっているが、高さはもう少し低い。その上は林で、見たところなだらかそうだった」

 セレウコスは数回うなずき、マリアンヌのほうを見た。

「お嬢ちゃん。自分は労働者居住区のほうに回り込んで、先にそちらを確保しようと思います」

「それは無理だ。居住区は片方は崖、片方は深い谷になっていて、坑道のほうから続く通路以外からは入れないんだ。その通路だって、崖端の細い道で、人ひとり通れるほどの幅しかない」

 男が否定的に言った。

「山越えして、崖のほうから縄ばしごを使って労働者居住区に到達します」

「セル、どうしてその作戦をするの?」

 彼女は訊ねた。

「お嬢ちゃんは、強制的に鉱山を掘らされている労働者の解放を目的に考えていると見ました。襲撃で討ちもらした賊兵が居住区のほうに逃げ込む可能性があります。そうなれば労働者に被害が及ぶことになるでしょう。なので、自分は先にこちらに回り込み、逃げてきた賊兵を討ち取ると共に、居住区に無用な混乱が起こらないようにしようと思います」

 セレウコスの返答に彼女はうなずいた。

 セレウコスの指摘したとおり、彼女は強制労働させられている労働者を解放したいと思っている。それで、この隠し金山奪取作戦を命令したのだ。

「わかったわ。じゃあ、セルの組にも五人ほど乗組員をつけるわね」

「それだけいれば十分でしょう」

 作戦の要綱はこれで決まった。作戦会議を終えた彼女と仲間たちは、集まっていたテントから外に出た。どうやら空は曇っているようで、ほぼ満月であるはずの月明かりも星の明かりもない。

 彼女は仲間たちと、作戦準備を整えた乗組員たちを見渡した。留守番役の乗組員10人をキャンプに残し、35人の乗組員が兵士として作戦に参加することになっている。

「この島に海賊がいて、金鉱を掘っている。あのちょび髭総督も関わっているのは間違いないわ。このことを隠すために、あえて島のみんながこっちに来ないようにうわさを流したのよ。これをこのまま見逃すわけにはいかないわ。あたしたちで金山を奪って、働かされている人たちを解放して、そしてこの島に巣くっている海賊たちを討伐するのよ。みんな、勇気を出してあたしについてきて!」

「おおーっ!」

 参加する乗組員たちは鬨の声をあげた。

「出発する。慎重に進め」

 セレウコスが号令した。斥候であるアッシャーと三人の乗組員が先行して山道を登っていき、そのあとを、たいまつやランタンを掲げて、マリアンヌたちの部隊が夜の山道を進んでいった。


 要所要所で斥候を派遣して偵察しつつ、距離約4マイル、道のり約7マイルをゆっくりと進んで、マリアンヌたちが金鉱のそばにたどり着いたのは、15日の午前4時頃だった。

 山道を登りきって、鉱山の門までには急な坂が待ちかまえている。そのあたりは木も藪も見あたらないので、身を隠して近づくことができない。最後の坂の下にある木立の陰に隠れて、マリアンヌたちは門の様子を、見上げるようにうかがった。

 男の言うとおり、鉱山の設備は高い柵に囲まれていて、見張り櫓に人影が見える。見張り櫓にはかがり火が焚かれていて、こうこうとあたりを照らしているが、見張りの顔の様子は一目ではよくわからない。

 アッシャーたち斥候隊が、斜面にへばりつくようにして慎重に近づき、鉱山周辺の様子を探っている。それが終わるまで、マリアンヌたちは木立の中で待機することにした。

「夜通し歩いたんだ、眠いんじゃねえか」

 木陰に隠れてしゃがんでいたマリアンヌに、ジュリアスが訊いた。徹夜での行軍は彼女にとって初めてのことで、疲れていて当然だ。が、彼女は首を振った。

「それがね、全然眠くないの。なんだか、身体のふるえが止まらないし」

 ジュリアスは彼女の目を見た。彼女の目はおびえてなどいない。意志の強いりんとした瞳だった。互いに敵同士として戦ったとき、ジュリアスに向けて見せた瞳と同じだった。

 それを見て、ジュリアスは満足そうに笑みを見せた。

「提督、そいつは武者震いだ」

「これが……」

「身体の芯から沸き立ってくる感情が身体を震わせる。一種の緊張だけどな、そいつは戦いの時に勇気と力を与えてくれる」

 彼は彼女の頭に手を置いた。

「オレは提督に一流の武将の資質があると見ている。提督は統率力と勇敢さを兼ね備えているからな。提督が恐れを見せずに先頭に立って戦えば、荒くれの男たちも勇敢に戦うようになる」

「うん。ありがとう」

「おいおい、何も礼を言われることなんて言ってないぜ?」

「ううん。そう言われたの初めてだから。あたしもなんか、勇気がわいてきた。……この戦い、絶対に勝つわ」

「そうこなくちゃよ」

 マリアンヌはいったん目を閉じ、ひとつ息をついた。そして、目を開ける。少女の瞳から、恐れなく勇敢に戦う、ひとりの戦士の瞳に変化していた。

 しばらく待つと、アッシャーたちが偵察を終えて戻ってきた。

「どうだった?」

「見張りはいるけど、あまりまじめに見張ってないみたいだったよ。だけど、安心はできないね。斜面に生えている藪の中だけど、なんとか通れそうな道を見つけたから、そこを進んで裏手にまわることができそうだよ」

 闇に紛れるために黒装束姿になっているアッシャーが報告した。

「がけの上から裏手にまわる道はどうだ」

 セレウコスが訊ねた。

「そこも探ってみたけど、この木立を抜けて、崖端沿いに進むのが一番早道だと思う。見張りは門の外や山から見下ろす方角は見張っているけど、山の上の方角はほとんど注意してない様子なんだ。そりゃそうだよね。こっちからなにか来るなんて考えられないもの」

「そうか、わかった。お嬢ちゃん、今から自分たちは出発します」

「うん。気をつけてね」

 彼女はセレウコスの手を握りながら言った。彼だけでなく、彼と共に行動する乗組員たちの一人一人の手を握って「気をつけて」と言い、送り出した。

「オレたちも出発するぜ。あとは段取り通りだ。それと、あのドラゴンを連れていきたいがいいか?」

「いいよ」

 マリアンヌは腕に抱きながら連れてきていたペットのミニドラゴン、ピクルスをジュリアスに渡した。ピクルスは悠長に眠りこけている。

 彼女は出発準備を整えたジュリアス、アッシャー、それに同行する三人の乗組員の手を一人一人握った。

「成功を祈ってるわ。死なないでね」

「おう、任せてくれ」

「うん。必ず成功させるよ」

 ジュリアスたちはアッシャーの案内で、裏手の入り口に至る通り道を進んでいった。

「お嬢、燃えてくるぜぇ。あいつらの働きが無駄にならねえように暴れまくってやろうぜぇ」

 プトレマイオスが、熱い鼻息を噴出しながら、気合い十分に言った。


 ほとんど崖っぷちのような斜面に、ロッククライミングのようにへばりついてゆっくりゆっくり進みながら裏手に回り込んだジュリアスとアッシャーの部隊は、坑道と製錬所の区画のそばにようやく到達した。もうじき空は白む頃で、時間の猶予はない。

