メイドオンライン・ゼロ

羽九入 燈

第1話 戦闘メイドの誕生

「おらおら! どけどけ!」


 あーあ、ひったくりか。今月これで何件目だろう。それにしても、こういう現場に居合わせるの多い気がする。気のせいであってほしいけれど、絶対何かの前兆に違いない。


 父が亡くなって一年くらいになる。私が小学六年生の春に電車の事故で亡くなったのだ。今、桜が満開なので、春であっているはずだから──冬に咲くわけがないけれど、温暖化に伴い、そういうこともあるもしれない──あれから一年過ごしたことになる。そしてこの春から、私の母親である鳴度雛が癌により入院した。

 まったく、災難が続く。それでいて、殺人事件の現場とかに出くわすと来たもんだから、警察に知り合いができた。第一発見者が私ということは最近結構ある。学校帰り、友達と別れてから途端に出くわす。全部の事件を私が手引きしててもおかしくはないくらいにだ。


 今も事件の現場に居合わせている。今日はどうやらひったくりらしい。今月やけにひったくりがおおくて困る。

 覆面を被った男がナイフをちらつかせながらこちらに走ってくる。


「どけどけどけ!!」


 嫌です、そう返したかったけれど、話すと穢れそうなのでやめておいた。あいや、私が一方的に言えば問題ないのかな。まあいいや。こっちにくるっつんなら、受けてやろうじゃなの!

 ──と言ってもやることは、


 ①退くふりをして足を出す。


 ②足が足に引っ掛かり、昏倒します。


 ③お疲れ様でした。


 ってな感じで、やる。もちろん、覆面男は派手に転ぶ。顔面から。いったそー。あ、自分がやったんですけどね。

 一応拘束しとかないと、回復してでもしたら大変だ。おっと、学校指定カバンに手錠が!なんでこんなところに! いやぁ、あるならしょうがないよねっ!

 うつ伏せで転がったままの男の両手両足に手錠をかける。これで逃げられない。


「あのー、このバック、貴女のものでしょうか」


 ぜーはーぜーはー言っているどこか出掛けるのであろう女性が近寄ってきたので聞いてみた。覆面男がバックを盗ったところを見たわけではないので、この人がこのバックの持ち主かはわからないが、可能性的にありえる。なにせ、この赤いバックは女性ものだが、近寄ってきている女性を除けば、女性はババア──おばあちゃんしかいないからだ。


「す、すみません。ありがとうございます!」


 そう言ってきたので、この人のものなのか、とバックを渡す。この人絶対彼氏いるな。しかも、彼氏からのプレゼントだろ、そのバック。これからそいつと食事にでも行くのかな? おしゃれしてるし。化粧もバッチリ。薄くだけれど、この人の顔にはそれが合う。なかなかの美人だ。


「多分、事情聴取されると思うんですけど」


 そう言うと、問題ありません、と暗い顔で言った。何かあったのだろうか。見当がつかないわけではないが、そもそもの前提があっているかも怪しいのに見当がつくつかない以前の問題だ。(まぁ、あれだね。つまり、フラれたんだよねこの人。想像でしかないけど)

 周りにいた人たちは、興味を失ったのか、ちらほらと歩いて行く。

 しばらくすると、パトカーのサイレン音が聴こえてきた。やれやれ、早く帰りたい。






 という私の願いは、却下されたのか、またもや事件に遭遇した。

 学校帰りだからお腹が減って早くご飯食べたいし、体育が六時間目にあったものだから、シャワー浴びてあと寝たい。てか、一日中眠い私にとって、帰ってからすぐに寝る行為は、極めて重要なことなのだ。

 遭遇した事件っていうのは、ひったくりレベルのものではなかった。殺人ではなく誘拐。誘拐されているのは、十七歳ほどの少女だ(年下である私が〝少女〟と言うのは少し違和感がある)。彼女は何故か軍服を着ている。似合いすぎ。


