第18話

 標的にしていた最後のゴブリンを倒し終える。

 もう日付けが変わる時間帯だ。


「お疲れ様。遅くまでごめんね。今日はもう休もう」


「好きでやっていることですから。どこで休みますか?」


 危険目視スキルを使って危険性が無い場所を探す。

 この辺りで活動しているモンスターは先程倒したゴブリン位だったらしく、全体的に安全のようだ。


「この辺り一帯は安全みたい。あの民家を借りようか」


 適当に目に付いた民家を選び、中に誰も居ないことを確認してからお邪魔する。

 相変わらず電気は点かなかったので、吉良さんが収納していたアロマキャンドルに火を灯す。



 遅い晩飯を食べ終えて武器の手入れをしていると、おずおずと吉良さんが話し掛けてきた。


「あの、ちょっと体を拭きたいので近くに居て欲しいのですが、大丈夫ですか……?」


「えっと、どうして……?」


 突然の提案に、俺は思わず声が上ずってしまう。


「まだ一人になるのはちょっと怖いんです。あなたのスキルも危険性が無い人は探知できない可能性もありますし……」


「なるほど」


 恐らく、俺に対しては害意が無いけど吉良さんに対してだけ害意がある場合などを想定しているのだろう。

 多分その場合でも目視できるとは思うが、吉良さんが心細そうにしているので了承した。

 暗いのが怖いのかもしれない。


 扉一枚を隔てた向こう側で吉良さんが鼻唄混じりに体を拭いている。

 時おり聞こえる衣ずれ音に心を乱されそうになる。


 ……よし、

 ステータスの確認でもしておこう。


「『ステータス』」


 Lv.5

 名前:オノ ユウジ

 職業:隠者

 生命力:17/17

 精神力:13/13

 筋力:17

 魔力:6

 敏捷:22(-2)

 耐久:13(+38)

 抗魔:8

 ◯状態異常

 邪薔薇の血呪

 ◯魔法

 ハイドアンドシーク(5)

 ◯スキル

 順応性2.1 直感1.7 隠密2.0 不意打ち1.4 潜伏1.3 隠蔽工作0.9 槍術0.8 鈍器0.5 棒術0.4 短剣1.3 見切り0.7 格闘0.5 逃走0.7

 ◯固有スキル

 危険目視

 英雄の資格0.5



 コボルトを倒した時にレベル4に上がり、以降は単体のゴブリンを10体強倒してやっとレベル5に上げることが出来た。

 そろそろゴブリンでは上がりにくくなってきたか。


 もしくは複数体のゴブリンを相手にした方が経験値が貯まりやすかったりするのだろうか。

 そろそろ小さな集団のゴブリンも相手にしていく頃合いか。


 ステータスを眺めていると、吉良さんが身体を拭き終えたらしく、扉を少しだけ開けてこちらに水の入った桶とタオルを置いた。


「これ、新しいタオルと水です。あと水無しで使えるシャンプーを置いときました。着替えも置いときます。脱いだ衣服は収納しておくので後で渡して下さい」


「ありがとう」


 吉良さんが置いた新しいタオルと風呂用の桶に入った水を受け取った。

 吉良さんの収納スキルは固体しか収納出来ず、水を収納する時はペットボトルなどの中に入れて収納するしかないらしい。


 水を備蓄していた家庭は結構多かったので不足しているという訳ではないが、なるべく節約したい。

 こういう体を拭くのに使う水はキャンプ用品の中にあった濾過器を使い、飲み水には適さなそうな水を綺麗にして使用している。

 飲もうと思えば飲めるのだろうが、リスクは避けたい。


 ん、危険リスク……?

 危険目視スキルで意識して視れば飲み水に適しているかどうか分からないかな。


 吉良さんがいつの間にか(多分浅瀬を渡っている時。吉良さんは抜け目がない)汲んでくれたという川の水が部屋の隅に有ったので、試しにそれを目視してみる。

 飲み水として意識して見ると、透明だった水が赤く染まって見えた。


 すごい。

 これなら食べ物が悪くなっているかどうかも分かりそうだ。



 危険目視スキルの有用性を再確認し、服を脱いで体を濡らしたタオルで拭いていく。

 体を拭いていると、ちょうど胸に赤く刻まれている665という数字が664という数学に書き換わった。


 日付けが変わると共に数字が書き換わるのか?