「今のうちに中に乗りこまねえとな。塀をよじ登って中に入れ。それで、そこの門を開けろ。素早くな」

 ジュリアスは部下のひとりに命令した。命令を受けた男は、高さ10フィートの高い塀を、音を立てないように慎重に昇り、中に乗り込んだ。そして、水くみ場への入り口である裏門のかんぬきを開けた。ジュリアスたちはそこから中に侵入した。

 この裏門も、見張り櫓の視界の届く角度にある。彼らは侵入すると、侵入がばれないように、裏門にもう一度かんぬきをかけた。それから、見張りの死角に隠れるように、建物の陰に身を潜めた。

「おい、なんか物音がしなかったか?」

 見張り櫓に立っていた番兵がそう言ったのがかすかに聞こえた。

「いや……なにも変わりねえな。キツネかなんかじゃねえか?」

「そうか……しっかし、退屈だなあ」

 番兵はあくび混じりに会話していた。

「どうやら、侵入に気付かれていないようだね」

「ああ、ここまでは上々だ。あとは、どうやってあそこにいる見張りを倒すかだが……倒すことはたやすいが、問題は気付かれないようにどうやって奴らに近づくかだ。気付かれる前に殺らねえと、ほかの賊兵どもを呼ばれるとやっかいだ」

「そうだね……二人の見張りをほぼ同時に倒す必要もあるし……」

 アッシャーとジュリアスはひそひそ声で相談した。

「もう少し近づこうぜ。ここは番兵の区画より一段下がっている。境目あたりに近づいても奴らの死角に入る」

 見張りの様子をうかがい、彼らのほうに注意が向いていないようすがわかると、彼らは坑道の区画と見張りの区画の境にまで近づいた。区画の境界には低い柵があり、見張りの区画は坑道の区画から4フィートほどせり上がった地形になっている。このふたつの区画は土の階段を通って行き来するようになっている。彼らはせり上がった土の塁壁の陰にしゃがみ込むようにして身を潜めた。

「ねえ、ジュリアス。ボクがひとりを狙撃して、ジュリアスがひとりを始末する。これを同時にする方法がないかな」

「もちろんそれを考えなきゃなるめえ。ここから狙撃は可能だろ?」

「うん……ここから見張り台まではだいたい40ヤードくらい……可能だよ」

「ひとりをこちらにおびき寄せて、オレが近づいてきた野郎をたたっ斬ればいいんだが」

「思いついたんだけど……」

 アッシャーはジュリアスの肩につかまっているピクルスを見ながら言った。ピクルスは寝ぼけたような、やる気のなさそうな目をしている。

「デコイを使ったらどうかな」

「デコイ……おとりを使っておびき寄せるというのかよ」

「そう。ピクルスをデコイにして敵をおびき寄せるんだ」

 ジュリアスは半信半疑の表情になった。

「そううまくいくのか?」

「ピクルスは珍しい動物だから興味を引くんじゃないかと思うんだ。この中のだれかがおとりになるよりは効果があると思うよ。やってみなきゃわからないけどさ」

 そう話しているうちに、東の空が明るさを帯びだしてきた。そろそろ作戦開始時刻だ。

「よし、じゃあおまえの策で行こう。おい、うまくやれよ」

 ジュリアスはピクルスを見張りの区画に送り出した。ピクルスはぴょこぴょこ飛び跳ねながら、一声鳴いた。

「ごろにぁあーごぉー」

「なんだ? 猫にしちゃわざとらしすぎるぞ?」

 見張りは鳴き声のした方向に目をやった。そこには、ドラゴンを縮小したような、見たことのない動物がぴょこぴょこ歩いている。

「なんだありゃ? 珍しい動物だな。きっと、捕まえたら高く売れるぜ」

「そうだな。よし、俺が捕まえてやろう」

 見張りのひとりがピクルスを捕まえようと、手を広げて近づいてきた。ピクルスはぴょこぴょこと跳ねながら、うまく敵を引きつけて、坑道の区画に下りる階段に向かって移動している。

「ははっ、慎重にいけよ……うぐっ!」

 見張り櫓に居残っていた番兵が突然倒れた。突然飛んできた矢が、番兵ののどを一撃で貫いたのだ。番兵は仰向けに倒れ、見張り櫓から落下した。

「なんだ、どうした?……ぎゃ!」

 仲間の異変にあわてて振り向いた賊兵の背中に、素早く走り込んで近づいたジュリアスがサーベルの一撃を振り下ろした。さらに、深い傷を負った敵兵の胸をサーベルで刺し貫いてとどめを刺した。

「ここまでうまくいくとはな。よし、門を確保しろ。外にいる提督たちに合図を送れ」

 アッシャーと部下のひとりが門に走り、アッシャーは見張り櫓を確保した。部下のほうは門のかんぬきを解除した。

 ピクルスが見張り櫓の上に止まり、外に向けて「くっくどぅーどぅるどぅー」と、大声でニワトリの鳴き声を発した。これが合図だ。

 その鳴き声を聞いて、賊兵たちの詰めている建物から、数人の男たちが出てきた。

「ふん、待ちかねたぜ」

 建物から出てきた男たちは、抜き身のサーベルを掲げて立っているジュリアスを見て、ぎょっとした表情になった。

「きっ、貴様! 何者だ!」

「くせ者、もしくはワルモノだ。この金山とてめえらの命はオレたちがいただくぜ」

「ぬけぬけとよくも。そう易々と倒されると思うなよ!」

 賊兵たちは短刀や手斧を押っ取ると、ジュリアスたちに立ちはだかった。つられて、建物の中からぞろぞろと賊兵たちが、押っ取り刀で出てくる。数にして12人。今目の前にいるのは、ジュリアスと部下の乗組員二人。この状態だと、数の上ではジュリアス側が不利だ。海賊たちは彼らを取り囲むように散開した。

 その時、

「うおー、海賊どもめ! このプトレマイオス・ラゴス様がひとり残らずぶっ飛ばしてやるぜえ!」

 門扉を吹っ飛ばして、プトレマイオスがどでかい雄叫びをあげながら突入してきた。彼を先頭に、マリアンヌたちの本隊が囲いの中になだれ込んだ。

「くそっ、新手がいやがったか!」

 飛び込んできた本隊は20人あまり。数の優劣は逆転した。海賊たちは自分たちの不利を悟り、恐慌状態になった。

「目標は敵の全滅よ! みんな、かかれぇっ!」

 緑地に錨、金貨、サーベルが重ねた模様がデザインされた、ティシュリ航海者ギルドの旗を掲げたマリアンヌが指令を出すと、彼女に率いられた兵士たちは、金鉱の番兵たちに次々に襲いかかっていった。

 先頭に立つのはもちろんこの男、プトレマイオス・ラゴスだ。

「ふぬがぁ!」

 ごすっ!!

 大砲の至近弾のようなプトレマイオスの右拳が、敵兵のあごに命中し、首が270度回転した。

「うんがぁ!!」

 ぼぐっ!!