「ちょ、やめっ───むぐ! むむむむぐぐ!!」


 やめろと叫ぼうとした矢先、白い布を口に入れられた。二人の覆面人は少女をワゴン車の荷台に入れ、残りの三人は、一人は運転席に、もう二人はパイプを持って辺りを警戒している。……って、おーい! 私ここにいるんだけどー!? 私、透明人間? お、確か、少◯探◯シリーズに透明人間出てきたな。二◯面◯なんだけど。


「さすがにほーっておくわけにもいかないし」


 しょうがないか、と呟いたあとの行動は早かったと思う。

 シュゴッ という音とともに地面を蹴った。蹴って蹴って一瞬の間にパイプを持ったひとりの覆面人の間合いに体を滑り込ませ、弾丸のように拳をお腹に捻り込み、吹っ飛ばす。その覆面人の後ろには、ワゴン車があり、車体にぶつかった。ズドンッ──!! と派手な音をたてた。


 ──シュッ


 男たちの行動は、早かった。パイプを持っていたもうひとりが私に襲いかかってくる。上段からの思いきった振り。素人もいいところで、大振りなためにおそい。それを避けずに左手で受け止める。捻るようにしてパイプをぶん取り、そのパイプで覆面人の顎を下から上へ打ち上げて強打する。気を失って後頭部からアスファルトに倒れた。

 さて、次は──と、やっば!

 少女を運び入れ終わっており、車が出る寸前だった。私の方に車体が向いているので、ひいて行くつもりなのだろう。

 車が動き出した。思いっきりアクセルを踏み込んだのだろう、キュルキュル、とタイヤが擦れる音がする。

 ぶおーん、と。

 ぶおーん、と。

 車が突っ込んでくる。運転手の顔が見えた。覆面は取ってあるらしい。なかなかのイケメ──不細工だった。しかも、顔が嗤っている。目を見開いているからなのか、めちゃくちゃ怖い。


 ──アハハハハハ──


 ヤバい。聴こえないはずの嗤い声が聴こえた。幻聴? ヤバい。イカれているのか、私は。


 あ───────







「───ふんぬぅぉおああああ!!!!」




 バキリ、と。


 メキリ、と。


 車体正面が、波紋状にひび割れた。


 ────ドッ─────ゴォォォオオオーン!!!!!


 遅れて破壊音が鳴り響いた。

 車は、後ろが少し浮き上がり、ドスン、と落ちた。

 運転手はどうやら目を疑っているようで、手で目を擦ってまた見る。

 私が何をしたのか。まあ、だけなんだけど。呼吸によって、一瞬だけ右拳に力を加えて思いっきり殴る。それをやっただけなのだ。

 私は、とある武術家に弟子入りをしている。亡くなった父のお師匠様で、私は小学一年のときに指南をお願いしたのだ。それからというもの、警察官五人でかかってきたとしても、圧勝できるレベルにはなった。五人というのは少ない。もっと多く相手にしても圧勝するだろう。今のように、車を停めることを容易だ。


「にゃろ!」


 男が襲いかかってきた。あ、運転手さんだ。手には、警棒のようなものを持っている。警官でも襲ったのかな?

 警棒を振り回してくる。交わしまくって、拙わらしいので、右手を手刀にする。それを横凪ぎに振り──

 からんからん、と半分から上が落ちた。運転手は目を見開き驚いている。あれ、フリーズしてる?


「……気絶しとる」


 目の前で手を振っても反応しない。なんて弱っちいやつ。腹パンで立ったまま気絶していた運転手を地面に転がした。

 残りは二人。どうやら車から降りたようだ。ひとりは拳銃。もうひとりはハンマー。


「って、ハンマー!?」


 拳銃は、どっかで襲った警官から警棒と一緒に盗ったんだろう。しかし、ハンマーってなんじゃそりゃ。しかもそのハンマー、大きいんですけど。重さ何キロだよ。もしかして、トン? それはないか。

 覆面男Aが拳銃を向けてきた。射つ気なのか──


 パーン!


 拳銃発泡。その弾丸は、私の右頬を舐めて通りすぎていった。ピリッと痛むがたいした傷ではない。血は少し垂れている程度だろう。

 多分、予備の弾は持っていないだろう。そこまで考えるやつとは思えない。しっかし、今のよく当たったな。頬を掠っただけだけれど、反動でもっと違うところに飛ぶと思っていた。

 うん、いい相手になりそう。修行の一環だ。


 パーン!