 アクラリムに刻印された時は666、日を跨いだ昨日は665になり、今664に減ったということは、そういうことだろう。


 あと664日。

 それまでにあの驚異的な化け物を倒さねばならない。


 頭も洗い終え、気持ち的にも身体的にもかなりスッキリした。

 欲を言えば熱いシャワーでも浴びたかったが、なぜかこの町一帯の機械類が全て壊れてしまっていて叶わない。

 機械類が壊れたのはポールシフトの影響かと思っていたが、これは流石に異常だ。

 もしかしたら、この世界にモンスターが現れた時に何らかの機械を壊す魔法とかを使われたのかもしれない。



 さっぱりしたら少し眠くなってきたな。

 危険性は視えないので、見張りはしなくても大丈夫だろう。


 何かが起きた時にすぐ動けるように、壁に背を預けて上体を起こしたまま眠りについた。




 朝が来る。

 順応性スキルの恩恵か、特に体が痛んだりはしていない。

 体を起こして立ち上がり、軽くストレッチをした後に部屋を出る。


 隣の部屋で寝ていた吉良さんは未だ気持ち良さそうに寝息を立てている。

 ……まだ寝かしておいてあげよう。


 窓を開けてベランダから屋根に登り、町の景色を眺める。

 まだ太陽は昇っていないものの、東の空が白んできている。


 さて、今日のルートを選定しておくか。

 危険性を目視し、倒せそうなモンスターを結び付けていく。


 今日は2体か3体でまとまっているゴブリンもルートに入れよう。

 というか単独で動いているゴブリンが昨日よりも少ない。

 単独のゴブリンが狩られていることに気が付き始めたか?



「ごはんですよー」


 通り道を決め終えてすぐ、屋内から吉良さんが呼ぶ声が聞こえる。

 部屋に戻って吉良さんが用意してくれた朝食を食べた。


 吉良さんにお礼を言い、出発する支度を整える。

 すると、吉良さんが何かを思い付いたかのように話し掛けてきた。


「私思ったのですが、『吉良さん』という呼び方よりも『吉良』とか『凛』とかの方が短くて良いのではないでしょうか。戦闘中はその僅かな時間が命取りになりかねません」


 そうかな?

 そうかも。

 吉良さんが言うのならそんな気がしてきた。


「うーん、吉良」


「凛でも良いですよ」


 吉良さんのおすすめは名前の方らしい。


「そろそろ行こうか、凛」


「えへへ」


 名前を呼ばれた吉良さんはなんだか嬉しそうにしている。

 変わった子だなぁ。



 使えそうな物をいくつか収納して出発する。


「単独行動しているモンスターが減ってきてるみたいだから、今日からは複数で動いているモンスターも相手にしていこうと思う。難易度が上がるだろうから、油断せずに行こう」


「はい!」




 単独のゴブリンであれば不意打ちによる一撃で終わりだったが、複数体いる場合は一体倒しても残ってしまう。

 警戒されて倒しにくくなるし、仲間を呼ばれる危険性もある。

 故に、考えて周到に準備した上で挑まねばならない。


 今回の標的はコンビニで残飯を漁るゴブリン2体。

 二手に分かれて先ずは一体を投石で不意打ちしてもらう。


(もうすこし上だよ。よし、それでお願い)


 俺は潜伏スキルで隠れながら、ハンドサインで離れた吉良さんに指示を送る。

 吉良さんの投石もかなり上達しているらしく、危険目視による弾道修正も最低限で済むようになってきた。


 吉良さんの投石器による投石が放たれ、2体の内の片割れのゴブリンの頭蓋に命中し、その命を刈り取った。

 もう片方のゴブリンは慌てて物陰に身を潜める。


 ……俺が潜伏しているすぐ目の前の物陰に。

 こいつがここに隠れることは危険目視による予測で分かっていた。


 背中を見せて吉良さんの方向を警戒しているゴブリンを背後から静かに急襲する。

 あまり音は立てず、背後から喉笛を深く切り裂いた。


 ゴブリンは声を上げることも出来ずに倒れ、数十秒後に絶命した。



 ふう、二体までならまだ不意打ちが通用するか。

 今後も吉良さんの投石で少なくとも一体は戦闘不能にした状態から仕掛けたい。


 コボルトに仲間を呼ばれたのは苦い経験だが、ゴブリンも仲間を呼ぶ場合がある。

 コボルトは耳が良く、咆哮もよく通る声のため仲間が大量に集まってくるが、ゴブリンはコボルトに比べると仲間を呼ぶ能力が低い。


 なので近くに仲間が居ない個体を選べば仲間を呼ばれてもコボルトの時のような惨事にはならない。

 だがまあ、仲間を呼ばれないに越したことはないので、1体は吉良さんの投石で倒し、1体は俺が不意打ちで倒す。

 残った個体が居たら吉良さんの投石による援護を受けながら、俺が接近戦で倒そう。


 そういう作戦で俺と吉良さんは戦うことにしていた。


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