治水(4)

 「空間の穴」みたいなモノから現われたのは、胸に肋骨を思わせる飾りが有る黒いプロテクターと、髑髏のペイントがされたヘルメットを被った人だった。

 ヘルメットは頭部全体を覆っていて、両目に当る部分には小型カメラらしいモノが有る。それ以外は、ちょっと頑丈そうなバイク用のプロテクターだとしても違和感は無い。

 その人は、手にしていた大型のライフルで、もう1人の巫女を殴り付けようとした……けど、その瞬間、地面が揺れた。

 しかも、その時、例の変な感じがした。

『地下水だよ。あいつは地下水を操って地震を起してる』

 瑠璃ちゃんが、そう教えてくれた。

 地震が起きた事による一瞬の隙に、もう1人の巫女は、あたし達を助けに来てくれたらしい「髑髏の人」の攻撃を避けて、距離を取っていた。

「地震だと? どうなってる?」

 桜姉さんが、そう叫んだ。

「治水‼ ヤツの力を打ち消してくれ‼」

 今度は瀾ちゃん。

「……わ……わかった、やってみる‼」

「何が起きてるんだよ?」

「地下水です……。ここは九州最大の川のすぐ近く。大量の地下水が有る。ヤツは、その地下水を操って、地震を起している」

 待て、何で瀾ちゃんも知ってる? ……まさか、母さんや満姉さんも、昔、似たような真似でもやったの?

『……あ〜、昔、熊本で地下水を操ったら思わぬ事態になって……町を水に沈めかけた事が……1度ぐらい……』

 そう言や、何年か前、そう云うニュースが有った……それも、満姉さんが「仕事で熊本に出張」してる時に……。

「どう云う事だ? 異能力者だとしても、そんな真似が出来るヤツが実在するのか?」

「ヤツ……佐伯が何者か知らないんですか?」

「危険なヤツだと云う事以外、具体的な能力は聞いてない。お前こそ、何で知ってる?」

「詳しい事は後で話します。ヤツは『水の神』の力を持つ者。そして、眞木一族も別の『水の神』の力を持つ者の家系なんです」

「ちょっと、瀾ちゃん、話していいの?」

「もう、私達家族の中で、誰が生き残るか判らない状況になった。私と治水が死んで、桜さんが『神』を受け継ぐ可能性も考慮しないといけない」

「待て……おい、まさか……いや、どうなってる?」

 でも、3人とも生き残ったら、絶対に話がややこしくなると思うよ、瀾ちゃん……。

 地震よおさまれ……地面よ揺れるな……ちょっと待って、もう1人の巫女のやる事を、どうやって打ち消せば……。

 あ、地下水が有るから、地震が起きるなら……いっそ……。

「とりあえず、何とかしてみる……」

 私はそう言って、気合を入れる為に叫び声えを上げて……。ん? 今、何か変な音がしなかった?

『なに、やってんだよッ⁉』

『いや、地下水が地震を起してるなら、その地下水を、どこかにやればと思って……』

 私達の足は水に漬かってしまっている。もう、こうなったらヤケクソだ。

 あたしは溢れ出る地下水を使って、3匹の竜を生み出し……たけど、ふと、もう1人の巫女の方を見ると……。

 あたしと同じ事やってる……いや、向こうの竜が1匹多い……。

『力はほぼ互角でも、向こうの方が、力を操るのには慣れてるんで、まぁ、当然、こうなるよね』

 あたしが作った竜と、向こうが作った竜はドツキ合いを始めたけど……よりにもよって、そのドツキ合いは、あたし達の頭上で行なわれてるせいで、竜を形作っている水の一部が頭上から降り注ぐ。しかも、竜になってる状態では、一見、綺麗に見えるだけで……その水は……泥水だ。

「いや……私は、打ち消してくれ、って……」

「ごめん……まだ……巧く出来ないみたい。こっちの方が何とかなりそう」

 流石に完全に呆れ果てた口調の、瀾ちゃんと、言い訳口調のあたし。

「お……おい……高木……どうなってるんだ、これ?」

 今度は望月君。

「長い付き合いだろ。気付いてなかったのか? 私の家、訳有りだって」

「い……いや、ここまでとは……」

 うん、あたしも、つい最近になって、ようやく、こんな無茶苦茶な一族だと知ったばかりだよ。

 その時、瀾ちゃんの心拍数が微妙に変化。そして……。

「何だ、これは⁉ どうなってる⁉」

「瀾ちゃん……何だよ、これ⁉」

 桜姉さんと、あたしは同時に叫んだ。

「……判らない……まさか……そんな……これは……」

 空から次々と熱線のようなモノが降り注ぎ、地面の水や竜を蒸発させていく。

「へぇ……ようやく本気を出す気になったようね……」

「うるせぇ‼ くたばれ‼」

 一方、もう1人の巫女と「髑髏の人」の戦いも続いていた。「髑髏の人」の叫びと共に、空から熱線が降り注ぐが……もう1人の巫女は、寸前に頭上に氷の塊を作って防御。瑠璃ちゃんの言う通り「人の姿をした大量破壊兵器同士の喧嘩」「ちょっとした怪獣大戦争」だ。

