彼女の知らない彼女の物語編

第14話 初恋、初冬

 ‎✿ ‎

 これは、我の実験の物語。

 我は産神ヤノハハキオオカミ。

 そしてこの実験の主役は色織雪葉という少女。

 愛を持たぬ彼女が、どう生きていくのかを知るための実験である。

 が。この実験にはもう一人被検体が存在する。

 それは色織雪葉の双子の妹。

 名を色織海花。

 海花は人を愛しすぎる人間として我が作り上げた。

 さて、実験も終盤に差し掛かってきた所で一つ小話を挟むとしよう。

 愛を人一倍持つ人間、色織海花の初恋の話を。


 なあに、少し退屈にはなるが、これもこれで中々に興味深い。

 なにせ、ここから全てが狂いだしたと言っても過言ではないからな。


 さあ、目を閉じ我の言葉に耳を傾けよ。


 ‎✿ ‎


 朝はスマホの目覚ましで起きる。

 重い体を起こして、カーテンを開けた。冬の少し暖かな日差しを浴びながら、ぐっと背伸びをした。

 制服に着替えて階段を降りる。普通の女の子はリボンを付けるらしいけど、私は息苦しいからカーディガンを着るだけ。スカートは折らなくても膝が見えるからそのままにしている。

 洗面台でまずは、洗顔。冬は乾燥するから保湿クリームは重要。

 ストレートのボブはクシでとかすだけ。前髪はアイロンで今流行りのシースルー……ではなく、重めのぱっつん。

 朝ごはんを食べて、家を出る五分前。私の双子のお姉ちゃんは、私が起きる頃には家を出ている。

 そんなお姉ちゃんを尊敬しながら、黄色のマフラーを首に巻いた。モコモコの柔らかな手触りがお気に入りの、マフラーが首元を暖めてくれる。

 忘れ物が無いかを確認して、黒のリュックを背負って。

 玄関を開けると息が白くなる。吐いた息を吸い込むようにして玄関を見た。

「いってきまーす」

 表札の『色織』という字を横切って私は学校へと向かった。




 隣街の高校まで電車で十五分。降りてから更に徒歩五分。

 どこにでもある県立高校の門をくぐり、人の流れに合わせるかのように歩く。

 昇降口はいつもの賑わいを見せた。昨日のテレビの話をする人。ゲームの話をする人。オシャレの話をする人。……恋の話をする人。

 沢山の人をかき分けながら、階段を上がって教室のドアを開く。とたん、

「海花ー! おはよー! 」

 友達の元気な声。朝から元気だな、なんて思いながら私も笑顔を見せた。

「おはよ、結。」

 ツインテールが印象的な結に挨拶をしてから自分の席に荷物を下ろす。

「おはよ」

 だんだんと人が増え、活気づくクラスに入ってきたのはお下げの女の子。

「おはよ、美波ー」

「おはよう、海花、結。」

 私と結と美波。わたし達はいつも一緒にいる友達だ。

 ちょっとした雑談をしているとチャイムが鳴る。少し急かされる気持ちで席につくと同時に先生が入ってくる。眠たいな、なんて少し憂鬱になりながら本日の授業が始まった。