 拳銃男が射つ。プピューン、と肩口辺りを通過する。あと五ミリほどで肩に弾丸が当たっていた。

 ──ん? 手、震えてるんじゃん。やめといた方がいいと思うけど──ぐぅぅぅぅ。


「あ、」

「あ」

「あぁ?」


 私と覆面男二人は、今の音が何なのか考え始めた。


 ──ぐぅぅぅぅ。


「……私でした♪ てへっ☆」


 私の腹の音だった。だってお腹空いてるんだもん。


「舐めてンのか、あ゛あ゛ん?」


 舐めてないから。あーもう、早く終わらせよっ。お腹空いたー。

 直後、弾丸が飛んできた。とっさに右手でその弾丸を


「へ?」


 覆面男二人は、何が起きたのかわからないでいた。オーケー、それでいい。

 拳銃男を先にやっつけよう。

 地面を蹴る。スタンッ! と蹴った音が数秒後に聴こえた。その頃には、拳銃男の顔面を殴り飛ばしていた。

 それを見てか、ハンマー男が大きく振りかぶって、打ちつけた。ガゴン、と地面に打ちつける。とっさの判断で、後ろに一歩下がった。ここでハンマー男の致命的なミス。それは、


「ハンマーを振り終えた後の隙が大きい」


 私は、掌打して昏倒させた。







「あのー、すみません。わかりますかー」


 荷台に縛って寝転がされていた少女に声をかける。私が車を殴ったときに気絶したのだろう。すみません。


「……ん、……うぁ」


 お、反応があった。揺さぶりまくれば、起きるかな。両肩を掴んで、ふるふるふるふるふるふるふる───


「──あばばばばばばばばばばば」

「あ、起きた」


 目を覚ました少女が一番に体験したこと。それは、私の揺さぶりに耐えることだった。揺さぶるのをやめた私は、彼女に訊いた。


「お名前、わかりますか」

「え、あ、うん。わかるぞ」


 ん?


「俺は、紅栖乃木織羽。なんかよくわからないが、ありがとう」


 ははぁん。この人、男口調なんだ。


「何があったんてす? 誘拐されようとしてたなんて、何かあったとしか」

「ああ、いや。家が家だからな。金目当てだろう」

「金、目当てですか」

「うん、そう。俺の父が大きな会社やってて、お金がめちゃくとゃあるんだ」


 つまり、金持ち、と。なるほどね、それりゃあ、狙われるわな。


「今日は、ひとりで出掛けてたんですか」

「学校だったんだよ。それにメイドがひとりいた」


 メイド! そのくらいお金があるんだ。というか、ボディーガードじゃないのかよ!


「男ひとりくらいなら倒せるからボディーガードいらないかと思ったんだが、雇った方がいいな」


 はい、是非そうしてください。


「学校というと、桜ノ花高校ですか? 高校生に見えますし、そうだとしたら、私服オーケーな高校はそこしかないんですけど」

「うむ、そうだ。君は、高校生?」

「いえ、中学生です」


 私は何故か、高校生と間違えられるのだ。背は普通くらいだし、顔立ちも幼くはないけれど、高校生に見られるほどではないはずだ。だというのに何故か間違えられる。


「それは、胸だ」

「胸ですか」

「そう、胸。君のは、デカイ。中学生平均を遥かに上回る大きさだ。日本人女性の平均より大きいか」


 それを言ったら、あなたもそうでしょう。というか、私よりも大きいじゃないですか。


「じゃ、君は中学生でいいんだな。どこ中だ?」

「桜ノ花中です」




 中高一貫の学校、さそれが桜ノ花中等教育学校だ。お嬢様学校ではないが、結構お嬢様が通っている。昔は、女子高だったらしいが、その近くにあった男子校と統合して、今の桜ノ花中等教育学校になった。




