第8話 ヒントと視点

 北斗の記憶のこととか、司の北斗に対する態度とか、私生活においてもいろいろ考えなければいけないことはあるけれど、仕事の方も考えなければいけないことが山積みだった。

 いったい何をすれば観光客をこの島に呼ぶことができるのだろうか。

 とりあえずパソコンを開いて、片っ端から日本の離島の公式HPを見ていく。特産物や観光地をアピールしているものが多い。HPを見るだけで『この島に行ってみたい!』と思わせてくれる。でも、だからといってうちの島のHPが極端に悪いかと言えば……そんなことない気もするし。

 島に咲く椿を前面に出し、さらにいるかと触れあえることもアピールしたHPは、利島を知っている私からすると『そうそう、こんな島!』と、思わせてくれる。HPのトップに出る椿をボーッと眺めたままため息をつく。とりあえずジッとしていても仕方がない。私は席を立つと、近くにある会議室へと向かった。


「失礼しまーす」


 ドアを開けると、そこには北斗の姿があった。大貫さんからこの会議室を借りて、ご意見箱の中身を精査することになったと聞いていた。

 北斗は、小さな箱いっぱいに詰め込まれた紙を一枚一枚確認すると、いくつかの固まりに分けていた。


「何やってるの?」

「明莉か。急ぐものと急がないもの、俺一人でできるものと誰かの手を借りなければいけないものにわけてたんだ」


 一つ目の固まりの一番上にある紙には、雨漏りを直して欲しいと書いてあった。たしかに、これを一人でするのは大変そうだ。

 隣の席に座って作業を眺めていると、北斗は怪訝そうな表情で私を見た。


「で、明莉は何やってるんだ? サボり?」

「違うわよ! ……ご意見箱に寄せられた手紙の中に、ヒントがないかなと思って」

「ヒント?」


 私は課長から言われた半年以内に成果を上げないと、観光課が商工課に吸収されてしまうことを話した。話を聞き終えた北斗は、たくさんの紙の中から1枚を抜き出すと私に差し出した。


「たとえば、こういう?」


 そこには、フェリー乗り場の近くにある待合所のトイレのドアが壊れているから直して欲しいと書いてあった。それ以外にも北斗がピックアップしてくれたものには、観光客が島を利用する上で不便に思えるものがいくつかあった。

 私は思わず北斗の顔をまじまじと見てしまう。私の説明で、これだけ的確に必要なものを見つけ出してくれるなんて……。


「ありがとう! さっそく土木課に行って――」

「これは、俺の仕事だから俺が直すよ」

「直せるの?」

「多分」

「凄い!」


 でも、これを北斗がしてくれるとなると私はいったい何をすれば良いのだろう。振り出しに戻ってしまった私は、思わず「うーん」と唸ってしまう。

 来てくれた人に気持ちよく過ごしてもらえれば、きっとまたこの島に来たいと思ってもらえる。あわよくば、来たことのない人を連れてきてもらえれば……と、思ったのだけれど。

 そんな私に、北斗は呆れたように言う。


「確かにリピーターも大事だし、その人たちが新しく連れてきてくれるお客さんも大事だ。でも、それよりも大事なことがあるだろう」

「それよりも?」

「この島を知らない人に来てみたいって思わせる人を増やすんだよ」

「この島を知らない人に……?」


 どういう意味だろう。HPにはこの島の特色がたくさん載っていて、魅力が詰まっていると思うのだけれど……。

 スマホでHPを表示させながらそう伝えた私に、北斗は小さくため息をついた。


「それは、この島の人間だからそう思うんじゃないか?」

「え……?」

「このHPを見て、椿が綺麗な島だということはわかる。でも、別に椿が見たけりゃここまで来る必要なんてないだろ? 植物園に行くなりすればここに来なくても見られる。そう思わないか?」

「植物園……」


 都会には、そんなものがあるのかとハッとさせられた。確かにそんなところがあるのに、わざわざフェリーに乗って離島であるこの島まで来て椿を見る必要はないのかもしれない。

 思いもよらなかったことを言われ、ショックを受ける私に、北斗は「でもね」と言った。


「だからといって、この島じゃダメなわけじゃない」

「どういうこと……?」

「それは自分で考えなよ。明莉の仕事であって俺の仕事じゃないんだし」


 ひらひらと手を振ると、北斗はご意見箱の中身に向き直った。話はこれでおしまいという態度に何も言えず、私は会議室を出た。

 この島じゃなきゃいけない理由。この島じゃダメな理由。

 わかるような、わからないような。

 いったいどうやったらこの島の魅力を伝えることができるんだろう。この島に来てみたいと思わせることができるんだろう。

 とぼとぼと自分のデスクにもドルと、企画を練ろうと開いたパソコンの前で、唸ることしかできなかった。

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