言祝ぎ

陽莉ひより

 夕暮れ時。呼ばれて、顔を上げれば美月みつきがいた。下校時間と言っても部活動に向かう生徒も多いこの時間は、意外と校門前は人がまばらだ。

 お待たせと言ってくるあの子にわたしは首を振った。そんなに待ったつもりはない。それじゃあ行こっかと校門にもたれかかっていたわたしは身を起こそうとして止まる。

「あ、それ……」

 首元にあったのは、今朝わたしがあげたペンダント。まさか、もう身に付けているとは思わなかった。

「……変?」

 不安そうに首を傾げられ、わたしはもう一度首を振った。

「そんなことないよ。すんごい似合ってる」

「ほんと?」

「うん。可愛い」

 そう笑いかければ、同じように微笑む。珍しいなと思った。こんなにはっきりと笑うこの子は珍しい。もしかしてそれは、ペンダントのおかげなのかな。そう思うと、ふわふわした気持ちになっていくのがわかった。

「嬉しい」

 ぽつりとそうこぼすと、美月が驚いた顔をして固まった。しかしそれも一瞬で、すぐにまた顔を綻ばせた。

「私も、嬉しい」

 ふわりと笑う顔は、予鈴の時に見せたこの子の最上級の笑顔と同じだった。普段あまり感情を表に出さない、或いは出せないこの子の、一番の笑顔。

「こんなかわいいペンダントをもらえたことも、似合うって言ってくれたのも、全部、嬉しい」

 そう言って目を細める美月は幼い頃からずっと一緒にいたはずなのに見たことのなかった、心の底から嬉しいとわかる笑顔を見せてくれた。

「そっか」

 わたしもついつい嬉しくなってにこにこしながらそう返した。改めてきちんと身を起こして歩き出す。今日は二人とも時間があるようで、カフェにでも寄っていこうという話になった。

「そのペンダントね、一目惚れだったんだ」

 道すがら、わたしはそう切り出した。

「絶対これ美月に似合う! 買わなきゃ、あげなきゃ! って思ってさー」

 並んで歩く美月の、さらさらで長く整えられた黒い髪が揺れる。歩いていると、渡ろうと思っていた横断歩道の信号が赤に変わった。

「アマゾナイトってさ、希望の石って朝言ったけど、あれって明るい未来への展望も意味してるんだって」

 美月は持っている才能を生かして、行くべき場所を早々に決めた。進む先は専門学校。合格発表は家族よりも先にわたしに伝えてくれたらしく、その時は二人揃って大はしゃぎした。

「それとね」

 信号が青に変わった。わたしはほんの少しだけ足早に横断歩道に飛び出し、くるりと美月へと向き直った。風を受けてスカートがはためいて揺れた。

「わたしもね、進路、決めたの」

 ペンダントを見つけたのは一ヶ月ほど前。今買っておかないと無くなってしまう気がしてその場で買った。それから今日までは、ずっとわたしの部屋に置いてあった。

「わたしね、大学に行く」

 それはある日急に降ってきた。本当に何の前触れもなく、唐突に。

「美月みたいなことはできないけど、それでも、わたしも見つけたの。やりたいこと、やってみたいこと」

 もしかしたら、なんて思う。アマゾナイトの加護がわたしにもあったんじゃないかって。

「だからね」

 わたし、頑張るね。そう言葉を続けようとした途端、美月が目を輝かせて走ってきた。そのまま私の手を取り、反対の歩道まで一気に駆け抜ける。そんなことをしなくてもまだまだ信号は青いままだったけど、多分美月には関係ないみたいだった。普段は絶対にしないその行動に、わたしは思わず目を丸くした。

「そっか」

 わたしより気持ち小さな手が、きゅっと優しく温かくわたしの手を握った。

「応援してる」

 そうして今度は両手で包み込み、美月がそのまっすぐな瞳を向けてきた。

「陽莉なら、大丈夫」

 その、瞬間。

 柔らかく微笑む美月の言葉に、わたしは天啓を感じた。これは手向けの言葉だと。いつだって一緒に進んできたこの子が、初めて異なる道へと進もうとするわたしに向けた、せいいっぱいの祝福の言葉であると。

「うん、ありがとう」

 わたしは目を伏せて深く頷いた。

「さーて、それじゃあ今日はお祝いってことでわたしが奢っちゃおうかなー!」

 美月に背を向け、わたしは叫ぶように提案する。あまりに嬉しくて泣きそうになったのは秘密だ。

「え、でもせっかく陽莉の進路がはっきりしたんだし、お祝いとして私奢るよ」

「今日美月の誕生日なのに?」

「だってプレゼントもらったし」

「それとこれとは話違くない?」

「そうかな?」

 お互いが首を傾げ、しばらく固まる。やがてその状況そのものがおかしくなってきて、どちらからともなく声を上げて笑い出した。

「ははは、じゃあお互い奢ろっか」

「ふふ、いいね」

 ひとしきり笑いあったわたしたちは、そう言って歩き始めた。お店はもう目と鼻の先にあり、そのせいか心なしか既に甘い香りが漂ってきている気がした。誘われるようにしてメニューの前で立ち止まる。いつの間にか日は大分傾き、一日の終わりを告げようとしていた。

 だけど、今日の主役をお祝いするのはこれからが本番。その先陣を切るのがわたしなんだ。

「誕生日おめでとう」

 美月は幸せそうに笑ってくれた。

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