 朝はあんなに嫌だった授業も気がつけば残り二教科となっていた。私達は二時間分の授業を残しながらお昼休みに入っていた。

 三人で机を囲んでお弁当を食べる。今日は大好きなハンバーグが入っていた。嬉しいけど子供っぽいから心の中でガッツポーズ。

 ハンバーグを頬張ってもぐもぐ食べていると、美波が何かを思い出したかのように口を開いた。


「そういえば来週から期末テストだよね。」


 そう言い終わったあとおかずのナムルを一口。「そうだねー」と相づちを打つ結。私はハンバーグを味わって——

「って、え!? そうだっけ!? 」

 ハンバーグを飲み込んで思いっきり席を立つ。あまりの驚きように二人の口は空いていた。

「そうだっけって、後ろの黒板に予定書いてあったじゃない。」

 全くもう、と美波は半分呆れながら答える。

「え!? そうなの? 」

 冬休みの事でいっぱいだったから、テストなんて頭から抜け落ちていた。

「さっすがは海花だねーこのうっかりさん!」

 私を指さしてウィンクをする結。

 私の顔は一気に血の気が引いて真っ青になる。

 もう一度座り直して、持っていた箸を机に置いた。

 二人に訴えかける様な瞳で遠くを見つめながら、ぼそっと呟いた。

「私さー、先生からこれ以上点数悪くなるようだったら留年だぞって言われたんだよね……。」

「へー。」

 美波さ弁当を黙々と食べながら、他人事の様に無関心なんて相槌を打つ。

 右側では結がお腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。

「やっぱ、海花だわー。頭悪いとか、ほんと最高! 海花のそういうとこだーいすき! 」

 涙目になりながら、足をじたばたさせて子供の様に喜んでいる。

 そんな二人の姿を見て、私は内心腹が立った。



 ——二人とも心配してくれなさすぎでしょ!


 とはいえ、こういう時にこそ頼れるのが友人と言うものだ。

 きっと二人とも私の力になってくれる!……と思う。

 正直なところ、あまり期待はしていなかったけれど、もしかしたらなんて甘い考えで二人に聞いてみる事にした。

「どうすればいいかな? 二人とも頭いいよね? お願い、教えてよー! 」

 掌を合わせて必死でお願いする。一度私の方を見た美波は、正面に向き直る。

「嫌。私だって忙しいから。」

「んー、私も無理かなー。ほら、私って勉強しなくても授業聞いてれば覚えられちゃうタイプだから! ごめんねー海花」

 可愛こぶってウインクする結は、「ごめん」と言う割に全く申し訳なさそうに見えない。

 友達とは思えない冷めた言葉に、私の未来は徐々に光を失っていく。

 二人の言葉で私は崖っぷちに立たされた。

 今から死ぬ気で勉強すれば何とかなるだろうか……。

 でも二人と違って、私は地頭が良くない。ノートに書き写しても全く覚えられないし、暗記も苦手だ。

 ……あれ、私って結構大ピンチ?