 プトレマイオスの破壊力抜群のパンチをみぞおちに食らった別の敵兵が、顔の七つの穴から噴血して倒れた。

 今回ばかりは、ぶっ飛ばす拳ではなく、文字通り敵を殴り殺す戦いをする。バーサーカーともうわさされるディカルト近海の破壊神、豪傑プットの本領発揮だった。

「くそっ、あいつは豪傑プットか!」

「豪傑プットだけじゃねえぜ。この百人斬りジュリアスに斬られて散りな」

「なにっ! まさか、貴様が……!!」

 敵兵のひとりが驚きの声と共にひるんだ表情になったとき、ジュリアスのサーベルがうなりをあげて振り下ろされ、その男を袈裟懸けに斬り捨てていた。

「こうなりゃやけだぁ!! おうりゃー!!」

「ふん。甘めぇ」

 顔が恐慌に引きつった敵兵が二人、同時にジュリアスに斬りかかった。ジュリアスは難なくその攻撃をかわすと、すれ違いざまにひとりののどを切り裂いた。その賊兵が血を吹き上げながら倒れたと同時に、残ったもうひとりの腹にサーベルを突き立てた。人斬りらしい無情な殺人剣だった。彼に倒された賊兵に、マリアンヌ側の戦闘員がとどめを刺していった。

「なっ、なんてこった。お、おまえらティシュリ航海者ギルドだろ? いったい何者なんだ! なんの関わりがあって俺たちに戦いを仕掛ける!?」

 圧倒的劣勢に立たされた海賊側の戦士が、マリアンヌに向かってわめいた。

「あたしはティシュリの航海少女マリアンヌ・シャルマーニュ。あんたたちがここで何をたくらんでるか知らないけど、ダナン島のみんなの未来のために、それを邪魔してるあんたたちを排除するわ」

 マリアンヌが高らかに名乗りを上げると、彼女に率いられた仲間たちや戦闘員の乗組員が、残った数人の敵兵を取り囲み、追いつめた。

「畜生め! ここは立て直しだ!」

 賊兵たちは柵と土塁を飛び越えて、隣接する坑道の区画に退却した。坑道の区画には、倉庫や製錬所などいくつかの建物がある。それらの建物の陰に隠れるようにして、賊兵たちは体勢を整えようとしていた。

「逃がすかぁ!」

 プトレマイオスが、柵を突き破って坑道の区画に突入した。彼に続いて、インフィニティ号側の戦闘員たちも、賊兵を掃討するために、区画になだれ込んだ。

 体勢を立て直したといっても、最初の奇襲攻撃で甚大な被害を受け、もはや五人しか残っていない賊兵側は圧倒的に不利だった。それに、奇襲を受けて浮き足立っている上に士気も萎えてしまっている。

 賊兵たちは小屋の陰から斬りかかっては隠れるなど、ゲリラ的な戦法でマリアンヌたちの部隊に攻撃をしてくるが、臨戦態勢で慎重に行動している彼らには、その攻撃がまったく効かなかった。逆に反撃して、相手を追いつめるようになっている。

「こざかしいわぁっっ!! うんがぁっ!!」

 斬りかかってきた賊兵に向かって、プトレマイオスが雄叫びと共に放った強烈な突き押しが見舞われた。賊兵は外壁の柵を突き破って、谷底へと消えた。

「おまえを殺れば逆転だ! 命を覚悟しやがれ!」

 作業小屋の陰に隠れていた賊兵が、マリアンヌの背後から斬りかかってきた。彼女はその一撃をかわし、続いて敵が繰り出してきた一撃を短刀で受け止めた。

「そんな攻撃にやられるほど、あたしは甘くないからね!」

 彼女は敵兵に反撃して、短刀を繰り出した。一回、二回、三回と、武器と武器が打ち合わされる。

「たあっ!」

 七回打ち合った直後、彼女は一歩踏み込んで、敵の右手首を短刀の峰で強打した。利き手に痛打を食らった敵は、手がしびれて、武器を取り落とした。彼女は短刀を賊兵に突きつけ、作業小屋の壁際に追いつめた。

 男は両手を頭の上にあげ、降参の意志を示した。

「くっ、くそっ。俺の負けだ」

「入り江にある砦のことを教えなさい。番兵は何人いるの?」

「い、今は20人だ。今は俺たちの大将が留守にしている。俺たちの連隊は、ここの番兵を含めて全員で170人だ」

「砦には何があるの? 言いなさい」

「食い物と武器の備蓄だ。あと、ここで掘りだした金があるが、大将の船団が売りさばきに行っているから、今は残っていないはずだ。入り江に敵が入ってこないように、入り江に面した見張り櫓の脇に8ポンドカルバリン砲が一門ある」

「あともう一つ訊ねるわ。最近、砦の中にだれかを閉じこめたはずよね?」

 彼女の質問に、賊兵は少し考えてから答えた。

「確か……街の近くで拉致した大柄な男と、船でこのあたりをうろついていた女を捕まえて、砦の土牢に閉じこめた。大将が帰ってくるまで、捕虜に手を出さないのが俺たちの習慣だから、今も監禁しているはずだ」

「やっぱり……。訊きたいことはもうないわ、行っていいわよ」

 彼女は武器を引き、賊兵に背を向けて離れた。賊兵は飾り帯の中に手を入れ、ダガーを手に取ると、彼女の背後から襲いかかった。

 油断していた彼女は不意をつかれ、とっさに反応できなかった。

「しまった!」

「提督、危ないっ!」

 賊兵がマリアンヌに向かって、体当たりざまにダガーを繰り出そうとした瞬間、見張りの区画に残っていたアッシャーが賊兵を撃った。彼の放った矢は、賊兵の背中に刺さって心臓を射抜いた。ほぼ同時に、マリアンヌのところに走り込んできたジュリアスが、サーベルで敵兵を逆袈裟に斬り捨てた。

「提督の優しさは取り柄だけどな、戦場で下手に優しさを出すと命取りになるぜ。覚えとけよ」

 倒された賊兵の胸にさらにサーベルを突き立て、ジュリアスがマリアンヌに言った。彼女は青ざめた顔を上げ、ひとつうなずいた。

 残り三人となった賊兵は、マリアンヌ側の戦闘員の熾烈な攻撃に持ちこたえられなくなり、いよいよ追いつめられた。

「こうなりゃ、死なばもろともだ。鉱夫どもの居住区に火をつけて巻き込んでやる」

 賊兵たちは坑道の区画から逃げ出し、崖端の狭い道を通って、隠し金山の一番奥の区画である労働者居住区に走った。

 一目散に崖端の道を駆け抜けようとしたとき、彼らの向かう先から堂々とした声が響いた。

「賊ども、ここは通さん」

 山越えで先回りしたセレウコスが、労働者居住区の入り口で待ちかまえていて、抜き身の長剣を手に両腕を広げ、彼らの侵入を阻んだ。彼に率いられてついてきた戦闘員のうち二人が、柵の上によじ登ってボウガンを構えている。

 こちらに待ちかまえている敵がいるなど思ってもみなかった賊兵たちは驚き、うろたえた。

「畜生。もうやけくそだぁ! うりゃー!」

 悲壮な叫びをあげて、賊兵たちは刀を振り回して突撃してきた。だが、その抵抗もむなしく、ひとりは矢を受けて倒れ、ひとりはセレウコスの部下に斬られ、もうひとりはセレウコスの剣に刺し貫かれ、討ち取られた。

「お嬢ちゃん、制圧は完了です」

 通路を歩いてきたマリアンヌに向かって、セレウコスが報告した。

「よし、作戦成功。みんな、よくやったわ」

 マリアンヌが味方に呼びかけると、仲間と乗組員たちは勝ちどきを上げた。

 彼女の指示で、乗組員たちは制圧した隠し金山から敵兵たちの遺体を片づけ、それを敷地外の山中に埋葬した。海賊とはいえ、その遺体を野ざらしにしておくわけにはいかない。鳥や獣の餌にされないように土の中に埋めることが、戦場での最低限の礼儀と言えるのだ。

