第27話

 


 吸血鬼だった時のアクラリムは輝くような銀髪と血を垂らしたかの如き赤い瞳だったが、人間を語る現在の彼女は黒髪と赤銅色の瞳をしていた。

 あまり気にしていなかったが、髪の長さも腰の辺りまでに伸びている。

 黒いゴスロリ服だけはそのまんまだが。


「戻っていたのか。っていうかお前、何かおかしくないか?」


 アクラリムの危険性が無くなっていることをそれとなく問い掛ける。

 危険目視スキルのことは既に勘付かれているかもしれないが、一応曖昧にしておいた方が良いだろう。


「あはは……、ごめん、しくじっちゃった」


「しくじった?一体なにを?」


「うーんとね……」


 アクラリムは恥ずかしそうに頬を掻きながら話始める。


「十三使徒の連中から裏切り者認定されて殺し合ったんだけど、負けちゃって本体が封印されちゃった。代わりに6柱はぶっ殺せたけど」


 は?

 なに言ってるんだこいつ。


 残りの十二の使徒と一斉に殺し合ったってことか?

 しかもそれを半数まで減らしたと?


「それ、人類側にとっては良いこと尽くしじゃ……」


 いや、そうか。


「君はボクの本体を期日までに殺さなければならないのだけど、本体が封印されてしまった以上、君がボクの呪いを解くには残りの使徒をぶっ殺さなきゃならなくなった訳だ」


 俺が生き残る為には残りの6体の使徒を倒した上で、更にアクラリムを倒さなければならなくならなくなってしまったということか。

 他の人類が倒す可能性も有るには有るだろうけど、望みは薄い。


 だが、俺がこのまま犠牲になれば6体の使徒が残る代わりにアクラリムは封印されたままということか?


「あ、ちなみに使徒が1柱でも残ってると、そのうち世界滅ぶよ。使徒の最終目的はこの世界の生物を全滅させて経験値に変えることだからね」


「なっ……!?」


 世界が滅ぶ……?


「それはいつですか?」


 パニクる俺とは裏腹に、隣の吉良さんは努めて冷静に問いを投げる。


「うーん、そだね。13柱だった時は300日で世界崩壊を引き起こせる計算だったけど、6柱なら──660日位かな」


 おおよそ660日。



 ……いや待て。

 背中に悪寒が走る。


 偶然か?


 アクラリムに付けられた「邪薔薇の血呪」とかいう呪いの刻限はあと、663・・・日だ。



 いや、でも、まさか。

『俺を残りの使徒と戦わせる為』だけに封印されたとでもいうのか。


 あり得るのか?

 俺が残りの使徒を全滅させられなければずっと封印されたままなんだぞ?


 いくらなんでもデメリットの方が大きすぎるし、流石に誇大妄想か……。



「どしたのー?顔色わるいよ」


 屈託のない笑みを浮かべるアクラリムに内心恐怖しつつも、なるべく平静を装い口を開く。


「何でもない」


 今は危険性が完全にゼロとなっているアクラリム。

 こいつが何らかの嘘を言っている可能性もあるが、危険性が完全に無くなっている以上はアクラリムの本体が死んだか封印されたかしていることは事実だと思う。


 考え込む俺をよそに、吉良さんがアクラリムに対して質問を続ける。


「その世界崩壊というのは、具体的にどうやって引き起こすのですか?」


「『世界崩壊』は地球の急所や地脈に魔力のくさびの柱を打ち込んで地球をめちゃくちゃにする作戦だよ!地割れが起きたり火山とかが爆発しまくった後、最終的にこの星は文字通り『崩壊』するよ」


 かなりふわっとした説明だったが、何となく要領は得られた。

 要するに世界崩壊というものが起こってしまうと、地球がやばいということだろう。


「アクラリムさん、その地球の急所?というのはどこか分かりますか」


「きらりん、地図はあるかい?」


「世界地図で良いでしょうか」


 吉良さんが固有スキルを用いて世界地図を出現させると、アクラリムがいくつか地図を指し示した。


「魔神ヴォルフベインは空に浮いてるから別として、この場所とこことここ、あとここと……ここ!」


「アクラリムさんが指した位置が正確でしたら、アメリカのイエローストーン、イタリア南部のフレグレイ平野、日本の硫黄島、インドネシアのバリ島、ニカラグアのアポヤケ山……でしょうか?」


 なんでそんなに詳しいの。


 アメリカにイタリア、日本にインドネシアにニカラグア?

 バラバラだけど、どういう法則なんだろう。


「恐らく、活火山ないしはそれに類するものがある場所でしょうか」


「あくまで楔を打つ場所が変わっていなければの話だけどね。例えばだけど、ボクが殺した使徒が担当してた地域に移ったりするかもだし」


 アクラリムを裏切り認定した以上は当然場所を変える可能性もある、か。

 そうなると660日という期間は短いように思える。

 レベル上げをしながら世界中を歩き回って使徒を探し、その上で倒さねばならないのだから。


「というか、乗り物も使えなくなってるこの状況で世界中を探すのは難しくないか?」


「それなら心配いらないよ。ボクがこの体でテレポーテーションの魔法を使ったのは覚えているかい?」


 テレポーテーション。

 ゴブリンの群れの中に放り込まれた時のあれか。


「本体が封印された今でも使えるのか」


「魔力をたくさん消費するから、日に2回が限界だけどね。本体が無事だった時は魔力をバックアップしてたけど、今は自然回復頼りだからね」


「1日に2度、世界のどこにでも跳べるということで良いのか?」


「まあそんな感じ。あと機械類を使用不能にしていた魔法も、使用者をぶっ殺したから次第に復旧していくんじゃないかな」


 機械が使えなくなってたのはポールシフトの磁気の影響かと思い込んでいたが、こいつらの仕業だったのか。


「あれってお前ら使徒のせいだったのか」


「まあ、あの魔法は魔力の消耗がとんでもなく多いから、節約の為にすぐに滅ぼす予定だったユナイテッドなんとかっていう国だけは対象外にしてたんだけどね」


 アメリカだけは機械類が普通に使えてたのか?

 そういえば初日に映像端末でアメリカからの映像が見れたような覚えがあったな。


「日本国内でも使える機械を見たことがあるが……」


「とても頑丈に作られてて気密性が高いものだと魔法の効果を防げるのかも。この国に来るまでに空飛ぶおもちゃとも戦ったから、気密性が高い箱の中で保管されてた普通の機械とかも壊れてないかも」


 俺が使ったテレビの端末も「海の中でも使える」なんていうキャッチコピーが付いていたので、そういうことなのかもしれない。

 っていうか空飛ぶおもちゃって何だろう。

 無人ドローンとかに攻撃でもされたのか?


 俺がアクラリムの言ったことを噛み砕いて考えをまとめていると、吉良さんがおずおずと手を挙げる。


「えっと、もう一つ聞いておきたいんですが、アクラリムさん達は上からの命令でこの世界を侵略しに来たんですよね。そちらについても聞いて大丈夫ですか?」


「んー、十三使徒の奴らが独断でボクを裏切り者認定しただけで、ボク自身はまだ六合会を裏切ったつもりはないからその質問には答えられないかな」


 アクラリムは目を瞑って口を尖らせながらそう答えた。

 六合会?という連中が十三使徒の上司にあたる存在らしい。


「分かりました。ひとまずはレベルを上げるという方針になりそうですね」


「流石に今すぐだと逆立ちしても使徒には勝てないから、しばらくはそうなるね」


「……そうだな」



 話している内に日が完全に落ちてしまっている。

 今日はもうご飯を食べて休むことにしよう。

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