 どうしようという焦る気持ちは私を行動へと移して行く。



 放課後。帰宅部の私が茜色に染まる廊下を一人、歩いていた。

 向かう先は三階の図書室。勉強するにはまず形から。図書室で勉強したら多分集中できる……はず。

 憂鬱な気分に侵されながらも、リュックを握りしめ、ドアを開けた。二階よりも夕日が入る図書室は本棚も机も、パソコンすらも赤く輝いていた。

 静かな図書室に一歩踏み入る。一見誰もいないように見えていたけど、視界を凝らしてみると人影があった。

 一歩ずつ近づいていく。だんだんと顔が分かる所まで来て、やっと気づいた。


「……あ、稲月くん? 」


 その言葉に稲月くんは顔を上げる。

 黒い髪がオレンジ色に輝く。手にはシャーペンが握りしめられていた。

 机に視線を移すと、教科書や参考書が散乱していて、何となく察してしまう。

「テスト……勉強? 」

 作り笑いで問いかけると、コクリと頷く。


 無口なのかな、なんて思いながら稲月くんをじっと見た。

 正直、同じクラスなのにも関わらず、私は稲月くんをあまり知らない。

 失礼は承知で言うけれど、稲月くんは存在感無い方だ。


 稲月くんの隣まで来て別の席に移動するのも、と思ったので、稲月の隣にお邪魔した。

 何か会話を、と必死に思考回路を巡らせる。

「私も勉強なんだー成績やばくってさ。稲月くんも? 」

 机に広がる参考書と稲月くんの顔を交互に見た。

 稲月くんは少し恥ずかしそうに声を上げる。

「う、うん。色織さんってそんなに頭悪かったっけ。」

 そうなんだよ、と言いそうになった瞬間、私は稲月くんの顔を見た。

「私の名前知ってたの!? 」

 稲月くんは戸惑ったように「うん」と答えた。

「だって同じクラスだし。」

 彼にとっての当たり前が私の中で何かを生んだ。

 何故だろう。きっと稲月くんにとっては当たり前のことなんだろうけど、なんでか心が弾む。


 名前を覚えてくれた事が嬉しいのかな。

 それとも声を聞けたのが嬉しいのかな。


 どちらにしても自然と笑みがこぼれてしまう。こんなの初めてだ。

「色織さんって頭良さそうに見えるけど。」

 気持ち悪い笑い方をしながらリュックから教材を出し始める私に、稲月くんはそう言った。

 一度手を止めてから、私はまた勉強の準備をする。

「んー、私のお姉ちゃんは頭良いんだけどねー。なんでそこは似なかったのかなぁ。」

 水玉のペンポーチからシャーペンと消しゴムを取り出す。シャーペンをノックするけど、シャー芯がないのか、一向に字が書けない。

「お姉さんいるんだ。」

 シャー芯を入れ終わったあと、シャー芯の容器をペンポーチに戻し、シャーペンを机に置く。そして私は稲月くんの方に体を向けた。

「そうなの! 双子のお姉ちゃんなんだけどね、すっごく完璧なんだよ! 勉強もスポーツもできて可愛くて、性格も良し! 私の大好きなお姉ちゃんなんだー! ……って、私と正反対だよね。」