 そのあと、乗組員たちは手分けして、賊兵たちの詰め所や倉庫などを探り、金目の物などめぼしい物をかき集めた。戦後処理という名のもとに戦利品をかき集めるのだが、言い換えると掠奪ということになる。

「おかしいな。金山のはずだが、ほら、倉庫の中に延べ板が数枚あるだけだ」

 坑道の区画にある倉庫を探っていたジュリアスが、純金の延べ板を片手につかんでマリアンヌに見せた。

「さっき、ここで掘りだした金は入り江の砦に保管しているって聞いたわ。だから、きっと砦のほうにたくさんあるのよ」

「そうか。それにしても、少なすぎる気がするな」

 彼女たちが話をしていると、セレウコスが先導して、鉱山労働者たちが居住区の区画から坑道の区画に連れてこられた。その数はおよそ70人。大きな物音と騒ぎ声、そして、武装した見知らぬ男たちの姿に、労働者たちはおびえた顔をしていた。

 坑道の区画に集合した労働者たちに向かって、一段せり上がった見張りの区画からマリアンヌが呼びかけた。

「あたしはインフィニティ号提督マリアンヌ・シャルマーニュよ。この金山はあたしたちが制圧したわ。あなた達をここに閉じこめてこき使っていた海賊たちはあたしたちが全滅させた。だから、みんな、ここから自由にしてあげるわ」

 労働者たちは一瞬、なんのことかわからない様子で沈黙していたが、解放されたことがわかると、喜びをあらわにして騒ぎ出した。

「やった、もうここともおさらばだ」

「もう、やたら石を掘り返す地獄の日々から解放されるんだ」

「もう、あいつらにおびえなくていいんだ。万歳!」

 喜びに沸き立つ労働者たちに、彼女はもう一度呼びかけた。

「もっとも、ここから抜け出すためには、入り江にある海賊の砦を攻略する必要があるわ。これからあたしたちは砦の攻略に行くけど、みんなに協力して欲しいの。あたしたちと一緒に戦ってくれないかしら」

 彼女がそう言うと、労働者たちは一様に気力のない、死んだ魚のような目になった。誰ひとり、果敢にも戦うと名乗り出る人間はいない。彼女は心外そうに首を傾げた。

「自分たちが自由になるために戦うのに、誰もそうしようとしないのかしら。あのね、難しいことを頼もうなんて思ってないのよ」

「嬢ちゃんや」

 彼女の後ろからカッサンドロスが声をかけた。

「これまで、ひどく酷使されてきた労働者じゃ。いくら呼びかけたとて、気力のなくなっておる者には馬耳東風じゃよ。その尻をひっぱたいたって動く力のないものは動きはせんじゃろう」

「じゃあ、ほうっておくの?」

「そうじゃないわい。押してだめなら引いてみなというじゃろう。そうさのう……ここはひとまず、たっぷりと飯を食わせてやってはどうかの?」

 彼の提案を受けて、マリアンヌは乗組員に食料庫からありったけの食料を持ってくるように命令した。そして、すぐに炊き出しの準備を開始した。

「みんな、これまでろくにご飯も食べさせてもらえずに、うんとこき使われてたって聞いたわ。さあ、ご飯を用意したからたくさん食べて」

 炊き出しの準備が終わると、彼女は労働者たちに呼びかけた。あり合わせのもので作ったスープや薫製肉、魚の干物などだが、温かい食事が、ありったけの食料を使っただけにふんだんにある。それらに付け加え、賊兵たちが保存していたラム酒を、みんなに少しずつ与えた。酔わせ過ぎると、このあとの砦攻略作戦が実行できなくなる。

 たっぷりの食事にありついただけで、労働者たちの目に輝きが戻ってきた。

 鉱山労働者だけでなく、マリアンヌや仲間たち、戦闘員として奮闘した乗組員たちも、食事で一時の休息に入った。

 この休息の間に、マリアンヌはいろいろと情報を聞きだした。

 まず、数日前に囚人船が入り江に入り、20名ほどの新たな労働者を連れてきていたこと。それらの囚人はランシェル郊外のアンヴィルロック監獄(軽量犯の刑務所)から送られ、ランシェル港から出航したという。だから、オデルでマリアンヌがつかんだ情報は正しかったのだ。

 もうひとつは、すでにこの金鉱は限界に来ていること。縦横に坑道が掘られて、来る日も来る日も石を掘り返すものの、最近はほとんど金が出てこなくなってるそうだ。古くから連れてこられて、なおも生き残っている労働者によると、金山は山脈の中に数カ所あったものの、みな掘り尽くしたことから閉鎖され、今はここしか残っていないのだという。もともとから、ここダナン島の鉱脈は脆弱だったのだろう。

「そっか……じゃあ、ここから金を掘って、それで島を豊かにするってことはできないのね」

 話を聞いた彼女は、あごのしたに人差し指を当てて、しばらく考えた。

「だったら、もうこの施設を残しておく必要はないわ。いっそ、派手に壊しちゃったほうがいいわね」

 食事を終えてリラックスした様子の一同に向かって、マリアンヌは呼びかけた。

「みんな、元気出たね? それじゃ、砦の攻略に向かうよ」

「おっしゃー。飯食ったら千人力だぜぇ、俺様に任せろぉ!」

 プトレマイオスが元気よく吼え声をあげて立ち上がった。食事で士気を改めて高めた乗組員たちも「おおーっ!」と叫び、拳を突き上げた。

「提督さん、俺も協力するぜ」

「戦いでも何でもやるぜ。何でも言ってくれ」

 食事を得たことでだいぶん元気付いたのか、労働者たちの間からも、協力するという者が続々と現れた。

「ありがとう。これできっと作戦は成功するわ。ねっ」

 彼女はカッサンドロスのほうを見て、片目をつぶった。カッサンドロスと、彼女のそばに近づいてきたジュリアスがうなずいて答えた。砦攻略のプランは、マリアンヌとこの二人、知恵袋のカッサンドロスと戦闘のプロであるジュリアスが中心になって考案したのだ。

 彼女は労働者たちを見渡して言った。

「この中で、足の速さに自信のある人はあたしについてきて。残った人たちは、合図があったら、派手に火をたいてちょうだい。もうここは壊してしまうわ。小屋という小屋にみんな火をつけて。柵も取り払ってたきぎにして、キャンプファイヤーみたいに大きなたき火をするのよ。砦から、こっちに火の手が上がったことがはっきりわかるほど盛大に燃やすのよ。じいさん、その段取りをしてね」

「わかったわい」

 彼は了承してうなずいた。

「さて、ほかのみんなは山を下りるわよ。配置を指示するわね」

 彼女の指示で、総員、砦攻略作戦の準備に取りかかった。


 その日の正午頃。マリアンヌは解放された労働者たちから集めた30人の男たちと共に、海岸近くの林の中に隠れていた。男たちには、短剣や斧、つるはし、あるいは棍棒代わりの木材などをあらかじめ配っている。とはいえ、彼らがそれで戦えるかどうかはわからない。強靱そうな賊兵たちに比べて、装備も力もあきらかに見劣りがする。

