彼女とBAR5p

「あら、マスターの奢り? ありがとうマスター。マスターの奢りなら気持ちよく飲めるわ。頂くわ。はぁ、マスターは良い男よね。世の中の男が皆んな、マスターみたいな良い男になったら最高なのにね……」

 マスターは、女に言われた通りに、扉を開けて外に向かって塩を撒きながら「ありがとうございます」と言う。

 そして、マスターは、塩を撒き終えると、女に軽くお辞儀をして、従業員専用と書かれたプレートの貼り付けてある扉の奥へと消えた。

 一人、バーに残された女はマスターの奢りであるホットカクテルをゆっくりと味わった。

 時折、女は目を細い指でゴシゴシと擦る仕草をする。

 そうして女はカクテルを飲み干すと、メンソールに手を伸ばし、それに火を点けようとした。

 しかし、女はライターがない事に気づく。

(しまった。あの男に貸したままだわ)

 忌々しげに女は舌打ちする。そこへ、いつの間に戻って来ていたのか、マスターが、白いタオルの上にマッチ箱を乗せて、黙って女へ差し出した。

「……ありがとう、マスター。マッチも。それに、タオルも……」

「いえ、タオルは、もっと早くにお貸しするべきでした。しかし、コウコさん、泣いていらしたので……タオルをお出しするタイミングを考えてしまいまして。すみませんでした」

 頭を下げて言うマスターに、女、美枝内江子(ミエウチコウコ)は、「あらら、私が泣いていたの、気づいていたのね。マスターには敵わないわ」と、照れくさそうに言った。

 江子はこのバーの常連客だった。

 江子は、週二回は、このバーで飲んでいる。

「ははっ。私ね、急に……なんだか泣きたい気分で……ずぶ濡れだし、泣いていても分からないだろうなって思って……それで、ここへ飲みに来たんだけど、なんか、おかしなヤツラに声をかけられちゃうし、もう最悪って感じ。一人にして欲しいのに本当、しつこいったらなかったわ! でも、マスターが、私が泣いているのを気づかないふりをしてくれようとしていたなんてね。アイツラには私の涙は目に入って無かったみたいだけど! 本当、マスターには敵わないわ。マジに塩も撒いてくれちゃうし……ありがと、マスター」

 無理矢理笑って見せる江子に、マスターは首を横に振り、「恐れ入ります」と言う。マスターの表情は非常に優しい。

 江子は、マスターに向かって、ふふっ、と微笑むと、マッチでメンソールに火を点ける。

 そして、メンソールを味わうと、江子は、このバーのオリジナルカクテルをオーダーする。

 マスターは、飲み過ぎですよと言いながらも、シェイカーに手を伸ばした。




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