カル・ノウェム

 僕とギムはお茶を飲みながら、これからの話しをするとの事だった。

 実際にはギムは茶では無く琥珀色したアルコールを飲んでいるが。

 その矢先に「ほれ」っとギムから手渡されたのは――――


『貴殿――――カル・ノウェム準騎士エスクワイヤを王立騎士団王都警備隊第九小隊隊長に任ずる。』


 豪奢な縁取りがされた羊皮紙に書かれたものをギムさんから貰う。


「ちょっと待って、ギム。これ僕じゃないよ」

「うん?」

 

 顎髭を一撫でしギムはどれどれと羊皮紙を覗き見る。


「どう見てもお主じゃよ。カル坊は文字読めんのか?」

「いやでもね?ほら、ほらほらほらっ、見てここ。ノウェムって性がある。僕、性なんて生まれてこの方持ったこと無い」

「それはアレじゃ無い?小隊の隊長とはいえ流石に性も無い訳にはいかないって事で急遽付けられたんじゃ無いの?ノウェムって確か古代エルフ語で9番目って意味だし」

「えっ?本人に断りも無しに??」

「それにしても第九小隊だけに『9番目』って安直やな」


 シェリーさんとジュエルが部屋の掃除から帰って来たようだ。

 空き部屋だった僕の部屋で、情事を営みすんごい臭いが充満していたので『取り敢えず今から宿を取りに行く』と僕が言い出したら二人が、慌てて掃除を始めたのだ。

 僕としては色々思い出してしまうから数日は宿に泊まろうと普通に思っていたんだけど、夜間の呼び出し等、色々夜間も用事があるみたいでそう言う訳にはいかないらしい。

 僕がジトッとした目で見ていたのだろう。

 ジュエルは慌てるように「シーツは新品を購入してきました隊長」とか言いながら明後日の方向を向いている。


「精霊にお願いして臭いは消しておいたから大丈夫よ」

「精霊も臭い消しに使われたんじゃ、堪ったもんじゃなかろうにな」


 がっはっはと笑うギムに、便利なのよね~と笑うシェリーさん。

 

「おう、そうじゃ忘れとった。カル坊、コレを読んでおくように。アルアかアリアかなんか言う嬢ちゃんが読んどけって、この間この任命書と一緒に渡してきおったわ」

「ギム、違うわよアルアじゃなくて、アリアネス第三王女からの書簡よぉ~」

「ぶふぉっ」


 ついつい飲んでいたお茶を吹き出してしまった。


「汚いわねぇ~っ」

「ごめん、つい、ってそうじ――――」

「まぁアタシはそう言うプレイもイケるから、隊長がそっち系なら合わせてあげられるんだけどね。んふっ」


 そう言うプレイって、どんなプレイ?って妖艶なウィンクに誤魔化されそうになったが――――


「そうじゃなくて、第三王女って」

「ああ、アレは良い娘っ子だ」「うんうん」「そうねぇ~」


 三人揃ってうんうんと頷いている。

 いや、どう言う事?

 良い娘っ子って、まるで何処かの田舎の娘さんの話を聞いてるみたいだ。

 

「アタシ達の直属の上司ってアリアネスト・イーロン三世の第三子アリアネスト・アリアネス第三王女様なのよね~」

「嘘だろ?」

「ホ・ン・ト・っ」


 そう言いながら僕の鼻をつんつんするシェリーさん。


「だってアタシ達それぞれ直接アリアネス王女からご指名されてこの小隊に入ったのよ?当然上司もアリアネス第三王女に決まってるじゃない」

「え?ちょっと待って?僕王女様に会ってないし、そもそも貴族する直接会った事無いよ、あれ?そういやノウェムって性を持つ事になったって事は僕は貴族・・・・・・?何時から僕の血の色は青に変わったんだ・・・・・・いやそんなでも・・・・・・・・馬鹿な・・・・・・ああ、でも第三王女様の直属なら、嫌っ――――でも・・・・・・・・・・・・ぶつぶつぶつぶつ――――――ああぁッ!!」


 さっきから起きる出来事、明かされる事実、その全てが想像の斜め上過ぎて、頭の中がパンクしそうだ。


「カル坊はきっと将来禿げるな」

「可愛い顔してるのに可哀相ねぇ~」


 にまにまとジュエルとシェリーさんが僕の事を眺めている。

 君達励まそうとしてるのか?それとも激しく落とそうとしてるのか?

 僕はきっと禿げないよっ。

 全く――――。

 

 目を伏せた先にある本―――――さっきギムから貰った小冊子の――――題目に目が止まった。


『これで今日から貴方も小隊長――――七時間で成れる初心者小隊長の為の教本』


 一体七時間で何に成れるんだよ?