「なんだ、後輩なのか。なら、何で制服なんだ?」


 先も言った通り、桜ノ花は私服オーケーの学校だ。その学校に通っている私が何故制服を着ているかといえば、


「この制服、私の母のものなんです。昔、桜ノ花が統合していなかった頃、制服着用だったんだそうです。その制服がこれです。母がそこに通っていたので、取ってあった制服を着てみたというわけです」

「ふぅん、なるほどなぁ。ちゃんと学校名の刺繍までしてあらぁ。それで、君は何年生だ?」

「一年生です」

「なら、俺のことを知らなくて当然か」

「有名なんです?」

「いや全然」

「全然って。先輩は、何年生なんです?」

「三年。だから、今年受験生」

「大学行くんですか」

「行かないよ。小学校卒業してから海外で飛び級して三年勉強して戻ってきたから、大学までの勉強はやった」


 頭良すぎでしょ。なのに何故、高校にきてんのよ。


「高校行ってないからどんなものかと思ってね。高校って案外面白いんたまな。海外むこう行ってたときは、友達なんかいなかったからね。こっちで友達できて楽しい。まあ、向こうで友達──といえるかわからないけど親しかったやつはいた。けど、俺がこっちに戻る数日前に事故で死んじゃったからね。今じゃ会えない」


 そこまで話さなくていいよ。暗くなっちゃうから。というか、既に暗くなってるけど。話変えた方がいいよね。


「ああそうだ。警察呼びましたので、何か聞かれると思いますが……」

「はじめて警察の厄介になるなぁ。今までギリギリ警察の厄介にならなかったけど、とうとう来たか」


 ……今日みたいなこと、今までに何回もあったの!? 事件に巻き込まれ体質!?


 ゥゥゥウウウウ


 パトカーのサイレン音が聴こえてきた。やっと来たか。


「じゃ、ちょっと待っててください。私、誘拐犯を見てきます」


 そうか、と頷いた紅栖乃木さんを置いて、手錠で拘束した誘拐犯を見に行く。


「まだ気を失ってる。……あ、パトカーだ」


 パトカー二台と覆面パトカー一台がこちらに向かってきた。パトカー二台が止まり、警察官が降りてくる。若い男三人に、若く見えるが他の二人より歳上の男。警察の制服を着た二人の内、一人は、花山という三十代の男で知り合いだ。もう一人と刑事の若い男は知らない。


「お疲れ様です。犯人五人、拘束してあります。ワゴン車の荷台に誘拐されそうになってた女性一名がいますのでお願いします」


 私はそう伝えた。


「ようし、花山くんはその女性を保護しろ。国北、と」

「中島であります」

「オーケー、中島。お前ら二人は犯人を車に乗っけろ」

「わかりました」

「了解しました」

 若い男三名は、行動し始めた。先ほど命令を出していた男が、私のところに歩み寄ってくる。


「かおちゃん、またかい」


 話しかけてきた。


「ええ、またですよ。今日は、非番じゃないんですね、飯塚さん」


 飯塚透警部。本歳四十二歳。警察の人の中で一番仲のいい人だ。彼は既婚者であり、その妻である華仍はなよさんとも仲がいい。


「ああ、今月は丸々仕事だ。それにしてもよく事件に遭うな、お前さん」

「この事件の前にひったくり犯を捕まえました」

「ありゃりゃ、かおちゃんに目ぇつけられると、ひどい目に合うんだよなぁ、これが」


 目をつけられるって、悪いことしてるんだから当たり前だと思うんだけど。というか、ひどい目ってなに?