「も……もう、何が起きても驚かねぇぞ……」

 望月君は、口では、そう言ってるけど……口調は言ってる事とは完全に逆だ。

「治水、水を引かせる事が出来るか?」

「や……やってみる。でも、その後は?」

「この隙に逃げる」

「えっ⁉ あの人は?」

「慣れてる筈だ……こう云う状況には……」

「ちょっと待って、どう云う……」

「今の私達じゃ、どうにも成らない……。逃げるしか無い」

「わ……判った……」

「どう成ってんだよ……おい、まさか……」

「詳しい事は、後で話します」

 だけど……その時……銃声が響いた。

 どう云う事……レンジャー隊の1人が……子供に撃たれて……あ、あの子供は、もう1人の巫女の連れだ‼

 そして、レンジャー隊の人は胸を押さえながら、苦しげな様子でうずくまる。

「もし、私がマズい事になってると思ったら、私に向かって、こう言ってくれ……『冬は必ず春になる』」

 瀾ちゃんは、あたしにそう言った。

「えっ⁉」

「そうすれば、私が今からかける自己暗示は解ける」

「ちょっと待って、何を言ってんだよ⁉」

「出づるいきは入るいきを待つ事なし。風の前の露、なお譬にあらず」

 その時……瀾ちゃんの中の……何かが変った……。落ち着いてはいる……いや……変だ……落ち着き過ぎている……。

『瑠璃ちゃん、瀾ちゃんは、何をやったの?』

『さぁ、自己暗示ってヤツじゃないの?』

『それ、瀾ちゃんが言った事を鸚鵡返しにしただけじゃない?』

『おっかしいなぁ……あんたの父親の家系だと、ああ云うモノは必要ないヤツばっかりだった筈なんだけど……』

『えっ?』

 ぼこっ……。

 その音がした時、いつの間にか、あたし達に近付こうとしていた、1人の子供が腹を押えて苦しそうにしていた。

「て……てめぇ……」

 その子供は片手に注射器を持って……いや待って……これは……。その……大人の声の子供は、崩れ落ちて……気を失なった。

「おい、待て……相手は子供……いや、お前も子供だけど……」

「ヤツの声が聞こえましたか?」

「えっ?」

「外見は子供でも大人の声でした」

「そ……そう言や……」

「多分、子供の頃から成長抑制剤を投与して作られた……人間兵器です」

「えええええ⁇ おい、おい、おい、どうなってる⁇」

「大人に銃口を向ける事が出来る者でも、子供が相手なら躊躇うなど良く有る事です。常人より少々上程度の戦闘能力しか無くても、姿が子供なら、使い道はいくらでも有ります。あんな風にね」

 うわあああああ‼ あたし、なんて無茶苦茶な事態に巻き込まれてんだよ‼

『今更、そんな事言われてもさぁ……。もう、ここまで来たら、マトモな人生諦めた方がいいかもね。うん、人生の明い面だけを見て行こうよ。アウトローな人生にも楽しみぐらい有るかもよ。ま、ウチらには何が「マトモな人生」か良く判んないけどさ』

 うるさい、黙れクソ神‼

 更に、瀾ちゃんの右手には、いつの間にか拳銃が握られていて……。

「おい、お前、それ何だ?」

 瀾ちゃんは懐から大き目の拳銃を取り出すと、女の子に銃を向ける。

「お姉ちゃんさあ、本当にあたしを撃てるの?」

 もういい、こうなったら……。あたし達の安全を守る一番簡単確実な方法は……。

 そして、その女の子(多分)は死んだ。

 え〜っと、人を殺すのって……こんなに簡単だったの?

『父親の一族に引き取られたのが、あんただった方が良かったかもね』

『えっ?』

『あんたの片割れには人殺しの素質は無いけど……あんたには有る』

『冗談言わないで』

『冗談なんか言ってないよ』

『ど……どう云う事?』

『あの様子だと「戦士」の一族で育てられた、あんたの片割れは、自分自身の心を操作する技術わざを使わないと、人を殺せない。……でも、あんたは……躊躇いなく人を殺して、しかもケロっとしてる。これがどう云う意味か判るよね?』

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