マルスQ

賢者テラ

短編

 最初に、それに出会ったのは砂場だった。



 仲良しの浩次くんと順子ちゃん・そしてボクの三人で、いつものように公園に遊びに行った。その時の僕たちはまだ10歳の小学生だった。

 ブランコをこいでいる時に、浩次くんが何かに気付いて言った。

「なぁ、砂場のほうで何か光ってないか?」

 言われて、僕も順子ちゃんも砂場のほうに目をやった。たまたま、その時公園で遊んでいた子どもは僕ら三人だけだ。砂場には誰もいない。

 そのことは今から思うと、非常に運が良かった。もし、その場に他の子どもがいたり、最悪大人なんかがいてたりしたら、僕らの運命はまた大きく変わっていたかもしれない。



 それは、太陽の光を反射して、見る角度によって様々な色に輝いて見えた。

 言うなれば、ちょっとした虹の宝石みたいなものだ。

「こんなの、見たことある?」

 順子ちゃんは、一生懸命これが何かを考えているようだ。

「……さぁ」

 小学生だからまだ短い人生しか生きてないけど、記憶をたどるかぎりこれが何かまったく分からない。

 ムリに例えると、虫だった。

 ちょうど、大きさとしてはカブト虫程度。

 でも、その物体(それとも生命体か?)は、この上なく不可思議な構造をしていた。体全体は、透明なゼリー状の物体で出来ていた。でも、羽根みたいな部分や6本ある足、甲殻のような背中の硬い部分、触覚や目があるように見える頭の部分は、銀色のメタルボディーだった。

 そして関節部分からは、何かの精密機械のような部品類が、透けて見えていた。

「ケガでも、したのかな?」

 何だか、羽根の部分をバタバタさせて、体をひくつかせている。

 想像する限り、どこかケガでもして苦しんでいるように見えなくもなかった。

 僕たち三人は、子ども心にこれは他の大勢の人に、特に大人には見せちゃダメだと直感的に思った。

 僕はそっとその不思議な物体を手のひらに包むと、二人を連れて僕の家に行った。



「何じゃ、こりゃ?」

 僕たち三人は、僕の兄貴にその物体を見せた。

「生物なのか、メカなのかさっぱり分からん……」

 兄貴は、高校一年。超有名進学校に通う秀才だ。

 特に、コンピューター方面には明るく、この前ネカフェであわや国防総省のホストコンピューターがハッキングできそうになって、あわてて逃げてきたらしい。まぁ、そこまでできてしまうというのも、それはそれで考えものだ。

 何となくだが、兄貴なら信用できる、力になってくれると思った。

「何か、分かりますかぁ?」

 順子は、色んな角度からその物体を眺める兄貴に、興味津々といった感じで尋ねる。浩次は、考え事の邪魔をしちゃ悪いと兄貴を気遣っているのか、さっきからやけに口数が少ない。

「……うん。こりゃ、面白い」

 兄貴は、羽根の裏のある部分を指して言った。

「ここ見てみろ」



【Code Name : Mars Qー100285】



「何て意味ですか?」

 勉強机の方に行き、引き出しの奥をガサゴソとあさりながら兄貴は答える。

「コードネーム、マルスQ-100285。これから分かるのは、少なくともこれが宇宙とか別次元とかから来た全く未知の物体じゃない、ってことだ。ちなみにマルス、っていうのはローマ神話に出てくる戦いの神様だ」

「あんまり、強そうには見えないけどなぁ」

 浩次が、やっと口を開いた。

 兄貴は、不思議な事をしだした。

「これ、多分パソコンにつなげるぞ」

 愛機のノートパソコンと、虫のお尻の部分の穴 (人の創りだした物なら、ちょっとセンスが悪いと思う)を、引き出しから探し当てたケーブルでつなぐ。兄貴は、普段僕たちが使うような見慣れたウィンドウズの画面ではなくして、真っ黒な画面に白い文字だけの画面で、意味不明なコマンドを沢山打ち込んでいく。

「こいつは、驚いた」

 画面の中に、恐ろしい速さで記号と数字の組み合わせが表示されては、どんどん画面がスクロールしてゆく。

「見たこともないアルゴリズムが使われてるぞ、こりゃ」

 恐ろしい速さでキーボードを打ち込む兄貴の目は、格好の研究対象を見つけた博士のそれだった。

 やがて、兄貴はひとつ背伸びをした。

「やっと、出た」

 画面には、こうあった。



 >language ?



 僕たち三人は、兄貴のそばに行ってモニターを見つめた。

「使用言語を聞いてきた。まぁ、日本語でいいよな」

 兄貴は、こう打った。



 >language ?