「警部」


 刑事の男がやって来た。犯人をパトカーに入れ終わったかな。


「終わったか」

「はい。それで、あちらの女性の方ですけど」


 刑事──国北さんの目の先には、紅栖乃木さんがいた。


「身元訊いたか」

「はい。紅栖乃木織羽。十六歳。母親、父親、兄の四人家族。父親の玄霧は電子技術開発を行っているクスノキ社の社長で、現在は息子である啓介を代理社長とし、玄霧とその妻である鞠は、アメリカにある支部にいるとのことです」


 有名な会社の社長の娘さん!? 紅栖乃木って名字、その会社以外に聞いたことないから、気づけよな、私。


「あのクスノキ社のご令嬢か。その娘を誘拐しようなんざ、絶対何かの組織が一枚噛んでいるな。だがよ、そんないいとこのお嬢さんなら、護衛くらいいるだろ」

「メイドがいたようですが」

「メイド? ボディーガードじゃなくてか」

「はい、なんでも、男ひとりくらいなら相手にできるとのことで、雇っていないようで」

「そのメイドはどこに行ったんだ」

「そのメイドとはぐれたそうです」

「迷子か。じゃあ、もしそのメイドがあの嬢ちゃんと一緒にいたら、二人とも誘拐する気だったんだな」


 結構大きな組織なのかな。この情報だけじゃわからないけど、なんとなく、そんな気がする。危険な匂い。それがぷんぷんする。

 ん? 国北さんが私の方をチラチラと見ている。気になるのだろうか。とりあえず、自己紹介をしておこうかな。


「ああ、こいつは、国北衛っていうんだ。新人刑事なんだ」


 私が言う前に紹介された。まあ、私はあまりコミュ力高くないし、よかったけど。


「どうも、国北と言います」

「えっと、私は、鳴度薫子と言います。ついこないだまでは、別の人が飯塚といたので不思議な感じがします」

「いやあ、飯塚さんと普通に喋っているほうが不思議ですよ」

「『現場の番犬』でしたっけ」

「知っているんですね」

「前の人──鹿波美帆刑事が言ってて」

「鹿波先輩ですか。そういえば、飯塚さんのバディーでしたね」


 鹿波美帆。二十八歳。黒髪ロングで『私のいいお姉さん』って感じの人だ。よく食事したりした。同年代の友達より仲が良かったかもしれない。刑事なので、頻繁にとはいかないが、一週間に二日はあっている。


「おお、打ち解けてるな。花山くん、お前は車で誘拐犯を連行しろ。中嶋もだ。国北は、紅栖乃木の嬢ちゃんを車に乗せて戻れ。もうすぐ他の奴らが来るから、俺はここに残る。いいな」


「「「わかりました」」」


 国北さんと中嶋さん、花山さんが各自パトカー、覆面パトカーに乗って警察署に向かった。

 で、私は何をすればいいのだろう。ワゴン車の中でも見ようかな。


「やめとけ。今からくるやつは煩いやつだから。現場を荒らすとこを見られたら死ぬぞ」


 物騒ですね。というか、あなたもそうでしょう? 


「頼みがあるんだが」


 飯塚さんが切り出した。


「仕事ですね」

「ああ。今回の件、なんかきな臭い。紅栖乃木の嬢ちゃんがまた拐われるのかわからんが、何かが起こる」

「わかりました。個人的に気になったので大丈夫です」

「金は前金入れとくから」


 ありがとうございます。これの仕事が一番儲かる。バイトやるよりこっちのほうが向いているんだろう。ぎちぎちにスケジュールが詰まることはなく、体を動かせる。

 そうと決まれば、あとは、


「帰るか」


 紅栖乃木さんは飯塚さんに任せといても大丈夫だろう。それより私は、早く帰って飯食べて寝たいのだ。

 さらば──私は、幸せに向かって走るよ。




「えぐっ」


 夕飯を食べて風呂に入った私は、自室のベッドにダイブした。ボヨンボヨンと弾み、微かに私の体が跳ねた。 

 あーもう、疲れたー。ねるー。


 ラーラー、ララララ、ラーラー、ララララ、ラーラー


 電話がきた。誰ですか私はもう寝るので勝手に繋げてくださいお願いしますああ繋がったとしても寝てる私は喋れないので明日かけ直してください。

 という願いは届かず、スマホが私の頭上て鳴り響く。夜だからなのか、ものすごくうるさく感じる。あーもう! 出ればいいんでしょ、でれば。


「……あい」

「かおちゃん、俺だ」


 飯塚さんですか。何ですか、夜だというのに。寝ようとしてたんですよ。


「かおちゃん、まだ八時だぞ。小学生か」


 八時だから何だというんですか。眠いなら寝るでしょう、普通。昼寝だって眠いから寝るでしょう?