 しかしながら何もしないで良い訳も無く、僕は隊長としてこれからどうやって行くかの相談を皆とする事になった。

 ギムと二人で話す内容が、皆で話す事になっただけで特に変わった事は無い。

 僕が隊長確定と言う事実を除けば。




「えっと、それでは第一回第九小隊全体会議を始めます」

「ちょっとちょっと~、第一回に第九って第が続いてなんか気持ち悪ーい」

「確かに!第九回まで言ったら第九回第九小隊全体会議とかなんか堅苦しいな」

「儂は何でも良いぞ」

「分ったわ!」


 シェリーさんがそう言うと長い耳と大きな胸が揺れる。

 それと同時に僕の心も揺れ動く。

 『隊長価格・・・・・・んふっ』

 ん゛ん゛んっ。


「えーーーっと?シェリーさん?」

「ノウェム小隊って名乗れば良いのよ!丁度第九小隊だしカル君もノウェムだし」

「俺様はそれで良いぜ」


 ニカッと笑うジュエル、灰色の髪を掻き上げながら何か格好付けている。


「ふむ。良い名じゃ」

「じゃぁ最初からね?」


 総員一致の様子で小隊名は決まったようだ。

 問題という問題は無いが、僕の意見は聞いてくれる余地は無いらしい。


「えーーーー、ふぅ。それでは第一回・・・・・ノ、ノウェム小隊全体会議始めます。それでは何か意見のある方挙手でお願いします。断っておきますが僕はさっきここに来たばかりで何も把握出来てません。その辺踏まえてお願いします」

「んじゃ、まぁ最古参の儂から話そうかの」


 そう言いながらギムがそのゴツい手を挙げる。


「まずはだな、真昼間から交じわっとる奴らがおるぐらいだからカル坊も気がつい取るかも知れんが実はこの小隊・・・・・・・・・仕事は基本無い。なーーーんも無いっ。指示も無ければ何にも無い、本当に仕事が無い。唯一夜間、この小屋の真ん前で酔っ払い共が喧嘩し始めたから仲裁したぐらいじゃ。ま、儂は鍛冶が出来て、昼間から酒がタダで呑める仕事と聞いてきちょる。但し、どうしてもって時は働こうとは思っとるぞ、約束じゃからな」

「アタシはぁ~、お金貰いながら逞しい騎士様を引っかけられるって聞いたから来たのよね~。暇な時間があって男と女が同じ屋根の下。ヤル事って言ったら一つしか無いわよねぇ~?ご老人には分んないみたいだけどねぇ?」

「何言っとる。儂はまだこれでも青年期じゃ。森人みたいに地人は異種族と交わったりせん。ん?・・・・・・お、そうか?そうっだったのか!森人はきっと皆性欲モリモリなんじゃな!!――――――――森人だけに、ぶふぅっ!!!」


 がっはっはっは―――――。


 何が可笑しいのかギムは爆笑している。

 一方シェリーさんはクスクスと笑っているが目は笑っていない。

 やっぱりエルフとドワーフは通説通り仲悪いのか?

 

「俺様は強い奴と戦えるって聞いたから来たんだけどな。まだ戦えてないからちょっと不満だ」


 皆の意見を要約すると、仕事が無いって事だった。

 皆の話が本当なら、何せこの第九小隊、王都警備隊とは名ばかりで第三王女様肝いりの部隊になるらしく街の警邏や王都の守備等普段やる仕事も何も無いらしい。

 偶に伝令が来るらしいけど特段何も無いらしい。


「わかった。じゃあ今王都でなんか変わった話しとか聞かないかな?あと誰かスラムにあった教会知らないかい?」


 ふむっと一撫でギムさんが顎髭を触る。


「儂は王都に来たのは最近でのぉ。スラムの教会は知らないが、最近墓地荒らしが出るらしいって話しは耳にする。後は王立騎士団の第七が元スラム地区でやりたい放題しているらしいって話しは聞くな」

「第七の話しは俺様も聞いたな。何でも女子供に無理矢理身体を迫るとかなんとか騎男の風上にも置けないクソみたいな奴らだってな」


 胸くそわりぃって良いながらジュエル君は何やら怒っている様子だ。

 何か思う所があるのだろう。


「そう言えばジュエルは、こないだ第七の連中にボコボコにされとったな。がっはっっはっはっは」

「ええぇーーーーー」

「いや、アレは。おめ、違うっての!!アイツらが卑怯な真似したから!」

「あー、はいはい。いいのよジュエルちゃん。そんなに怒ったりしないで、アタシは知ってるから・・・・・・ねっ?」

「お、おおう」


 ジュエルは質素な麻の服に身を包んでいるが、服の上からでも分るぐらい良い筋肉をしてる。

 彼の人生の大体の事を筋肉で解決してきた様な、そんな風体のジュエル。

 その彼をボコボコにするって第七騎士団って強いんだな。


「アタシ、教会の事ちょっと知ってるわよ」

「ホントに!!」


 僕の思考を吹き飛ばしたのはシェリーさんのそんな言葉だった。


 





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