第14話

 まだ薄暗い早朝。まとめていた荷物を背負い受付で支払いして宿を出た私は、南東方向へと道なりに進みエスト地区を目指した。三つ目と四つ目の動力源はエスト地区の北と南に距離が離れているのでなるべく早めに終わらせ、五つ目の動力源があるシュッド地区へと向かいたかった。恐らく今日は途中で日が暮れてしまい野宿になる気がするが、運良く行けば途中でまた宿に泊まれるだろうと考えている。


「だが、まずはこの険しいを山々を越えなくてはな……」


 ノル地区とエスト地区を繋ぐこの山脈は、サンティエ帝国の中央に位置するサブリイェを護る城壁のような役割をしていた。サブリイェ、通称「時の街」は、サンティエ帝国の国王等が住んでいる重要な街であり、絶対に陥落されては行けない場所だった。そして私が住んでいるルーヴルはこの国の西端に位置し、唯一地続きで他国と繫がっている場所だった。海を越えての戦争となっている現在だが、いつ地続きのこちら側から攻め入られるかもわからない状態であり、また火の粉がこちらへと降り注ぐのを回避したいということもある。こういう時ばかりは、サンティエ帝国とグリシーヌ王国に挟まれているフリュイ国が可哀想に思えてくる。


「それよりも今回の戦争の発端は、また天使達と悪魔達が始まりだったのだろうか……」


 私が住んでいるサンティエ帝国は死神が統治する国であり、各代の死神を支え、時には叱り正してきたのが黒猫の家の悪魔達であった。悪魔と言っても死神を支えている悪魔達は悪いわけではない。私が生まれる前はどうだったのかはわからないが、少なくとも私が知っている限りでは黒猫の悪魔達はそうだった。同じ悪魔種ディアブルで夢魔もいるようだが、彼等はこの国にはいないようで、そちらの方は私はよく知らなかった。


「それにしても、この山々を越えるのは辛いな……」


 様々なことを考えていたら山越えを始めてからだいぶ歩いていたようで、一つ目の山の中腹くらいに来ていた。ここで一度休憩しようと思い、手頃な岩に腰掛けて荷物の脇にかけたスキットルの水を飲んだ。一息吐いてからスキットルを元に戻すと、背後の茂みから何かが動く音が聞こえてきた。そういえば前にここは山賊が出ると聞いたことがあるが、もしそうだった場合はどうにかするしかないだろう。まだ昔のように身体が動いてくれればいいのだが。


 私は何も気づいていないふりをし、腰を上げまた険しい山道を歩いていく。茂みに隠れている何かも私の後をつけるように移動しており、動物では無く人間だろうと感じて前に聞いていた山賊ではないだろうかと予想した。


「こそこそと隠れてないで、いい加減に出て来たらどうだ」


 いつまで経っても現れない誰かに、私は痺れを切らして声をかけた。舌打ちをしながら出て来たのは、口元を赤いバンダナで隠している褐色で背の高い男だった。


「君が噂になっている山賊か」

「知っているなら話は早い。持っている物全部置いていきな!」

「その話は聞けないな」

「ならば、力尽くで奪い取るまでだ!」


 腰に付いていたナイフを引き抜き、男が私目がけ駆けてくる。それをギリギリまで引き寄せて、身体を一歩横にずらしてかわす。かわされた男は少しよろけながらもすぐさま振り向き、左下から右上へナイフを振り上げる。今度はそれを後退してかわし、男がまたナイフを振り上げる。何度かそれを繰り返してからナイフを握っている腕を掴み、男に足払いをして地面に叩きつけながら掴んだ腕を捻り上げ、男の背中に馬乗りになり押さえつける。


「くっそ、動けねえ! へなちょこかと思ったのに、何者なんだよ!」

「私はただの旅人さ。だが、見た目だけで人を判断しない方が良いな」


 男の手からナイフを奪い木へと目がけて投げ飛ばし、まだ戦う意思があるのかを聞いてみる。


「まだやるか?」

「離せ! なんで俺がお前みたいな奴に!」

「まだやるのかと聞いているのだが?」

「やらねえよ! だから離せ!」

「そうか」


 私は馬乗りになっていた男の背中から降りて腕を離し、何事もなかったかのように男に背を向けて歩き出す。背後で男が「チョロいぜ」と言ったのを聞き逃さず、袖口に仕込んだ小さなナイフを振り向きざまに投げた。ナイフは顔の横を通過し、男の耳に切り傷を作り木に刺さった。そんな事態になった男は小さく悲鳴を上げ、後退りをする。その様子に私は冷めた目でこう続けた。


「私の手を君の血で汚してくれるなよ?」

「くそが! 覚えてやがれ!」


 捨て台詞を残し、山賊の男は脱兎のごとく森の中に消えた。やりすぎたかと少し後悔したが、あの様子だとまた誰かに迷惑をかけそうな気もしている。それに、私が心配をしても意味が無いだろう。


「先を急ぐか……」


 服に付いた土埃を払い、エスト地区を目指すために再び歩き始めた。遥か昔に女帝と交わした約束と、代々の女帝達から受け継がれてきたこの国への想いを守るために。


「そういえば、ジャックに全然会っていないな。私が逃げろと言って逃げたことを、コトリに見つかって怒られていないといいのだが……」


 コトリが付けてくれた護衛の青年を思い出しながら独り言を呟くと、背後から声をかけられた。


「私はずっとあなたのそばにいますよ、エリックさん」

「なんだ、逃げてないのか。いたのなら声をかけてくれよ」


 驚いて構えたものの、声の主を確認して安心した。


「いえ、一度は逃げて主の元へと戻りましたが。コトリお嬢様のお姉様に相当怒られてしまいまして……」

「約束を放り出して何事なんだ。とでも怒られてしまったのかな」

「はい……」


 コトリではなくそのお姉さんに怒られてしまったというわけか。王家の血筋であるコトリの姉ということは、彼女もまた王家の一人。下手したら現在の女帝かもそれないということ。そんな人物に逆らってしまったら、どうなるかは想像したくもない。


「君も大変だな、ジャック」

「いえ。それはそうと、エリックさん。何故、コトリお嬢様や私に貴方が結界の守護者の一人だと教えていただけなかったのですか?」

「それは、今のこの街の状況と関係するからだ」

「街の状況とは。一体、何が起きているのでしょうか」

「魔女狩りだよ。だから誰かに聞かれて情報が漏れるのを避けたかった。隠してしまって悪かった」


 私が結界の守護者だということを隠していた理由を話すと、ジャックは少し黙り込んでから話したことに対するお礼を述べて、私の手伝いをすると申し出てくれた。一人でやっても良かったのだが、怒られて戻ってきた彼をもう一度帰すことは私には出来ず、彼の申し出を受けることにした。


「それじゃあ、これからよろしく頼むよ、ジャック」

「よろしくお願いします。エリックさん」


 お互いに言葉を交わし、山道を進みながらエスト地区ヘと向かう。気付けば山はもう下り坂が多くなっており、もうすぐそこまで来ているのだと知った。


 国で一番の鉱山の街である、エスト地区。どのような発展を遂げたのか、私は楽しみで仕方ない。そう思いながら、二人で街へと進み続けた。

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小さな死神と老いた魔術師 樫吾春樹 @hareneko

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