失われた教会

「アタシ教会の事知ってるわよ」


 ――――ごくり。

 『知っている』その言葉に思わず喉が鳴る。

 ベッキー、アーヴァイン兄ちゃん、アーティ姉ちゃん、皆に会える。

 そう思うと居ても立っても居られない。


「スラムに在った教会・・・・・・イグウィム教会って言ってね、かなり昔からある由緒ある教会

「だったのって・・・・・・」

「ええ、三年前の大改革知ってるわよね?あの時スラムの殆どが取り壊されたの。王都の外縁部の守護をある意味担ってきたスラム。そのシンボルだった教会ごと破壊されたのよ」


 破壊された・・・・・・。


「な、なんで・・・・・・」


 声が震えてる。

 まるで自分の声じゃ無いみたいだ。


「大改革のきっかけになったのは一人の大工がゴブリンに殺された事がきっかけだったらしいわよ。確か、ええっとペイズリーだったかしら?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ペイズ」


 カラカラの喉から僕はペイズさんの名前をようやく絞り出した。

 そうか、ペイズさんは亡くなったのか・・・・・・。


「あ、そうそう。隊長、よく知ってるわね・・・・・・・・そのペイズって大工が死亡したのがきっかけで幾人かのスラム住民が不満を言い出したらしいのよ。それを聞き及んだ当時の第七騎士団長が大隊長にスラムに叛意ありと進言しスラムの大改革が始まったの・・・・・・・・当時私もスラムに身を置いていたから少しは裏事情を知っているのだけど。本当は当時の第七騎士団長、クラストフ・イル・イェーガーが見初めた女性が居たの。本当に良い子だったんだけどね。偶々、ホント偶々だったんだと思うんだけどね。その娘をスラム民に攫われ・・・・・・・・犯されたらしいのよ。ボロボロになったその娘ね・・・・・貴族街の入口に捨てられていたらしいの。それでね、その娘・・・・・・自殺したの。誰の仕業かは分らないのだけど、結果として虎の尾を踏んだのよ。その娘の自死を、スラムをキツく取り締まらなかった自分の責任だと感じたクラストフは、スラムその物を取り壊してしまおうと・・・・・・・・・結果、今の王都があるの。本当かどうか良く分からない噂話みたいなものだけどね。ただ、スラム掃討は熾烈を極めたと言われているしクラストフは最前線に立ち最もスラムの犯罪者達を殺したと言われている。スラム自体、王都の悪の中枢みたいな所もあったし幾つかの盗賊団ファミリーも表立って抵抗したらしいわ。スラム自体を悪と定めた騎士団によって、スラムの住民、関係の無い一般人達も沢山巻き添えになったわ・・・・・・・・・生き残ったのはほんの僅かな人達だけ。上手く逃げ出した人達も大体はジーツの街や他国に逃げ出したんじゃないかな?・・・・・・・・・王都に残っているのは殆どいないわ。残ってるのはアタシみたいな変わり者ばっかりよ」

「そ・・・・・・そう・・・・・・なんだ」


 こわ、さ、れた?

 僕の教会うちがこわされた・・・・・・?

 アーティ姉ちゃんは?アーヴィンは?ベッキーは?

 生きているの?

 何処に居るの?

 ねぇ?


「ねぇ?隊長大丈夫?」


 ドンっ―――


「呑めカル坊」


 僕の前に琥珀色した飲み物をギムが置く。


「・・・・・・有り難う」


 キツイ臭いに少し戸惑ったが僕そのままギムのくれたコップに口を付けた。

 アルコール独特のヒリつく感じが余計に喉を渇かせる。

 だけどもそれを僕は一気に煽る。

 キツイアルコールの香りが鼻から脳天に抜けていく。


「ほら、水だ。交互に呑め。それともっとゆっくり呑め。」


 普通先に水だろと言おうとしたけど、ドワーフなら先に酒から出すのが常識かと思い直した。

 アルコールの力か、少し落ち着いた僕は皆が心配そうに僕を見ていたことにやっと気が付いた。

 どうやら酷い顔をしていたようだ。


「教会は・・・・・・あそこは、僕の家だったんだ――――――」


 ぽつり、ぽつりと僕は話し始める。

 アーヴィン兄ちゃんの事、アーティ姉ちゃんの事、妹のベッキーの事、でも皆本当の兄弟じゃない事、皆がお金を貯めて僕をムーディーナ騎士学校に入れてくれた事。

 短剣の事、ペイズさんの事、ずっと一人で孤独に耐えて頑張って来た事。

 気付けば僕は涙を流していた。

 僕はこんなにも家族に会いたかったんだ。


 