「まあ、いいんだ。それより、明日、学校休みだろ」


 今日は金曜日。つまり、明日は土曜日ということだ。土曜日に学校があるところもあるみたいだけど、うちの学校はない。

 それで何でしょう。


「今日助けた紅栖乃木織羽嬢がお礼したいって言うんでな」


 誰に。


「かおちゃんにだ。それで明日の昼、十一時くらいに車を行かせるらしいからちゃんとしろよ」


 つまり、紅栖乃木家にお邪魔するということ?


「そういうことだ。お昼をご馳走するってさ」

「飯塚さんは?」

「俺はぁら行かねぇよ。声はかけられたが、警察の職務なんで当然のことをしただけだと断ったさ」


 裏切ったな。


「裏切るもなにも、一緒に行くなんて約束はしてねえし、俺とお前じゃ性格も何も違うだろ」


 はいはい、行けばいいんですよね、わかりましたよー(棒)。


「だがよ、お前に頼んだ仕事は紅栖乃木家に関わるんだ。ちょうどいいと思うがな」


 まあ、情報集めるとしたら聞くほうが早いし、いいですけどね。


「気を付けろよ」

「行けと言っておいてそれですか」

「一応、お前はまだ子どもなんでね」







 翌日。

 わあーお。高級車が目の前に止まっている。何でここに止まっているんだろう。ひとんちの前だよ。私の家だよ。誰を待っているの?


「お待たせいたしました、鳴度様」


 メイドが一礼した。おぉ、私に用なのか。これに乗れと? 無理無理、乗れるわけがないだろう。高級車だよ? リムジンではないけれど、黒い高級車。


「どうぞ」


 メイドがドアを開けた。拒否権はないようだ。


 向かった先は、森の中だった。ちゃんと道が補正されていることから、かの道は頻繁に使われていることがわかる。つまり、この先には、人が住む家があるということだ。

 結構奥深くまで進むと、開けた場所に出た。そこには、大きなお屋敷が建っていた。

 車が止まる。やはりここで間違いないようだ。

 メイドがドアを開けてくれたので降りる。メイドの後ろをついていく。

 キュイー、と玄関のドアを開き、ススーと中に入る。

 お屋敷の中は凄かった。玄関の壁やら廊下の壁やらに絵画が。廊下にある電気は、一つ一つ小さなシャンデリア。内装は、コンクリートではなく木材。自然の色が出ていて落ち着く。

 メイドの後を追うと、とある部屋に入った。ここは、リビングだろうか。しかし私が知っているリビングとは、到底かけ離れたものだ。

長いテーブルとそこに並べられた椅子。花瓶やらなんやらと。そこにあるものは全て高価なものだろう。

 その部屋を過ぎ、廊下に出る。少し歩くと、ドアを開けて入った。──否、外へでた。

 そこは、中庭だった。下はふわふわとした草が生えている。今日かの天気ならば、そのままダイブして寝たいものだ。

 中庭の真ん中。そこにパラソルのような大きな傘と丸いデーブル、二つの椅子があった。一つの椅子には、先客がある。女性だ。見れば、昨日助けた紅栖乃木先輩だった。うん、軍服を着ている。似合うなぁ。その脇には、メイドが一人立っていた。


「お、来たか。すまんな、呼び立てて」

「こんにちは、先輩。今日はお招きありがとうございます」


 近くに寄って挨拶をする。先輩が、まあいいから座れ、と促してきたので向かいの椅子に座った。

 先輩は、メイド二人を下がらせると、ニヒヒ、と笑った。


「驚いただろう?」

「ええまぁ、驚きました。庶民の私には、縁のないところですからね」


 小鳥のさえずりが聴こえてくる。んー、癒される。


「今日呼んだのは、昨日のお礼をしなくてはと思ってな」

「そんなのいいですよ。偶々居合わせたみたいなものですから。私にとっては、いつものことです」

「それはいつものことと言えないだろ」


 先輩は、微笑した。何がおかしかったのだろう。私のような目に遭う人はそうそう居ないからか。


「まぁ、いい。もう少しで昼食ができるだろう。それまで話をしよう。率直に言おう。君、私のボディーガードをしてくれないか」


 なにも予想していなかったわけではない。しかし、このよくわからない私にその話を持ちかけるだろうか。そして、私は女。ボディーガードにするならば、男が適切。先輩の頭は大丈夫なのだろうか。