 稲月くんは、あまりの勢いに目を点とさせていた。私も言い終わった後で自分がかなり変なテンションだったことに気づく。

 うー、顔熱い。

 恥ずかしさを誤魔化そうと再びシャーペンを持って芯が出てくるまでカチカチしていた。

 芯が出てきたのを確認してから稲月くんを横目で見る。

 稲月くんは少し黙った後、優しく微笑んだ。


「好きなんだ、お姉さんのこと。」


 シャーペンをもった手で顎を支え、肘を机の上に置く。

 どうしてだが、身体中を巡る血液が沸騰しそうになる。

 笑顔の稲月くんを夕日が照らして、周りの空気がキラキラと輝いた。

 好き、という単語にまた胸が弾む。

 目線が合ったのに、自分から目を逸らしてしまった。

「うん、好き……だよ。」

 その好きは、お姉ちゃんに向かってのもののはずなのに。私の心の中では別の人物が思い浮かんだ。

 その事に気づかないまま、私は稲月くんと肩を並べる。

 心臓がさっきからうるさい。勉強しなくちゃいけないのに、思考は別の方向に向く。

 カチカチと秒針の音がだんだんと大きくなっていた。その音に耐えきれず時計の方を向くと、電車の発車時刻まで残り七分だった。

 今日は夜ご飯までに帰ってきてと母親に釘を刺されていた事を思い出して、席を立つ。

「やばい! 電車! 」

 急いで荷物をリュックにしまって、椅子を戻す。バタバタと大急ぎで廊下を走ってから、一度止まって元来た道を走った。

 図書室のドアを手で押えて大きな声でその名前を呼んだ。

「稲月くん、明日もここにくる? 」

 稲月くんは驚いたようにコクリと頷いた。

 その仕草に私はとびっきりの笑顔になる。リュックを抑えていた手を頭上に掲げ、私は思いっきり手を振った。

「じゃあまた明日、ここで! 」

 そう言って、また廊下を走る。高ぶる気持ちは私の足を加速させた。夕日はだんだんと暗闇に呑まれ、辺りが少しずつ薄暗くなる。

 やっぱり、今日の私はどこかおかしい。

 約束をしたくらいで、飛び跳ねそうな程嬉しい気持ちでいっぱいになった。

「ハァ……ハァ」

 止まらない足は、そのまま私を駅のホームへと連れていく。

 風に殴られる髪は、茜色に透けて黄金に輝いた。

 その日は、いつもよりも頬が緩んだ状態で家に帰った。

 多分、ただいまの声は普段より大きく、普段より高かっただろう。

 寝るまで高ぶった気持ちが押さえつけられず、いつの間にか朝がきていた。



 翌日は、いつもよりもあくびの回数が多かった。重い瞼を必死に開けようとする。瞼を擦ってみるけどやっぱり睡魔には勝てなかった。

 おそらく授業の半分は聞けなかっただろう。いつの間にかクラスは賑やかになっていた。皆が自由に席を移動しているのを見てもうお昼だと気づく。

 私もいつもみたく結達と一緒にご飯を食べた。弁当を持ちながらぼーっとしていると、結が体を前へと出して目を輝かせる。

「私ね、思い付いちゃったの! 今度の期末テスト、勝負しようよ! 」

「勝負? 」

 美波の顔には「また変なこと言い出した」と書いてある。それを確信させるように美波はため息をついた。

 結は手に持った箸を上下に動かしながら自慢げに話した。

「そう! 三人の中で一番総合点が低い人は、罰ゲームとして何でも言うことを聞かなくちゃいけないの! 」

「いや、嫌!ぜーったいいやー! 」

 私は大声で拒否をした。なぜならその罰ゲームはほぼ百パーセント私になると分かっているからだ。

 勿論、結だってそれを知っていて提案している。

 結は時々、意地悪になるから困る。

 必死に拒否をする私を見て、美波は呆れた目線を送ってきた。

 ぶんぶんと、何度も首を横に振る私。

 そんな私を見て、結の悪巧みをしてる笑顔と美波の一言が地獄へと誘う。


「負けるの怖いの? 」

 その言葉を聞いた瞬間、私の中にある何かの糸が切れた音がした。

 瞼を閉じて心の中で葛藤した後再び目を開く。私の人差し指は美波と結の間を指していた。


「——やってやろうじゃん!」



 ✿


 なんて強気で言ってみたけど、実際勉強なんてほとんどやってないし。一人で自主学習をしようにも限界があった。

 とりあえず、放課後。昨日と同じように図書室に向かう。

 少しため息をつきながらドアを開けると、そこには稲月くんが昨日と同じ席に座っていた。

「やっほー、稲月くん! 」

 さっきまでの憂鬱な気持ちはどこへやら。稲月くんが私を待っててくれたと思うだけでテストのことは忘れてしまいそうになる。や、忘れちゃダメなんだけどね。

 今日は稲月くんの好きものの話をした。稲月くんはゲームが好きで、家に帰るといつもゲームをしてる。好きなゲームはアクションゲーム。でも熱中しすぎちゃって成績が落ちちゃうんだって。

