番外編

死神のクリスマスイヴ

「あ、ポン太、もう皆集まっているよ。えっ! 仕事? 急に手が足りなくて? 解った、うん、ご苦労様」

法稔ほうねんくん、来れないの?」

 友人の少女達の怪訝な顔に、実は冥界の死神である彼が死者を迎えに行ったとは言えず

「家のお寺の手伝いが入ったんだって」

 適当に誤魔化して笑む。

 ピロン……。通話を切ったシオンのスマホが鳴り、エリアメールが入った。

 

 

 今年は優香ゆうかが高校受験の為、早めにパーティーを終えた皐月さつき家を出て、シオンはクリスマスイヴの町を歩いていた。派手なイルミネーションを灯した家々の間の路地を抜け、肩を並べて歩くカップルを追い越す。水の魔族の力を使い、年末寒波の冷たい湿気を帯びた空気をたどって、いつもより広範囲に感覚を広げると、北の方角に微かに冥界の安息の闇の力を感じた。

「こっちか……」

 手にした包みを揺らさないように気をつけながら、横断歩道を渡る。

 団地の中に設置された小さな公園。さすがに日が落ちて五時間、低いフェンスに囲まれた公園は静まり返っている。車止めのポールを避けて入ると、外灯の当たらない隅のベンチに黒い影が見えた。

 ……あれは相当参っているな……。

 影を見て、やれやれと息をつく。

 いつもなら、例え姿を消していても、こんな人目がどこにあるか解らない場所では、常に人型をとるようにしている法稔が、本性の狸型獣人に黒い僧衣と袈裟を着けた姿でベンチに座っている。いつもはピンと立っている、こげ茶色の三角の耳が斜めに寝ている。ぼんやりと夜空を眺めている彼に、シオンはわざと足音を立てて近づいた。

「シオン」

 やはり足音より、自分の発する水の魔気に気付いたのだろう。数歩も行かないうちに法稔が黒い瞳を向ける。

「ここにいたんだ、ポン太」

 からかうようにアダ名で呼びかけると、いつもなら『法稔だ』と速攻で訂正が入るのに、それがない。

 ……こりゃ、重傷だ……。

 シオンは右手に持っていた白い箱とコンビニのビニール袋を掲げた。

「差し入れ。香奈芽かなめちゃんと真里まりちゃんから、クリスマスケーキだよ」

 今日の昼、四人で楽しむはずだったパーティーに現れなかった法稔を気遣って、少女達が帰り道のケーキ屋でクリスマスデコレーションのカットケーキを買い、シオンに渡してくれるように頼んだのだ。

「わざわざ持ってきてくれたのか?」

「うん。ご飯食べてないと思って」

 図星だったのか、法稔が小さく肩を竦める。

 シオンは法稔の隣の座るとケーキの箱と途中で買ってきたホットのほうじ茶のペットボトルを渡した。

「……仕事って、ブレーキの踏み間違いでコンビニに車が突っ込んだ事故?」

「知っているのか?」

「エリアメールで流れてきたから。それでニュースサイトで調べたら、亡くなったのは若い男の人だって書いてあった」

「……まだ小さい娘さんがいるお父さんだった。クリスマスプレゼントを買った帰り、奥さんにジュースを買うように頼まれてコンビニに寄って事故にあったんだ」

 ぼそりと告げて、さすがに三人の気遣いを無碍にするのは悪いと思ったのか法稔が箱を開ける。

 真っ白な生クリームに赤いイチゴ、クッキーとチョコレートの星が添えられたケーキに

「……いただきます」

 両手を合わせて、添えられていたフォークを持つ。白いクリームとクッキーを口に運ぶ。

 死神は、不慮の死を遂げた人や複雑な事情や因果の末に亡くなった人が迷わないように、冥界に運ぶのが仕事だ。自分と同じく、この世界に新人として派遣されて三十年。まだまだ甘いと先輩達には注意されることが多いというが、法稔は自分より遥かにしっかり仕事をこなしている。だが……やはり今夜のような華やかな夜には、そんな仕事がこたえるのだろう。

「……お父さんに頼まれて無事だったおもちゃを家に運んだんだが……」

 うつむいて耳をぺたりと伏せる法稔にシオンも眉をひそめる。

 そのとき彼が見た光景は容易に想像がつく。

「……あのさ、ポン太……」

 自分が言うことではないと解っていながらも

「割り切るものは割り切らないと、死神は務まらないよ」

 落ち込んでいる姿が見ていられなくて、つい口に出してしまう。

「……解ってる」

 法稔は一つ息を吐いた。

「これが私の仕事、だからな。……でも……こんな夜でさえ、それを全部仕事だと割り切ってしまうと……私が私じゃなくなってしまう気がするんだ」

 二人の座るベンチの向こう側の路地を大きな包みを下げた人が足早に歩いていく。

「……それでは死神としても、いけない気もするしな……」

 その人の姿を目で見送って、ケーキのイチゴを口に放り込む。彼の瞳が微かにうるんだ。

 魔界の破防班と冥界の死神は協力関係にあり、合同で事件の調査をすることもある。だが、それぞれの任務については、やはり他世界の者が口を出すことではない。

 ……しかし。

「あのさ、辛かったら話くらいは聞かせてよ。面と向かって話すのは無理でも、会う時間が無くても、こっちの世界にはこういう便利なものがあるんだし」

 ダッフルコートのポケットからスマホを出す。

「……そうだな」

 法稔が小さく頷く。ケーキとほうじ茶を交互に口に運び、最後の一欠片まで綺麗に食べ終える。お茶も飲み干し、口の周りの毛についたクリームを拭った後「ごちそうさまでした」と行儀よく手を合わせた。

 懐から自分のスマホを出し、ケーキをくれた二人の少女にお礼のメッセージを送る。

「さてと、次の仕事の時間だ」

 画面の時刻を見て、気持ちを切り替えるようにベンチを尻尾で一つ叩いて、ピンと耳と髭を立て、立ち上がる。

 ぶるりと身を震わし、いつもの丸い顔に丸い体躯の人間の少年の姿に化けた背中に

「ポン太、ご苦労様」

 声を掛ける。

「だから私の名前は法稔だと言っているだろうが」

 法稔が振り向いて、笑いながら訂正した。

「ありがとう、シオン。おかげで楽になった」

「うん、じゃあ、埋め合わせにお正月に香奈芽ちゃん達と一緒に初詣に行こうよ」

「そうだな」

 軽く手を振って法稔の姿が闇に消える。見送ったシオンのスマホがピロンと音を立てた。消防署のエリアメールが画面に浮かぶ。

「……火事か……」

 遠くからサイレンの音が聞こえてくる。

「あまり、ひどい現場じゃないといいけど……」

 だが、死神が行くということは、そういうことだ。

 きらきらと輝く凍った星空を見上げる。

 ……なんとか笑っていたけど、あいつ多分、今夜は眠れないだろな。

 華やかな夜でも、その影で起こる悲しみを拾っていくのが死神の役目だ。

 だから……。

 そんな、心優しい死神が今夜、少しでも穏やかな夜を送れるように、シオンはイヴの星空に祈った。

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