「それは、仕事の依頼、ということですか」

「いや違う」


 首を振った。ならば、なにか。


「君を俺の専属ボディーガードとして雇いたい」


 雇いたい。そう彼女は言った。


「……飯塚さんから聞きましたね」

「すまない、聞いた。俺は見ていないが、誘拐犯を倒したのは君なのだろう? 女の子である、しかも、中学生の君がそこまで強いとなると、ただ者じゃないことはわかった。だから、確認のために聞いた。信用に値するものなのかを」


 普通の人ならば、そんなこと気にはしないだろう。だが、彼女は違った。

 飯塚さんには、私のことを全て話した訳ではないけれど、肝心なところは聞けただろう。


「……それを拒否する権限は、私にありますか」


 そうは言ったものの、断る理由が見当たらない。雇いたいと言ったのだ。それを聞いて、断るなんて人がいたら、腹パンの刑だ。


「ある。断ってもらっても構わない。それを覚悟で言った」

「……わかりました。私を雇ってください」


 私は、そう言った。


 昼食の準備が出来たと報告しに来たメイドに連れられ、私たちはリビングに向かった。

 テーブルの上を見ると、料理がずらりと並んでいた。めちゃくちゃ豪華だ。


「ではいただこうとしよう。遠慮するなよ」

「あ、はい。いただきます」


 見たこともない料理。パスタがメインのようだ。海老にイカ、タコか入っているシーフードパスタ。食べてみると、めちゃくちゃおいしい。これは、アンチョビだな。他には、牛のロースなどなど、食べたことがないものばかり。


「美味しいです」

「それは良かった。あ、彩花、骨付きチキンが食べたくなった」


 先輩が斜め後ろに控えていたメイドに名前で呼んだ。あの人、彩花さんて言うんだ。これからここで働くのだから、名前は覚えとかないと。


「かしこまりました。伝えて参ります」


 そう言って、彩花さんはキッチンに向かった。


「彼女は、この屋敷にいるメイドの総括、メイド長なんだ」


 メイド長かよ! 雰囲気的にお姉さんっぽかったから、わからなくもない。何歳だろう。


「お前は……そうだなぁ」


 君からお前になっている。私がボディーガードになったからかな。


「あ、そうだ!」


 先輩はぽん、と手を打った。何だ何だ、何を思い付いた。


「鳴度薫子でいいんだよな」

「はい」

「じゃあ、薫子。お前を特別メイド長に任命する!」


 なんですか、その特別メイド長って。思いっきり今考えたでしょう。というか、ボディーガードなのにメイドなんですか。


「だって、ボディーガードとかSPとか女の子の職種じゃないじゃん」


 している人はいますけど、イメージ的には、男性が多いでしょうね。


「というわけで、今日から特別メイド長に任命決定! おめでとう!……あ、彩花! 薫子を特別メイド長にしたぞ!」


 彩花さんが戻ってきた。って、パチパチ拍手しないでください。おおっ、ぞろぞろとメイドたちが湧いてきた。って、パチパチ拍手しないでくださいよ!


「いいじゃないか。あ、お前たちも飯にしてくれ。いいからしてくれよ。彩花もだ。はいはい、食べてな。肉は持ってきて。もう少しでできる? わかった」


 なんか、こういうのも悪くはない。ボディーガードかぁ。問題はないと思うけど、メイドとしてはどうかな。メイドねぇ。実感わかない。


「薫子。俺のことは、お嬢様ではなく、織羽と呼んでくれ」


 それはメイドとしてどうかと思うんだけど。なので言おう。


「いけませんよ、お嬢様。〝俺〟なんて使ってはいけません。もっと女の子らしくしてください」





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