第19話

「ギィ……ッ!」


 血飛沫と共にゴブリンのくぐもった断末魔があがる。


 ほんの数分前、3体でまとまったゴブリンに奇襲を仕掛け、投石と潜伏奇襲で2体倒し、たった今残ったゴブリンにトドメを刺したところだ。


 最後に残ったゴブリンに仲間を呼ばれてしまったが、近くに仲間は居なかったようで落ち着いて対処することが出来た。



「『ステータス』」



 Lv.6

 名前:オノ ユウジ

 職業:隠者

 生命力:19/19

 精神力:14/14

 筋力:18

 魔力:7

 敏捷:24(-1)

 耐久:14(+38)

 抗魔:9

 ◯状態異常

 邪薔薇の血呪

 ◯魔法

 ハイドアンドシーク(5)

 ◯スキル

 順応性2.1 直感1.7 隠密2.0 不意打ち1.5 潜伏1.4 隠蔽工作0.9 槍術0.8 鈍器0.5 棒術0.4 短剣1.4 見切り0.8 格闘0.6 逃走0.7 疲労回復0.5 強襲0.6 音消し0.6

 ◯固有スキル

 危険目視

 英雄の資格0.5



 この午前中の間に倒したのは2体のグループが二回、3体のグループが二回で合計10体。


 それでもレベルがアップしたことから、単独のモンスターを10体倒すよりも集団のモンスターを計10体倒した方が獲得できる経験値の量が多いのかもしれない。



 そういえばステータスを眺めてて思ったのだが、最初にステータスを見た時の敏捷値は11、今現在は24だが防具などの重さで23。

 数値は2倍に近いが、実は2倍の速さで走れるという訳ではない。

 勿論、速くはなっているが。


 これは恐らく単純に速さの数値ではなく、2倍の速さに対応出来る身体能力ということなのだろうか。


 例えば、敏捷値が10の時は時速100キロのボールを避けられたとして、20になったら時速200キロのボールが避けられるようになる、みたいな。

 まあ、憶測に過ぎないが。


 それは置いておいて、ひと段落ついたことだし昼食にしてしまおう。



「よし、どこか適当な場所でお昼にしようか」


「了解です」


 時刻は丁度昼。

 どの建物が良いか、危険性を探りながら辺りを見回した。



 ん?


 ふと、違和感を覚えて前方の廃墟を見遣る。

 そこには物陰から泣きそうな表情で顔を覗かせる少女が一人。


 俺たちの姿を見るなり、顔を綻ばせ、表情がぱっと明るくなった。


「よ、良かったぁ……。まだ生きている人間がいた……」


 感慨深そうに言葉を噛み締めながら、その子がこちらへと歩いてくる。



 俺は、その少女に目を奪われていた。


 肩口にかかる長さのゆるふわの髪。

 すらりとした美しい曲線を描く身体。

 風ではためく衣服からちらりと覗く白く綺麗な肌。



 ───そして、この世の凶兆全てを詰め込んだかのような、ドス黒い不気味な危険領域……!



「凛!下がれ!」


「え、ですが、普通の……」


 ずかずかと気にせず接近してくる少女は三日月のような笑みを浮かべる。

 何だこいつは!?


 この深淵のようにドス黒い危険性はアクラリムに匹敵する。

 いや、まさか……


「こんな所で何してやがる、アクラリム……ッ」


 半分ハッタリの当てずっぽうだった。

 もし外れていても、アクラリムの名を出しておけば生存の可能性があわよくば上がるかもという淡い期待もある。


 どの道この危険性を持った怪物にここまで接近されては、逃げられない。

 対話に持ち込めなければ死ぬ。



「あは、良くボクだとわかったね!そだよ、清く正しい暴力装置、アクラリムちゃんだぜ〜!」


 濡れた鴉のように艶のある黒髪をふわりと揺らしながら、くるりと一回転した後にスカートの裾を摘んで持ち上げにこりと笑う。


 危険目視による予測はできなかった。

 この少女が建物から姿を現す直前、赤黒い危険性が突然何もないところから発生したのだ。


「何しに来やがった……!」


「まーまー落ち着いて。今日はお話しに来たの、薔薇の敗者ローズルーザーさん」


 アクラリムは両手のひらを目の前でぱたぱたと上下させ、落ち着くようにジェスチャーを行う。


 話しに……?