 >Japanese



 すると、画面が更新された。



 >user name :

 >Ready



「ユーザーネーム……って、使用者?」

 順子ちゃんは髪をかきあげ、首を斜めにした。

 友だちながら、ちょっとカワイイ仕草だなって思った。

 うーん、と悩ましいうなり声を上げてて兄貴は、エイッ、とばかりに自分を含むその場の四人の名前をローマ字で打ち込んだ。

 また、よく分からない画面が出てきた。



 >status ?



「……これは一体、何を聞きたいんだろう?」

 秀才の兄貴も、頭をかきむしって考えた。

「ま、何でも試してやれ」



 >status ?

 >friend

 >Ready



 すると、今度は……



 >トモダチ?



「初めて、日本語で聞いてきやがったな」

 兄貴はさらに続けた。



 >トモダチ?

 >Yes

 >Ready



 すると、画面が真っ赤に光った。

 そして——



 Mars Hyper Operating System All Green

 User Setting has already finished



「……準備完了。もう使えます、だってさ」

 兄貴は、椅子の背もたれに思いっきり体を預けてまた背伸びした。



 僕らは、その物体のことをとりあえず『マルスQ』と呼ぶことにした。

 一時間もすると、マルスQは見た目元気になって、部屋を飛び回った。

「多分、自己増殖再生プログラムが入ってるんだと思うよ」

 兄貴は言ったが、話がそこまでくるとさすがについていけない。

 マルスQは、常に名前を入力した4人のそばにいた。

 どんな優秀な頭脳をしているのか分からないが、この4人以外の人間のいるところでは必ず見えないところに姿を隠した。また、自身を透明化することもできた。

 そして、きっちりスケジュールが決まっているかのようにほぼ一日交代で、一人ずつのそばを飛び回った。

 もう、マルスQは僕らのペットのようなものだった。

 兄貴はマルスQと遊びながら、観察日誌をつけた。

 この不思議なメカ生命体には、いくつかの形態があることが分かった。



 第一形態:飛行形態(ビートル)


 ①この形態でいることが最も多い。

 ②甲殻類に似る。羽根を広げ、空を自由に飛びまわる。

 


 第二形態:陸上形態(タンク)


 ①戦車に似た形態。

 ②恐ろしく早い速度で地を這う。

 ③砲身のような筒から、レーザー光線のようなものを発射する。

   昨日、家中のゴキブリを全部殺し、ハエを撃ち落した。すこし好戦的性格

 


 第三形態:バイオ形態(アメーバ)


 ①機械部分をすべて閉じ、ぷよぷよのゼリー球体になった状態。

 ②フワフワと空中を漂う。

 ③僕たちがリラックスしている状態の時に、この形態になることが多い。



【備考】


 マルスQの弱点は、水である。

 水をかぶると、回路がショートして、煙を上げる。

 絶対に、水の近くには近寄らない。

 風呂や洗面所、プールなどにいる時だけは、4人のそばには来ない。

 4人の中では、順子ちゃんが一番のお気に入りのように思われる。

 マルスQは、オスなのだろうか?



 そうこうしているうちに、僕らは中学生になった。

 相変わらず、マルスQと僕らはいい相棒だった。

 忘れ物をすれば、飛行形態で取りに行ってきてくれる。

 家の鍵を忘れて入れない時、特殊な触手で鍵を開けてくれた。

 高校受験の時、テスト問題の答えを僕の頭脳に流してきた。

「こら、それはダメじゃないか。実力でやらないと……」

 でも、やっぱり数問だけは参考にさせてもらっちゃった。エヘヘ。

 合格しちゃったけど、まぁその数問の水増し正解がなくても合格してた、と思っている。というか、思いたい。

 人間って、本当に都合のいい生き物だ。



 僕らは、やがて大人になった。

 兄貴は製薬会社に入り、研究の日々を送っている。

 浅野と兵頭とも、離ればなれになった。

 あ、そう言っても分かんないよね。

 ちなみに浅野とは順子ちゃんのこと。兵頭とは浩次くんのことだ。さすがにもう子ども時代じゃないから、昔のように呼ぶわけにはいかないでしょ?



