蛺蝶

深川夏眠

蛺蝶(たてはちょう)

 お茶に招かれ、勧められるままカップを傾けるうち、日が暮れた。オルゴールの音色が微かに聞こえたが、彼の中から漏れたに違いない。

「死んだ双子の片割れだよ」

 シャツのボタンを外して胸を晒した、そこに文庫本だいのフレーム。皮膚がられ、アクリル製のコレクションケースのようなオブジェが埋まっている。小さくて、顔の造作は定かに見えないが、どうやら彼のミニサイズの相棒が、両手で丸い時計を抱え、目を閉じて脚を投げ出している模様。周囲を飛び交うのはサイケデリックなタテハチョウ。

「生きてるの?」

「もちろん。血がかよってるから」

「へぇ」

「驚かないな」

「大概のことにはね」

 小型の人間と蝶の標本が時を告げるとは、何とも羨ましい。どうしても欲しくなって、テーブルのケーキナイフを掴み、素早く彼に斬りかかった。若干、こころもとないものだったが、予想に反して彼の身体からだはスフレのように滑らかにやいばを受け入れ、くずおれた。ていな時計を取り出すのも簡単だった。

 彼が着ていた服にくるんで持ち帰り、方法を思案した。思いついたのは、自分の血管に針を刺してチューブを繋ぎ、からくり時計を点滴スタンドに固定することだった。

「いや、上下が逆か」

 上手く行くか不安になって、ケースを覗いた。幸い、このは後頭部にも豊かな髪を蓄えている。こちらの考えを察したのか、生けるオーナメントはギロリと目を剥いた……と思うや否や、チロっと舌なめずり。

 赤く染まって膨らんだ満足げな唇を見て、しばらくこのまま過ごそうと決めた。



                【了】


*縦書き版はRomancer『月と吸血鬼の遁走曲フーガ』にて無料でお読みいただけます。

**初出:同上2019年7月(書き下ろし)

https://romancer.voyager.co.jp/?p=116522&post_type=rmcposts

***⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/uqvuLwHM

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蛺蝶 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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