彼女とBAR4p

この男をなんとか追い払いたい、そう思った女は、ニヤリと、意地悪気に男に微笑みかけると、こう言った。

「あなた、私に奢ってくれるのよね? その気持ちは嬉しいわ。雨に濡れた可哀想な女に奢って下さるなんてずいぶん紳士ですこと!」

「そうだろう? 俺は紳士さ。紳士に下心なんてない。ただ、君と楽しく飲みたいだけだよ。だから、どうかな? 一杯だけでも付き合わないかい?」

「一杯だけ……ねぇ……。ねぇ、あなた、さっきから雨に濡れた私をずいぶん心配して下さっていますけど、それも紳士ゆえの優しさからなのかしら?」

「……そうだよ。そんなに濡れて、気の毒だなって思ってね。だから君に体の温まる物でもご馳走したい気分になったのさ。ねぇ、一杯だけでも付き合わないかい? 退屈にはさせないから」

「はっ! 私が濡れているのが可哀想だから誘ったってことなの? だったら……買って下さらない?」

「へっ……何を?」

間の抜けた声を上げる男に、きつい口調で女は言う。

「服よ! 服! 洋服よ! 紳士なら、ずぶ濡れの女に代わりの服を買ってくれるくらいのことしなきゃダメなんじゃないの? 紳士なら女をずぶ濡れの格好にしたままお酒なんて飲まないでしょ? いいこと? 私がずぶ濡れで可哀想だと思って声をかけたのなら、私に服を買いなさい! あっ、安っぽいダザイ服ならお断りよ。あなたが着ているスーツみたいなね!」

女の口からマシンガンのように発射される台詞に、男は唖然とした。

そんな男には構わずに女のトークはなおも続く。

「もちろん、服のサイズは私にぴったりのじゃなきゃダメよ。あっ、でも無理かぁ! あなたって、自分の服さえ、サイズがあって無いんだもの。その服、あなたには大きすぎない? ああっ! もしかして、ママに買ってもらったのかしら? ねぇ? 坊や?」

「…………」

女の台詞に、男が言葉を返す事は無かった。

男は、女より見た目は歳上だ。

その男を見下した様に、女が男を見る目は細められていた。

男は黙って席を立つとバーを出て行った。

閉まる扉に、マスターの「お客様、ご注文のカクテルはどうなさいますか?」と言う声が虚しくかけられる。

「やれやれだわ。ああっ! そのカクテル、私が頂くわ、マスター。もう飲み直しよ! 何よ、あいつ! しつこいったら! あっ、マスター、塩撒いといてくれない? 最悪な奴だったわ、マジで!」

マスターは肩をすくめると、女に、男がオーダーしたホットカクテルを差し出し、「店の奢りです」と小さく囁いた。

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