 こいつの言動は突飛すぎてついていけない。


 じり、と無意識に爪先がアクラリムとは逆の方向を向こうとする。

 こいつからは逃げられないだろうが、先日受けた痛みを体が覚えているのか反射的に腰を落として逃走するための姿勢を取ってしまう。


「いや、そもそもその姿はなんだ?」


 一昨日現れた時は銀髪赤目で黒い翼が生えたゴスロリ少女だったが、今のこいつはまるで人間だ。


「これはボクが人間だった頃の姿を再現した体だよ。新しくお肉をこねこねして作ったんだー。ボクの本当の体は別の場所で眠らせてるよ」


 こいつ、始祖と名乗っていたのに元は人間だったのか。

 そういえばこいつには「主様」と呼ぶ存在が居たな。

 そっちの方が大元の吸血鬼なのかもしれない。


 人間だった頃を再現してみたという今のアクラリムは、危険性を除けばどこからどう見てもスタイルの良い美少女にしか見えない。

 というか、吸血鬼の時より肉付きが良いように見える。


「あ、おっぱいは戦う時に邪魔だから、吸血鬼の時はいつもぺったんこにしてるんだよー」


 人間体だというアクラリムは、体は全体的に細身なのに腰回りや胸の辺りがとてもふくよかだ。


「……どこ見てるんですか?」


 後ろから吉良さんの冷たい視線を感じる。

 やばい。


「で、何しに来やがった。呪いの期日まであと664日あるだろ」


 吉良さんがちょっと怖いので、早く本題に入ってもらいたい。


「あー!こういう時って普通早くても一年後とかじゃないの?って思ってるでしょー!でも残念、ボクはせっかちさんなのだよ」


 早く本題を進めてくれ。


「ボクの大筋の目的は、君がボクとまともに戦えるくらい強くなってもらうことだよ。今日姿を見せたのはその方が最終的に君が強くなると思ったからさ」


「俺を強くする……?」


「そ。まずは君のトラウマを解消すること。君はボクにトラウマが出来てしまったみたいだからね」


 確かにこいつを見るとあの時の痛みを思い出して体がこわばってしまうが…。

 次いでアクラリムは指を2本立てて自らの口元に添える。


「二つ目は君がボクと戦えるようになるために必要な情報を教えてあげる。いまの君ではきちんと使える情報は少ないから、段階的にだけどね」


 段階的ということは、これからもちょくちょくやってくるのだろうか。

 そもそも情報を漏らすのは向こうの世界に対する裏切り行為とかになりそうだけど、良いのだろうか。


「三つ目は、んー……」


 アクラリムは少し悩む素振りを見せ、何と説明すべきか言い淀んでいるようだ。


「その前に確認しておきたいことがあるんだけど大丈夫かな?」


「まあ、答えて構わない範囲なら」


 力関係は圧倒的にこいつのが上である以上、断っても無駄だろうし仕方がない。

 答えられないなら拷問するね、とか平気で言ってきそうだし。


「モンスターが召喚される直前は何してたの?」


 意外と大したことない質問だった。

 特に危険性も見えないし、素直に答えて良いだろう。


「5分前はネット小説を読んでたな」


 はっきりと覚えている。

 埃っぽい自室でだらだらとスマホを弄っていた。


「じゃ10分前は?」


 10分、前?


「多分小説を……いや、どうだ?あれ?」



「5分前のことははっきり覚えているのに、10分前のことは分からないのかな?君の年齢は?なにをやっていた人?ご両親は?小さい頃の夢は何?君は、だれ?」


 俺、は……

 あれ……?



 答えられない。

 そこに在るべき答えが空白になっている。



「やっぱり、君は、普通の人間ではない」


 アクラリムは得心が行ったという風な表情でそんなことを言ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る