 浅野さんは中東へ行った。日本の大使館に勤めるんだって。

 兵頭は、会社の都合で北海道に転勤になった。

「マルスQのこと、よろしくね」

 海外に旅立つ前日、浅野は肩の上にマルスQを浮かべている僕にそう言った。

 不思議なことに、マルスQは浅野にも兵頭にもついていかなかった。

 僕と兄貴は、結婚もせずまだ同じ家に住んでいたが、マルスQは僕ら兄弟のそばでずっと浮遊し続けていた。



 大変なことが起きた。

 世界を巻き込む大規模なテロ事件だ。

 テロ武装勢力が、中東の数ヶ国を制圧・占領した。

 その国の大使館員を多数人質に取って、強気の交渉をしてきた。

 国際社会はアメリカを中心にテロ対策に乗り出すが、なかなか有効な打開策を打ち出せずにいた。

 僕ら兄弟は、テログループに捕らえられている邦人リストを見て、驚いた。

 まさか、と我が目を疑った。

 人質の中に、浅野さん……つまり順子の名があったのだ。

「兄貴、まずいよねこれ」

 夜、一緒にテレビで報道番組を見ていた僕らは、うなった。

「ああ。テロ側はすでに見せしめで3人射殺している。今後、国際社会が手をこまねいていたらどうなるか——」

 きっと、浅野のご両親も頭を抱えている事だろう。



 その時だった。

「トモダチ」

 兄貴と僕は、顔を見合わせた。

「今、まさかしゃべった!?」

 その声は、明らかにマルスQからだった。

 長いつき合いの中で、初めて聞いた声だった。

「……トモダチ マモル マモル」

 フワフワ宙を漂って、庭に出た。



 その瞬間——。

 それは、初めて見る形態だった。

 球体がぱっくりと割れ、中から巨大な二枚の翼が。

 あれよあれよという間に、巨大な飛行機になった。

 どう見ても、それはジェット戦闘機だ。

「ジュンコ マモル ジュンコ マモル」

 その言葉を残して、マルスQは夜空の向こうに一瞬で消え去った。



 高速飛行形態に変化したマルスQは、マッハ2の速度で飛行。

 ものの数分で、中東上空に到達。

 テロ側のステルス戦闘機が迎撃に迫り、射程圏内に入ったマルスQに対して、ありったけの空対空ホーミングミサイルを発射してきた。

 現代の技術が生み出したとは思えない、驚異の旋回能力で全弾を回避。

 さらに胴体部分から射出された無数の赤い光弾が、すべての誘導弾を撃墜した。

 そして、マルスQは最終形態とも言うべき巨大な人型に変形した。

 身長70メートルの、銀色の巨人。

 空中の敵機をすべて素手で叩き落したマルスQは、地上に舞い降りた。

 戦車も、砲台も、ミサイルも——

 どんな武器も、マルスQの敵ではなかった。

「ジュンコ・ドコダ」



 テロ国家の援助により、テログループが得たイージス艦。

 浅野順子は、そこに監禁されていた。

 謎の兵器マルスQの活躍に乗じて、国連軍はF-22戦闘機を派遣しイージス艦に対して先制攻撃を行ってしまう。国連軍は、人質の一部がこのイージス艦に乗せられているという情報をつかんでいなかったためだ。最悪なことに、浅野はまさにその艦に乗せられていた。

 このような状況になるなどとは露ほどにも予想していなかったテロ側は、艦に核を搭載しておらず通常兵器のみの武装であった。勝負は、簡単についた。

 マルスQが着く前に、戦闘機の対艦ミサイルによってイージス艦は海の底に沈められた——。



「マダイキテイル」

 イージス艦が撃沈されたペルシャ湾海上。

 戦闘機形態からすぐさま銀の巨人に変形したマルスQは、何の迷いもなく頭から海の中へと飛び込んだ。

 水の只中に飛び込んだマルスQの体は、ブスブスと燃え出した。

 体のあちこちで、回路のショートが起こった。

「ジュンコ タスケル ジュンコ トモダチ」



 マルスQは、僕と兄貴のところへ戻ってきた。

 大きな音に気付いて外に出てみると、空中で戦闘機形態のマルスQは銀色の巨人に変形。そして、手の中に優しく包んでいた浅野の体を、ゆっくりと庭先に置いた。

 本来は美しい銀色の光沢を放つはずのマルスQのメタルボディは、くすんだ灰色になってしまっていた。しかも、何か所もさびたように茶色くなっていた。

 横たえられた浅野の体を見ると、胸が上下している。生きているんだ。

「ありがとうな、マルスQ」

 僕らがお礼を言ってしまう前に、マルスQの体は消えてしまった。

 それから、二度と僕たちの前に現れることはなかった。

 後で、浅野が語ってくれた。自分は海の中から助け出してもらったのだと。

 弱点である水の中でムリをしたことで、力尽きたのだろうか——。



 結局、今でもマルスQが一体何だったのか分からない。

 政府が極秘裏に開発した、国家機密レベルの代物なのか。

 人類が、宇宙人のテクノロジーと共同で開発したものなのか。

 それとも、未来の世界からやってきたものなのか——

 いくらでも想像はできるが、確証はない。

 マルスQが消えた辺りを探し回ったら、一枚のマイクロチップが見つかった。

 兄貴は、そこに何らかの情報データが残ってないかと必死で解析した。

 やはり、ほとんどのデータが破壊されて読み取り不能となっていた。

 ただ、ひとつの文字データを残して。



 >トモダチ

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