「準備はそろそろいいね。じゃ、ピクルス。やってちょうだい」

 彼女はピクルスを空に放った。上空に飛び立ったピクルスは、速いスピードで金鉱のほうに飛んでいき、目的地にたどり着くと「こけっこっこー」と鳴いた。これが合図だ。

 合図を受けて、金鉱からは大きな火の手が上がった。

 彼女が小型の望遠鏡で砦の様子をうかがうと、砦の門に設置された見張り台で、見張りの賊兵が大声でわめいていた。金鉱の異変に気付いた様子だ。見張り台に登ってくる人数がだんだん増えてくる。そして、騒がしくなにか言い合っている。

「よし。じゃあみんな、砦に向かうよ」

 マリアンヌが、ティシュリ航海者ギルドの旗を掲げて先頭に立ち、寄せ集めた部下たちを引き連れて、真っ正面から砦にむかって登っていった。すぐに砦の賊兵たちは彼女たちに気がつき、見張り台や、壁際にある足場に登って待ち受けた。

 砦のすぐ近くにまで到達したマリアンヌたちと、海賊団の賊兵たちは、砦の城壁を挟んで対面した。

「何者だ、おまえら! どこからやってきた」

 番兵のリーダー格と思われる、モヒカン頭と左目をアイパッチで隠した顔が特徴的な男が、見張り台の上から彼女に向かって怒鳴った。

「下品な人ねぇ。レディに向かってそんな口のきき方する? それに、人に向かって名前を尋ねるときは、自分が名乗るのが礼儀じゃない。そんなこともわからないわけ?」

 彼女はしらじらしい表情で、怒鳴った男に言い返した。彼女の後ろから、「やーい田舎者ー」「礼儀の初歩だぞーしらんのかー」「バーカ」などと、彼女の部下たちがいっせいにヤジや悪口をはやし立てた。

「黙れ黙れ! ぬけぬけとぬかしやがって。俺はこの砦の守将、トリニオ軍にその人ありと言われた、人呼んで『狂犬のチャッピー』様だ。おら、名乗ってやったぞ。これで文句あるか!」

「はいはい。よくできました」

 彼女がいたずらっぽい口調でそう答えると、狂犬のチャッピーと名乗った賊兵は怒りで顔を真っ赤にした。

「じゃあ名乗ってあげるわ。あたしはティシュリ航海者ギルド所属、インフィニティ号提督マリアンヌ・シャルマーニュよ。ここダナン島の人々のために、あんたたちの仲間を撃破して、金山をいただいてきたわ」

「なにい! なんだとぉ!」

 狂犬のチャッピーは、激怒と驚愕の混じった声で吼えた。

「じゃあ、金山から上がるあの炎は貴様らの仕業か!」

「そうよ。番兵もみんな弱っちいから簡単に蹴散らして、全滅させちゃったわ。金も何もかも洗いざらいいただいたからね。で、働かされていた人たちもあたしがみんな解放したわ。もうみんな、あなたたち海賊なんかには従わないわよ」

 彼女がしゃあしゃあと答えると、後ろから彼女の部下たちがいっせいに「そうだ! 俺たちは自由だ!」「もうおまえらごときにはこき使われないぞ」「バーカ」などと口々に叫び声をあげた。

「悔しかったら、力づくで奪いに来る? まあ、あんたなんか軽くひねって、けちょんけちょんに倒してあげるわ」

 彼女はそう言って、賊兵たちを挑発した。賊兵たちはそろって、顔を真っ赤にした。

「そうか。貴様ら死にたいようだな!」

「てめえら、殺して殺してぶっ殺してやる!」

「まあ待て野郎ども。やい、小娘。そんな安っぽい挑発に乗せられるような狂犬のチャッピー様じゃねえぞ。俺たちを甘く見るなよ!」

 頭から湯気をたて、顔に怒筋を5,6個作りながらも、守将の賊兵は彼女に言った。

「無理しなくていいのよ。ほんとは恐いんでしょ? 負けたら、あんたたちの大将とか言う人にどう言い訳したらいいか困るんでしょ? やーい、よわむしー。よわむしー。いくじなしー」

 彼女がかさにかかってさらに挑発し、賊兵たちに向かって舌を突き出して「べろべろべー」とやった。彼女の部下たちも、「強面のくせに情けないぞー」「弱虫毛虫、はさんで捨てろー」「カーバ」などと、口々に悪口やヤジを浴びせ、いっせいに大笑いした。

 そこに、合図の連絡を送っていたピクルスが戻ってきた。ついでに餌を食べていたらしく、腹がぱんぱんに膨れている。

「生魚をたらふく食べてきたのね。よし、行ってちょうだい」

 マリアンヌはピクルスを砦に向かって飛ばした。ピクルスは、門周辺にかたまっている賊兵たちに向かって、げふぅぅぅ~と大きな息を吐いた。生魚をたらふく食べたあとの息は、とてつもなく生臭い。おまけに、発酵したあとなので、半端じゃないほど生臭い。

 この臭い息は、いらいらや怒りを十倍くらいに高める。

「この野郎~! ただじゃすまさねえぞ! 全員たたっ殺してやるからそこで待っていやがれ! 門を開けろ! 全員出撃、奴らをひとり残らずたたっ斬れ!」

 怒り心頭に達した狂犬のチャッピーが、手下たちに命令を下した。砦の門が開き、両手に抜き身のフォールションを握った守将を戦闘に、賊兵たちが大挙して襲いかかってきた。

「挑発に乗ってきたわ。さあ、みんな。迎え撃つよ!」

 マリアンヌは短刀をもって身構え、部下たちに戦闘開始を呼びかけた。

 すると、

「やっぱりおっかねえよ、だめだあ~」

「奴ら怒ってるし、それにやっぱり強そうだよ。俺たちまだ死にたくねえよ」

「とてもかなわねぇよ。逃げるが勝ちだ!」

「逃げろ、逃げろぉ~」

 部下たちは武器をその場に放り投げると、一目散にもと来た道を引き返して逃げ出した。

「ええっ! ちょっと待ってよぉ。あたしひとりに戦わせる気?」

 置いてけぼりにされたマリアンヌは、逃げていく部下たちを振り返って叫んだが、部下たちはお構いなしに逃げていく。寄せ集めで戦闘未経験の男たちだけに、いざ戦闘と言うときに怖じ気づいてしまったのだろう。

 そうこうしているうちに、賊兵たちは孤立してしまったマリアンヌに向かって、大波のように押し寄せてくる。

「わあっ、ちょっとちょっと待って! ちょっと調子に乗ってただけなのよ、悪気はなかっのよぉ。許してぇ」

 その程度のわび入れで許すほど、海賊の戦闘員たちは甘くない。

「あーん、ひとりでかなうわけないじゃん! 退却、退却~!」

 彼女はべそかき顔になって、一目散に坂道を駆け下り、砂浜沿いの道を走って、鉱山への登り口である森に向かって逃げ出した。

「けっ、どっちが弱虫だ! ようし、野郎ども! ちょっと遊んでやれ。男どもはしらみつぶしに殺してやれ。あの小娘は生け捕りにして、たっぷり痛い目に遭わせてやろうぜ!」

 なにもしないうちに壊走したマリアンヌたちをあざ笑いながら、調子づいた賊兵たちは追撃を開始した。戦い慣れしている上、この島に巣くっているので土地にも慣れている。全速力で逃げていくマリアンヌたちの跡を追って、その間はどんどん狭くなっていく。