「隊長は――――凱旋してきたんだな」


 僕の話が終わり少しシンとした雰囲気の中、ジュエルがそう言った。

 確かに僕は六年間、ムーディーナ騎士学校で地獄の様な環境に、自ら身を落とし無事生還してきたんだ。

 騎士と成る事を約束され、帰って来たんだ。

 凱旋と言っても過言では無い。

 事実何人かは毎年命を落とす者も居る。

 実際に同じクラスメイトが2人死んだ。


「アタシ、何だかジンジンしてきちゃったわぁ~。ねぇ~~~、たいちょっ・・・・・・・・あそぼぅよ?」


 シェリーさんは、胸の凶器を僕の腕に擦りつけてまるで大蛇の様に纏わり付いてくる。

 柔らかく形が絶え間なく変わっていく双房に僕の腕が挟み込まれる。


「ほう、ジュエルとカル坊は何かの誓いでもたてるのかのう?我等同じ日に同じ穴で童貞を捨て一生続く兄弟とならん!とかか?がはははははっはっはっは。良いな良いなっ、―――――がっはっはっはっは」

「あらステキ」

「名案だ!!良いじゃねーか隊長!この俺様と兄弟になれるんだぜ?」

「どこが名案だよ!どっちかって言ったら迷案だよっ!ったく、もうやだ、この人達」


 がっはっはっはっは―――――。

 ウフフフフフフフ―――――。

 ハッハッハッハッハー――。


 三者三様の高笑いが拠点内に響く。


「よーーーし今日はカルの奢りでパーーーーっと隊長就任祝い兼歓迎会でもやるか!」

「いやいやオカシイ。それ絶対オカシイから」

「さんせー、アタシさんせー」

「ふむ。流石にカル坊の歓迎会でカル坊が出すのはなんじゃな。ここは年長者が出すべきじゃな」


 ざらりと顎髭を一撫でするギム。


「んだとこの爺!!アタイに喧嘩売ってんのか?ごらぁっ!!」

「おおう、ついつい儂が年長者じゃと思っておったわ。折角鎧が売れた代金が入って来たから奢ってやろうと思って名乗り出たつもりじゃったんだがのう~?どうやら森人からしたら儂は年長者じゃなかった様だったわい。がっはっはっはっは」


 ちょっと引くぐらいの勢いでシェリーさんが詰め寄って来たにも拘わらずギムは何が可笑しいのか爆笑している。

 きっとギムはゲラなんだな。


「んまぁー取り敢えずノウェム小隊の最初の仕事はカルの兄弟捜しだな。まぁ俺様が付いてるんだロック鳥が鷲掴みしたも同然よ」


 どんと胸を張るジュエル。


「いや、ちょっとまって。ジュエル、なにそのロック鳥鷲掴みって?」

「んぁ?テメーんなことも知らねーのか?」


 まるでアホの子を見る様な蔑んで目でジュエルは僕を見てくる。

 いや、待て。

 そのヤレヤレ見たいな態度辞めろよ。

 どっちかって言うと皆知らないと思うから。


「ロック鳥に鷲掴みされたら普通助からねーだろ?」


 何でそんなに当たり前みたいに説明してるんだい?


「ん?あ、ああ。そりゃロック鳥程の大きな魔物に捉えられたら一溜まりもないな」

「だろ?そう言う事だ」

「「「いや、ぜっんぜん、分らないよ!!」わからんわい!!」わかんないわよ!!」


 今日一番皆の息が合った瞬間だった。


 騒々しい仲間のお陰で、しんみりとした空気は何処かへと吹き飛んでいく。

 僕の家族の安否は分らない。

 生きてるとも死んでるとも分らない。

 不安はある。

 帰る為の教会うちは失った。

 だけどこの日、僕は新たな居場所を見付けたのかもしれない。


 

 




 

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