 稲月くんはいつも教室で一人でいるけど話してみるとこんなにも面白い人なんだって思った。

 でもきっと稲月くんのいいとこをを知ってるのは私だけ。この図書室でだけの特別な空間がずっと続けばいいのに。

 そんな浮ついた気持ちは、数日後完全に消滅し、代わりに絶望の感情が現れていた。




 ‎✿ ‎




「色織ー。」

 あれからはや一週間弱。

 授業中だというのにクラスはザワついて、友達同士で紙を見せ合う。

 私も先生から紙を手渡され、そのまま席に座った。

 得点の欄を凝視しながら、肩を小刻みに震わせる。

 真っ青になる私の後ろから、美結と美波が顔を覗かせた。

 ニヤッと悪意のある笑みを見せた美結は、その場で手を大きく振り上げる。


「と、言うわけでー! 最下位は海花でけってーい!」


 崩れ落ちる私の足。結局私が一番点数が悪かった。でも今までとった点数の中では一番の点数だった。

「なんで二人とも勉強しちゃうのー」

 私が二人に向かって愚痴を零すと、さも当然の様に答える。

「いや、普通するでしょ。」

「私は海花を最下位にしたくてさー。頑張っちゃった!」

 自分の頭をコツンと叩き、舌を出してウィンク。結は本気を出したらできる子だから、絶対敵に回したくない。

 私の努力も虚しく、結局罰ゲームを受けることになってしまった。

 罰ゲーム、なんて称しているからには嫌な事をされるのは明白だった。

 しかも、結が楽しそうに笑う時はだいたい嫌な予感しかしない。

「それじゃあねえ……。」

 その後に続いた言葉は、今まで生きてきた中で最高に最悪な命令だった。




 その日の放課後。私はまだ図書室に行っていた。でも今日はいつもと違う。

 登る階段の音が私の心を少しずつ硬直させていく。

「図書室」と書かれたドアの前。私は胸に手を当てて心を落ち着かせた。

 震える手でドアに手をかける。足を動かしてその境界線を超える。

 ここ最近私がよく目にした光景。

「稲月くん! 」

 怖くて声が出ない。手先は震えるし、心臓の音は時計の秒針が動く音よりも大きかった。

今すぐにでも逃げ出してしまいたい。そんな思いを必死に押し殺し、私は声を上げてそれを伝えた。

「私、ね……。」

 テスト対決の罰ゲーム。それは——私の好きな人に。

 稲月くんに、告白すること。


「稲月くんのことが好き……です。」


 たった二週間ほどだけど、私の中で稲月くんの存在が膨れ上がっていた。誰かを好きになるなんて初めてだから、罰ゲームで告白するなんて嫌だけど。振られるって分かってるけど。

 でも、もしも可能性があるのなら……。

 目をつぶって拳に力を入れる。怖くて顔を上げられない。

 沈黙が辛くて、胸が痛む。断られるのは分かっている。だからせめて苦しまないように……。

 真っ暗の視界から、すうっと息を吸う音が聞こえてくる。

 その音と同時に、私の胸は締め付けられた。


「——いいよ。」

「そうだよね、私なんか……ってえ? 」


 今、なんて……?

 勢いよく顔を上げる。目を丸くして稲月くんの方を見ると、稲月くんの顔はまるで夕日のように真っ赤っかだった。

 学ランの袖を口元に当てて恥ずかしそうに視線を逸らす。

「僕なんかで良ければ……。」

 想像もしていないことに夢なのでは、と頬をつねった。痛い。ってことは夢じゃないの?

 頬からはヒリヒリと焼けるような痛みを感じて目頭が熱くなる。

「ほんとに? いいの? 」

 もしや逆ドッキリなのではと稲月くんを疑ってしまう。稲月くんは少し視線を落としてから頷いた。耳が真っ赤なのを見てドッキリでもなんでもなく、本当に私の告白に答えてくれたんだと自覚した。

 その瞬間、目元が抑えきれなくなっていた涙が出る。


 ああ、私、本当に稲月くんのことが好きなんだ。


 そう思ったら余計に涙が出た。稲月くんの前で弱い姿は見せたくないのに涙は一向に止まらなかった。

「よろしく……お願いします……! 」

 泣きじゃくりながら笑顔を見せる。稲月くんはははっと笑顔を見せた。

「こちらこそよろしくお願いします」

 いつも見ていた夕日に照らされる稲月くん。でも今日は稲月くん自体が赤くなってて、私の赤くなって。二人で笑いあった。

 お互い顔を見合わせて手を繋ぐ。

「あ、電車! 」

 今日はお姉ちゃんとゲームをする約束をしていたのを思い出す。涙が引っ込んで大きく口を開けた。

 稲月くんはまた声を出して笑ったあと私の手を握ったまま自分のリュックを片方の肩にかけた。

「駅まで送る。」

 稲月くんの声と握られた手の感触でまた顔が赤くなる。

「お願いします……。」

「なんかさっきからそればっかり」

 図書室を出て廊下を歩く。今までは揺らめく影は一つだったけど今日からは二つ。

 笑い声を響かせながら影はだんだんと見えなくなっていった。


 毎年冬は寒くて嫌いで。でも雪は大好きで。そして今年からはきっと冬が大好きになる。

 それは初冬。初恋の始まり。

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