 足の速い賊兵のひとりが彼女に迫ってきて、刀を振り下ろした。

「きゃあっ!!」

 感でその攻撃に気付いた彼女は、紙一重でその一撃をかわし、刀を横にないだ賊兵の攻撃をしゃがんでよけた。そして、その時につかんだ砂を、賊兵の顔面に向かって投げつけ、すぐにダッシュで逃げ出した。

 砂浜沿いの道を走り抜け、入り江に注ぐ川にかかる丸木橋を、マリアンヌの部下の男たちが次々と渡って森へと消えていく。彼女も彼らの最後に丸木橋を駆け抜けたが、渡り終えたあたりで足を滑らせて転んでしまった。

「ぐわははは! 俺たちを怒らせたことを後悔させてやるわ! 死にさらせぇ……ぐぼぉぉっ!!」

 勝ち誇った笑いをあげながら、転んでいるマリアンヌを追って橋を渡ろうとした賊兵が、砂浜の方向に吹っ飛んだ。間髪を入れず、さらに三人ほどの賊兵が、放物線を描いて宙を舞い、砂浜のほうにぶっ飛ばされた。

「お嬢、転んでみせるのはやりすぎだぜぇ。海賊ども、このプトレマイオス・ラゴス様が相手になってやらあ! ふんぐわぁぁ!」

 橋の手前の木立に身を隠していたプトレマイオスが、賊兵たちの前に飛び出して、ひとまず数人を吹っ飛ばした。そして、彼らに向かって一吼えしてから、そばにあった木を力ずくで引っこ抜き、それを肩に担いだ。

「死にてぇ奴からかかってきやがれ。ひとり残らずぶっ飛ばしてやるぜぇ! うおおおおおおぉぉぉっっっ!」

 プトレマイオスは咆吼と共に、引っこ抜いた木を振り回して賊兵の集団に躍りかかっていった。さながら竜巻のような攻撃で、賊兵たちはたちまちのうちに殴られ、払われ、吹っ飛ばされた。

「き、貴様は豪傑プット! 待ち受けていたのか!」

 驚く狂犬のチャッピーの後方から、森に隠れていた男たちの一団が姿をあらわした。

「プットさん、オレたちにも獲物を残しておいてくれよ。さて、野郎ども、賊兵どもに容赦するなよ。突撃だ!」

 ジュリアスを先頭に、10人の乗組員が、武器を手にして賊兵たちに向かって斬り込んでいった。

「ジュリアスめ、俺様より先に突撃するんじゃねえ! 野郎ども、こっちも負けるな。海賊どもは残らずぶっ飛ばしてやれぇ! 怖じ気づいた奴は俺様がぶっ飛ばす! 行くぞぉ!」

 プトレマイオスの怒濤の攻撃に、あらかた吹っ飛ばされて隊列が崩壊した賊兵側に向かって、プトレマイオスに率いられた10人の乗組員が、橋のすぐそばの木立から次々に姿をあらわして斬りかかっていった。

「畜生め! 謀られたか!」

 狂犬のチャッピーは、自分たちがおびき出されたことに気がついて、ぎりぎりと歯ぎしりした。

 一方、森のただ中の道に走り込んだマリアンヌと部下たちは、ぜえぜえはあはあと荒い息をつきながら、ひとまず息を整えていた。

「はぁはぁはぁ……ああ、しんど……」

 ひざに手をついて前屈みになったかっこうで、彼女は苦しそうに息をついていた。運動神経抜群で、足の速さにも自信のある彼女だが、砦からこの森に至るまでの5ファーロング(約1キロ)を全力で走るのはやはりきつい。

「はい、提督」

 アッシャーがマリアンヌに水筒を差し出すと、彼女はごくごくごくと音を立てて水を飲んだ。

「ありがと、アッシャー」

「でも、うまくいったね。提督の作戦が。敵は完全に崩れてるよ」

「うん。やっぱりこういう手合いは、女の子にバカにされるのが一番腹が立つはずだと思ったのよ。好き放題言ってやったら、案の定追いかけてきたわ」

「作戦はうまくいったけど……セレウコスさんがこの作戦に反対した理由もわかるよ。危険すぎるもの。提督もあんまり無茶しないでよ」

「はぁい、わかったわ」

 彼女はちょっと舌を出してアッシャーに答えると、呼吸を落ち着けてから、橋のたもとまで引き返した。そこから戦闘の様子を見ると、プトレマイオス隊とジュリアス隊の挟み撃ちにあった賊兵は完全に浮き足立ち、みるみるやられていった。プトレマイオスに殴り飛ばされ、ジュリアスに斬られ、倒れた賊兵に乗組員たちがとどめの一撃を見舞う。戦場になっている砂浜周辺に、血の色がくっきり目立っていた。

 そんな中で、守将である狂犬のチャッピーは、フォールションの二刀流でジュリアスと渡り合っていた。腕の立つ戦士であるらしく、かつては海軍随一の剣豪と呼ばれた達人であるジュリアス相手に持ちこたえている。守将の奮闘に奮起して、倒されずに残っている賊兵たちも、マリアンヌ側の戦闘員相手に果敢に立ち会っている。

「あの人、なかなかしぶといね。あの人が守りの大将なのもうなずけるわ」

 狂犬のチャッピーの戦いぶりをみて、彼女は感心したように言った。

「感心してる場合じゃないよ。あの武将の奮闘が続いたら、こっちが不利になるかもしれないよ」

 ジュリアスが狂犬のチャッピーと斬り合いを演じているときに、ジュリアスの後方から賊兵が斬りかかってきたので、彼はひとまず敵将の腹に蹴りをくわえて突き飛ばし、後方から斬り込んできた賊兵を標的に変えた。

「今だ。あの武将を狙撃すればボクたちの勝ちだよ」

 アッシャーは素早く矢をつがえると、弓を引き絞り、起きあがった狂犬のチャッピーに向かって矢を放った。

「ぬぐっ!」

 アッシャーの放った矢は、守将の左肩に深々と突き刺さった。撃たれてよろけた彼が背中を向けたとき、アッシャーは素早く二発目の狙撃弾を撃った。その矢は標的の背中に命中し、狂犬のチャッピーは砂浜の上にうつぶせに倒れた。

「速射だから、急所に当てた自信はないんだけどな。とにかく、狙撃は成功だよ」

「やった、さすがアッシャーね。普段と違ってかっこいいわ」

「それは心外だな。ボクはいつだってかっこいいんだよ」

 守将が倒されて、賊兵たちは完全に恐慌状態に陥った。

「うわあ、頭が倒された!」

「ち、畜生。覚えてやがれ!」

 残っていた賊兵たちは、一目散に砦に向かって敗走した。

 それを確認すると、マリアンヌは森の中からもう一度前線に戻った。

「みんな、砦を攻め落とすまでもう一息よ! 全員、突撃!」

 彼女の命令に従って、全員が逃げていく賊兵の跡を追った。

 賊兵たちはなんとか追いつかれずに砦の入り口近くにまでたどり着いた。すると、彼らの目の前で、砦の門が閉じられてしまった。

 愕然とする賊兵たちの目の前で、見張り櫓の上に、スキンヘッドの黒人の巨漢が姿をあらわし、彼らを見下ろした。

「インフィニティ号船長セレウコス・ニカトールだ。留守中を襲ったのは恐縮だが、この砦は我々の部隊が占領した。もはや、覚悟を決めるがいい」

 マリアンヌたちの挑発でおびき出されて、賊兵が全員で逃げていく彼女たちを追っていたとき、森の中を行軍して先回りしていたセレウコスが、門の開け放たれた砦をやすやすと占領していたのだ。これも、作戦のうちだった。

