第03話 スッキリしました色々と



――――――アイアオネの町。


「はい、出来たよ! 目をあけてごらん」

 妙齢の女性の声に従って、彼女は閉じていた両目をゆっくりと開く。目の前の鏡に映った姿は、長かった髪を短く切り揃えて整えられた自分がそこにあった。


「ほー、スッキリしたもんだな。気分はどうだ?」

 リュッグの問いかけに、目をパチクリしていたシャルーアはゆっくりと小さく頷いた。


「はい、……すごく、不思議な感じがします」

 切られた髪の残滓を払い落され、純白の前掛けが外されると、シャルーアは立ち上がり、ゆっくりと椅子から降りた。


「んー、でも少し勿体なかったかねぇ? せっかくの綺麗な黒髪なんだ、もっと長く残してあげた方が良かったかもしれないねぇ」

「いえ、とても満足しています。ありがとうございました」

 ペコリと綺麗なお辞儀をしてみせるシャルーアに、女性は少し哀しそうにも見える笑顔を返した。




 美容師、マレンドラ。


 このアイアオネの町で美容店を営んでいる。細身でやや病的な白さとも思える肌の色で、最近ほうれい線が気になり始めたと自嘲するよわい37の女性。

 自分の赤毛と同じ赤い巻きドレスを常に着用し、まだまだ現役だよと嘯く、妙齢のマダムだ。


 自称何でも屋。しかしこの美容店の利用客以外・・は滅多に客が付かないと嘆いている。


「それで、リュッグ? また何だってこんなべっぴんな娘連れてるんだい? どう見てもそんじょそこらの娘たあモノが違うじゃないか、手ぇ出してないだろうねぇ?」

「そ、それは――――……いや、話せば色々とあるんだが」

「おや、否定しないってぇ事は……お嬢ちゃん、お嬢ちゃん。このロクでなしに何かされたかい? ダメだよ、ちゃんと金〇マ蹴り飛ばすくらいはしないと。男ってのはみんな狼なんだからさ」

 彼女の明け透けない言い回しが珍しいらしく、シャルーアは少し目を大きく見開いた。

 そして、彼女も負けず劣らずな事を平然とぶちまける。


「私めは平気です。リュッグ様は大変(体が)大きくご立派ですが、すぐにお眠りになりましたので、さほどの苦労はございませんでした」

「ブフゥウウウウーーーーーーーッッッ!!?!??」

 しかも何の感情も込めずに淡々と言ってのけるのだから、また威力が跳ね上がる。

 リュッグは盛大に吹くと同時にむせかえって、思わずその場にしゃがんでしまうほどに激しくせき込んだ。


「( “リュッグは、さほどの苦労はなかった” ね……)」

 その一言を聞いた瞬間、マレンドラは強い哀れみを覚えて目を細める。


「(男の程度を比べる事が出来るってぇのは、要するにそれなりの経験があるって事。……そしてこの娘は……なるほど、遊び棄てられたクチだね)」

 彼女とて一筋縄ではいかない半生を過ごしてきた。その人生経験から、シャルーアの身に起った事を何となく理解する。


 そして口の端を軽く噛み締めて己の気持ちを切り替えてから、あえて大仰に振る舞い、とにかく笑い飛ばして明るく振る舞った。


「ハッハッハ!! そーかいそーかい、まーあの男はあの年まで女と寝た事なんてないんだ、下手でも許してやってな! …ま、そんな風に言えるならまだ大丈夫だよ」

 そう言ってバシバシとシャルーアの肩を叩く。


「それでリュッグ。これからどーすんだい、この娘のこと」

「ゲホゲホッ…ふー…。ああ、その事でちょっと紹介して欲しいんだ、いい店・・・を」


「! …まさか、傭兵に仕立てるつもりかい?」

 マレンドラから軽く怒気が感じられた。こんな娘を、こんな可哀想な娘にそんな事をさせようというのか、と咎めるような視線に添えられている。


「いや、何をするにも今は難しいだろう。しばらくは俺の助手のような事をしてもらおうと思ってる。それでもある程度は買い揃えないとダメだからさ」

 傭兵という道も確かにあるにはある。しかしそれは、シャルーア自身が選ぶ事であって、リュッグにあれこれ言う気はなかった。


 とはいえこのままただ連れ歩くだけだとまずい。あの夜以来、彼女は毎晩のように夜のお世話を、と申し出てくるようになったからだ。

 どうやら助けてもらった恩をそれで返し続けるつもりのようで、自分にあるのは我が身のみで、出来るのはそのくらいの事しかないと思ってるらしい。


 なので困ったリュッグは彼女に当面、自分の仕事の助手として簡単な仕事を与える事に決めた。



「(正直、男としちゃあ嬉しい話なのは間違いないが、傷心の女の子にそんな事してもらい続けるなんてのは流石にな…)」

 何より彼女の夜の申し出には、彼女自身の感情というものがない。

 …それは、自分自身がもうどうなってしまっても構わないという自暴自棄の精神状態からきている事。


 そしていつの間にやら、彼女に彼女自身を取り戻させる事が、傭兵リュッグの当面の目標となっていた。



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