第05話 魂に刻まれた武器


 ボボッ……


 シャルーアの胸の中心から伸びも伸びたり。マルサマも椅子の上につま先立ちで背伸びし、彼女の胸に付けていた右手を大きく挙げる恰好になっていた。


 赤く光るモノは全体が炎のように揺らめいている。だが熱さはない。本体の形状も、完全な固形体というよりはまるで気体の塊のような雰囲気で、ゆっくりと流れる煌めきを内包している。


 その輝く様は、見る者にルビーやガーネットのような赤い宝石の美しさを感じさせた。



「ふーう…やっと抜き出せたわ。なんともまぁ珍しい形が出たもんだ、まさかまさかじゃのう」

 マルサマが引き抜かれたモノから手を放しても、ソレは消えもしなければ体内に戻っていくでもなく、そのままだった。


 傍目には座ったまま胸に灼熱の棒を突き刺されてるようにも見える。それゆえリュッグは、彼女に問わずにはいられなかった。


「だ、大丈夫なのか…痛くないのかソレは?」

「あ、はい…特に何も感じません」

 平然としている。苦しむでも我慢しているようでもなく、普段通りでひとまずは安堵するリュッグ。


 そうなると今度は、この奇怪な状態に対する興味と疑問が湧いてきて、ハンカチで汗を拭いながら一息ついてるマルサマの方を見―――――瞬間、彼はそう慌てるなと片手の平を見せ、リュッグが質問しようとするのを先に制した。



「せっかちはいかんぞ。一作業終えた直後だ、少し落ち着かせい…よっこいせ」

 マルサマは悠長に台から降りるとシャルーアのすぐ傍まで寄る。座っている彼女よりもまだ低い位置に頭をもたげ、自身が引っ張り出したモノを見上げて、ほっほーと感嘆の声を上げた。


「いやぁ、これはなんとも絶景じゃわいのー」

「あのなぁ爺さん…アンタそろそろいい加減にした方がいいんじゃないか?」

「そう呆れ果てた顔なさんな。若いモンは余裕がなさすぎてイカン」

 リュッグとて壮年と呼ばれる年齢を過ぎ、中年の頃に差し掛かっている身だ。そんな彼を若者扱いする――――マルサマは、見た目より遥かに歳を召しているのかもしれない。


「んっんんっ…オホン! では、ボチボチ説明するとしようか」

 ほれ座れ、とシャルーアの後ろ隣りにある椅子に促され、リュッグも腰を下ろす。全員が座ったのを確認してから、マルサマは語り出した。


「お嬢ちゃんのソレ・・魂に・・刻まれた、お嬢ちゃんにとって最もしっくりくる “ 武器のカタチ ” なんじゃ」


 曰く、


 ―― 人は、すべからく個々の理想たる武器のカタチというものがある。

 ―― それは生まれつき魂に刻まれており、日々の中で研磨される。

 ―― そのカタチに近しい武器であるほど、手に馴染み、扱いやすい。



「――――とはいえじゃ、それはあくまでもそうというだけの事。特別強力に用いれるとか、それさえあればこの世で最強になれるだとかいうぶっ飛んだ話でもない。じゃが、コレでお嬢ちゃんに作る武器の種類が分かったのう…」

「武器の種類? コレは……打棒メイス? いや、槍か??」

 リュッグが、あらためてシャルーアの胸元より伸びているモノを見るも、揺らめいていて形状がハッキリとしない。ただ、結構な太さと長さがあるように見える事から、長物の類かと睨んで当てようとするも、マルサマはいーやいや、と彼の答えを全て否定した。


「これはカタナ。それもこの辺りで一般的な片刃刀シミターなどの類ではない。非常に珍しいニホントウ……それもオウタチ大太刀の部類じゃ」

「ニホントウ?? 聞いたことのない武器だが……」

「かつて、この秘術を伝えし異邦人が母国のつるぎよ、知らんで当然。何せ幻の・・国の武器じゃ、世界の果てまで探そうとも決して存在せぬモノよ」

 そして、マルサマは少し困ったような表情を浮かべた。


「しかしまた、えらく大変なモノが出たのう……コレを作るには時間がかかる。加えて、製法こそ伝え聞いてはおるが、果たしてお嬢ちゃんのコレ・・にどこまで近づけられるかが問題で……おっほほおぅ♪」

 性懲りもなくまたローアングルから見上げる彼に、リュッグは思いっきり脱力して両肩を落とす。もはや注意する気にもならなかった。


 すると不意に、シャルーアは見下ろしていたマルサマに視線を合わせた。


「あの、わたくしめは、武器を買うための金子きんすを持ちあわせておりません。お代金は――」

「ああ、金ならすぐでなくとも…」

「――――私の御身体で幾夜をおつとめ・・・・いたしますれば、見合う等価となりますでしょうか? …日の高いうちはリュッグ様の御手伝いをいたしますれば、まことに勝手なお申出ではございますれど、連夜は謹んでいただけますと…」

 シャルーアの申し出に、さすがのマルサマも目を点にし、口をカパッと開けてフリーズしていた。

 あくまでも彼は、セクハラに対する反応を楽しんでいるだけであって、絶対的に越えてはならないラインのほどは理解している。


 ところが彼女は、そのラインを悠々と越えて持ちえぬ金貨の代わりに己が身を差し出す事をさも当たり前だとていしてきた。

 マルサマはさすがにこれは問題ありだろうと、視線で保護者リュッグ(?)を咎める。


 リュッグも、シャルーアには色々と教えなければと改めて痛感し、頭を抱えるように己の額に片手を当て、ため息をついた。



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