 驚愕する賊兵たちに、セレウコス隊の戦闘員がいっせいにボウガンの射撃を見舞った。賊兵たちは残らず矢を受けて、その場に倒された。

 これで、賊兵は全滅した。

「よし、これで作戦は成功よ! みんな、よくやったわ!」

「うっしゃ~!! 野郎ども、勝ちどきを上げるぜぇ!」

 プトレマイオスのわれ鐘声が響いた。そして、マリアンヌと仲間たち、共に戦った乗組員や鉱山労働者の男たちは、いっせいに「えい、えい、おーっ」と鬨の声をあげた。

「さあ、スコットさんとドリスさんを助け出さなきゃ。セル、門を開けてちょうだい」

「承知」

 マリアンヌたちの目の前で、砦の門が開かれた。


 奪い取った砦は、小規模ではあるが、兵営や倉庫などの建物がいくつもあり、中も障壁が設けられていたりと、思った以上に複雑な造りになっていた。力攻めで砦を攻撃していたら、マリアンヌたちのほうも少なからぬ被害を受けていただろう。

 手分けして砦の中を探索していたとき、乗組員のひとりがマリアンヌたちのところに報告に来た。

「地下牢の場所らしいところを見つけましたぜ」

「ほんと? どこにあるの?」

「本陣の建物です。地下通路があるのを見つけました」

「案内して。アッシャー、プット、一緒にきてちょうだい」

 乗組員に案内されて、彼女たちは砦の一番奥、一段せり上がった区画にある大きな建物の中に入った。木造で二階建て、柱も壁の頑丈で、屋上は見張り櫓になっている。この砦の本陣だろう。

 本陣の内部に入ると、床の下に隠された地下通路の入り口に案内された。中からは湿った土のにおいが漂ってくる。この突き当たりに、地下牢らしき扉があると、乗組員は言った。

 彼女は乗組員にランタンを持たせて、下り坂になっている地下通路に乗り込んだ。

 20ヤードほど地下通路は続き、木製の扉に突き当たった。カシの木でできた頑丈な扉で、かぎがかかっている。ここが地下牢の扉に間違いない、と彼女は考えた。

「プット、おねがい」

「俺様に任せろぉ! ……どおりぁあ!」

 プトレマイオスは気合いを込めた右拳を扉にぶち込み、これを叩き割った。

「ドリスさん! 大丈夫ですか!」

 乗組員がランタンで中を照らすより早く、アッシャーが扉の向こう側に飛び込んでいった。そして、その先にいた人物に抱きついた。

「ああ、アッシャーさん。いきなりあなたに抱きつかれるとは思いませんでしたよ」

 ランタンに光で確認すると、アッシャーが飛び込んだ拍子に抱きついたのは、大柄なひげ面の男性だった。

「スコットさん。大丈夫ですか、けがはないですか」

「ええ、なんとか。拉致はされましたが、暴行を加えられてはいませんので」

 ランタンの明かりで表情を確認すると、地下牢に長時間閉じこめられていたおかげでやつれてはいるが、外傷も特にないようだった。

「ところで、ドリスさんは?」

「こっちよ、アッシャー君」

 獄房の奥まったところから女性の声がした。アッシャーは乗組員からもらい受けた予備のろうそくに火をつけ、声のしたほうを照らした。

「ドリスさん。よかった、無事だったんですね」

「ええ。ありがとう、助けにきてくれたのね」

 彼がろうそくの光を頼りに確認すると、土の壁により掛かるようにして腰を下ろしながら、ドリスが少々やつれた顔でほほえんでいた。

「スコットさん。ドリスさん。けがもないみたいでよかった。もう大丈夫よ。海賊たちは全滅させたし、すぐにここから出してあげるわ」

 地下牢に閉じこめられていながらも、どうやら二人とも無事である様子に、マリアンヌはほっとした。

「でも、スコットさんもドリスさんもどうして海賊につかまったの?」

 彼女の質問に、まずスコットが口を開いた。

「わたしは、灌漑水路を掘るために川の様子を見に行ったのですが、川の中に砂金が流れていることに気がついたんです。それで、上流に向かっていくと、どうやら砂金は山地から流れている様子で。沢づたいに少し山地に入っていったのですが、その時に、何年も前に放棄されただろう坑道をみつけ、そこから流れ出てくる水に金が混じっているのを見つけたのです。川に流れ込んでいた砂金はここが源だったんです」

「……そういえば、昔は山脈の中に数カ所、隠し金山が掘られていたとか、働かされていた人が言ってたわね」

「この島には鉱産資源がない、というのが公式発表で、この島で金などの採掘を行っている人たちは今も昔もいないはずです。なのに、金を掘ったあとがあるのはおかしいと思いまして、わたしは総督府に出向いて総督を問いただしたのです。総督は、そんなはずはないが、調査をすると答えました。そして、次の日に帰宅した途中、我が家の近くの木立の中で見知らぬ男たちに、いきなり頭から袋をかぶせられまして、海岸まで連れていかれ、船でここまで連れてこられたのですよ」

「じゃあ、やっぱり総督の差し金?」

 スコットはしばらく首を傾げていたが、

「そうとしか考えられないでしょうね。金鉱のことをわたしが知ったので、このままほうっておくわけには行かないと思ったのでしょう」

「畜生、やっぱりあのちょび髭野郎は悪人だったんだぜぇ。お嬢、今すぐ引き返して、あいつをぶん殴ってやろうじゃねぇか」

「そうね。自分の悪巧みがばれたものだから、スコットさんをこんな目に遭わせて、ミシェルさんに心細い思いをさせるなんて許せないわ。思いっきり、ぎゃふんといわせてやらなきゃ」

 プトレマイオスが鼻息荒く言い放った言葉に、マリアンヌも同調した。

「家内はどうしていますか」

「元気だけど、ひどく心配して、スコットさんのことを捜し回っていたわ。今は鍛冶屋さんのところにお世話になっているはずよ」

「そうですか。ミシェルには心配かけてしまって悪いことをしました」

「スコットさんが謝ることはないわ。悪いのは総督と海賊たちなんだから」

 マリアンヌはドリスのほうを向いた。

「ドリスさんはどうして海賊につかまったりしたの?」

「わたしは、この海域を調査したくて、船を探していたのよ。港で艀を借りようとして断られてしまったけど、翌日に海岸をエリュシオンと走ってたら、沖合に小型船が来るのが見えて、様子を見ていたら、ダイヤン港の隣の入り江に入っていったの。それで、その船を拝借してやろうと思って、翌朝、誰もいないところを見計らって、船を借りて乗りだしたわけ。もしもの事を考えて、スティンガーも持参したけど、今思えば使わなくて正解だったかしら」

「ドリスさん、それ泥棒だよ。無茶しすぎだよ」

 アッシャーがあきれたように、ため息混じりに言った。

「そうとも言うわね。で、続きだけど、わたしの思ったとおり、この海域は漁業に適した豊かな海だったわ。それで調査をしていたときに、山脈と半島から煙が上がっているのが見えて、ばれないようにするつもりで近づいてみたら、そこが海賊の拠点となっている入り江だったのよ。海賊の小舟に追いかけられて、なんとか逃げたけど、風で隣の入り江に押し流された上に海賊たちに追いつめられてしまって、その時はさすがにもうだめだと思ったわ。ハンターたちのサインを残して、海賊たちに投降したら、意外だったけど乱暴されずにここに連れてこられたわ」

「ドリスさん、笑い事じゃないですよ。無事だったからよかったけど、ほんとうなら命が危ないですよ。もうこんな真似はしないでください」

 アッシャーが珍しく怒った声をあげた。

「ふふっ。アッシャー君にしかられるなんてね。わかったわ、わたしもやり過ぎたと思ってる」

 ドリスは素直にアッシャーに頭を下げた。

「提督、ジュリアスさんが探しています。出てきてください」

 地下通路の入り口から、乗組員のひとりが彼女に呼びかけた。

「今行くわ。さあ、スコットさん、ドリスさん。ここから出るわよ。プット、スコットさんに背中を貸してあげて。アッシャーはドリスさんを背負うか抱き上げるかして連れてくるのよ」

 彼女の指示通り、プトレマイオスはスコットをおんぶして、地下通路を伝って外に連れ出した。

「ドリスさん、ボクたちも……」

 アッシャーがドリスを抱きかかえようとすると、ドリスは崩れるように彼の腕の中によりかかってきた。彼がその身体を抱き上げようとすると、彼女は震えていた。

「ずっと気を張ってたけど……アッシャー君が助けにきてくれたから、緊張が解けてしまったみたい…。ごめんね、アッシャー君」

 アッシャーの腕の中で、ドリスが謝った。彼が彼女の顔をのぞき込むと、彼女は涙を流していた。緊張の糸が解けたのか、泣いていたのだ。

「ドリスさん……無事でよかったよ」

「アッシャー君……」

 アッシャーはドリスを抱く腕に力を込めた。

「アッシャー、なにしてるの? 早くドリスさんをじいさんに診察してもらわなきゃ」

 地下通路にマリアンヌの呼びかける声が響いた。

「うん、わかった。今すぐ行くよ」

 アッシャーはそう返答したが、しばらくの間、震えているドリスの身体を腕に抱き続けていた。


 砦の内部の探索はほぼ完了し、宝物や現金、武器、食料など、めぼしい物はあらかた確保した。それらのうち、隠し金山から掘り出されたものと思われる金の延べ板を、ジュリアスはマリアンヌの目の前に置いた。

「砦の中をあらかた探ってみたが、金はこれくらいだったぜ」

 マリアンヌの目の前には、金の延べ板の入った、縦1フィート、横2フィート、高さ8インチ程度の宝箱が三箱、拳大の金塊が入った革袋が二袋置いてある。隠し金山を経営していた拠点にしては、収穫がこれだけというのは少ないかもしれない。

「もう寿命のきていた金山みたいだし、しかたないかもね。ほかにはどんな戦利品があったの?」

「金貨が6000ターバル分に札束が4000ターバル分。宝石なんかのお宝がちょろっとあって、交易品の類はいっさいなかった。あとは、8ポンドカルバリン砲だな。あれをもらっていこうぜ。弾薬ももちろんいただいてな」

「そうね。これで、あたしの船にも大砲の武装ができるわ」

 大砲は生産数が少ないため、なかなか自費で購入して装備するには高すぎる。こうやって、敵からの鹵獲でまかなえるときがあるなら、利用しない手はないのだ。

「お嬢ちゃん。こんなものを見つけました」

 本陣の中を探索していたセレウコスがマリアンヌのところにやってきた。彼は一通の書状を手に持っていた。彼女はその書状を開いてみた。

「これは総督が書いた手紙だわ」

 彼女はその手紙をその場で読んでみた。

「ダナン島総督ラエナス・アブシントスから、トリニオ軍提督血だるまトリニオことバド・ゴールドアングル殿へ……今期の金鉱よりの収入から折半し、金230ポンドを取り分として受け取られるように。くわえて、当方から“白金のキメラ”首脳部へ上申し、トリニオ軍への軍資金として2万ターバルを提供する案件、受諾を得たことを報告する……。これって、明らかにここに巣くっていた海賊と総督が結びついている証拠よね!」

「相違ありません。これを突きつければ、総督も進退窮まるでしょう」

 セレウコスがうなずいて肯定した。

「トリニオ軍か……あのチキンハートの瓶もこれで謎が解けるぜ」

 ジュリアスが腕を組んでうなった。

「どうしたの? トリニオ軍ってなに?」

「トリニオ軍は、ディカルトの南方諸島に勢力を張っている私設軍閥だが、中身は海賊だ。はじめは南方の点在する島々に拠点を持つ、木っ端海賊たちの集合体だったが、ジョゼフ・シャルマーニュ提督がラルグ海賊団を撃破して以来、その残党を吸収して勢力を伸ばしてきているらしい。だが、その中身については、連邦海軍も情報をつかみきれていないんだ。そうか、トリニオ軍が北方にまで勢力を伸ばしてきたのか……」

 彼はそう言って、無精ひげだらけのあごをぞりぞりなでた。

「じゃあ、この“白金のキメラ”ってのはなんなの?」

「いや……そいつは聞いたことがない」

 ジュリアスは首を振った。セレウコスも「自分も知りません」と首を横に振った。

「そう……でも、この手紙と、スコットさんやドリスさん、そして働かされていた労働者のみんなの証言があれば、総督をぎゃふんと言わせてやれるわ」

 彼女は意気揚々と、本陣の屋上に上がった。戦後処理の作業をそろそろ終える頃だった乗組員たちは、彼女の周囲に集合した。

「海賊たちは撃破したし、金山も砦も攻略して、取るべきものは全部いただいたわ。そして、総督が海賊とつるんで、隠し金山を経営していた証拠もつかんだ。これで、ダイヤンに戻って、あのちょび髭総督をやっつけてやれるし、島のみんなに新しい支援もできるわ。これもみんな、みんなのおかげよ。ありがとう、感謝するわ」

 彼女が全員にそう呼びかけると、乗組員たちは歓声と口笛と拍手で盛大に答えた。

「さあ、金山からも砦からもたくさん戦利品を手に入れたわ。みんなで手分けして、インフィニティ号に持って帰るわよ。じゃあ、出発!」

 彼女の号令で、乗組員、そして解放された労働者たちがみな、手分けをして、数多くの戦利品を運んで、山道を通って、インフィニティ号の停泊している海岸へと行進していった。

 もはやこの砦も無用ということで、砦には火がかけられた。彼女たちがインフィニティ号に到達する頃、砦の建物は業火と猛煙に包まれて焼け落ちていった。


 海岸にうつぶせて昏倒していた狂犬のチャッピーが意識を取り戻したとき、あの憎らしい小娘とその配下たちはすでに姿はなく、そして、自分が守将として守っていた砦は炎に積まれ、ほぼ全焼していた。

「おのれ……おのれ……この恨み、必ずはらしてくれよう。この手で、あの小娘の首を切り落としてくれるわ!」

 彼はうめくようにつぶやき、傷を受けた身体を引きずるように、よろよろと、砦とは入り江をはさんで反対方向の森に向かって歩いた。そこは、海賊たちが襲撃用の小舟を隠しておく、舟隠しの森なのだ。

「このままではすまさんぞ……覚えてろ、マリアンヌ・シャルマーニュ……!」


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