第5話

家路に着くと、自宅前を動く小さな影があった。

近づいてみると、小学校低学年と思われる幼い少女の姿が。


少女は俺を見つけるや、おぼつかない足取りで駆け寄ってくる。

誰だこの子は?俺にはこの年頃の知り合いはおろか親戚すらもいない。


「おねぇちゃんを・・・たすけてください・・!!」

見知らぬ少女は、涙を浮かべて懇願してきた。


マジで、誰?


さめざめと泣くこと5分、気持ちが落ち着いたのか、少女は徐々に泣き止んでいった。


「突然声をかけて申し訳ございませんでした」

一通り泣き止んだ少女は、急に大人ぶった態度で言ってくる。


「私の名前は加藤サキ。小学校2年の7歳です。ジュンさんにお願いがあります・・・。私より8つ年上の姉、ユキ、が病院に入院しています。私と一緒にそこまで来て頂けませんか?」


「は?」


「ジュンさんの噂は聞いております。最強の喧嘩師であり古参ニコ厨。あなたにしか頼めないことがあるのです」


「なんだ唐突に?オレ達は今日が初対面だろ?」


「詳しくは病室でお話します。どうか病院に来てください」


「トラブル相談なら西の八百屋にするんだな」


少女はきょとんとする。


「俺じゃ力になれない。帰ってくれ」


少女の目に再び涙が浮かぶ。瞬く間にそれは大きな水玉となり、地面へと流れ出した。

道行く人々の怪訝な視線が痛い。

これ以上泣かれたらたまらない。

渋々、姉がいる病院とやらに向かうことにした。


豊島総合病院。最上階1020号室。

だだっ広い個室に、キングサイズのベッド。

サキの姉だというユキは、点滴につながれ眠っていた。

白い肌に長いまつげ。枕の上でも整った輪郭は崩れない。まさに眠りの森の美女、といったところか。


両親は共働きでともに公務員だそうだ。こんだけデカイ個室をあてがうってことはけっこう裕福なんだろう。


「電子機器の持ち込みは禁止です。医療器具が誤作動起こすので」


看護師にうながされ、携帯とノートPCを入り口の箱に入れる。


分厚い扉が閉められ、室内は姉妹とオレの3人だけになった。



「おねぇちゃんは「歌ってみた」で活動していたんです。「恋スルVOC@LOID (修正版)」や「私の時間」などを歌ってうpしていました。」


姉を不安げに見つめながら、サキが語り始めた。


「マイリスは300くらい。有名というわけでもなく、まったりと楽しんでいました。

そんな中、Vipperによる荒らし祭り“デビルの祭典”が始まって・・・。姉の動画も攻撃対象になりました」


オレとサキは一度病室を出て、ユキの投稿動画を見る。


【下手糞www】

【しねwww】


ありがちな荒しコメントが多数。


「当初、姉は気にしていませんでした。でも・・・」


【特定しますた!豊島女子校1年A組。住所は***】


「姉の個人情報がさらされ、顔写真まで流出。精神的なショックがとても大きく・・・心身に異常をきたし、姉は倒れてしまったのです・・・」


サキはこちらに向き直り、真っ直ぐな視線をオレに向ける。


「姉の力になりたい一心で、私なりにいろいろ調べました。分かっていることをお伝えします」


「今回のデビルの祭典。首謀者は南池袋2丁目のギャングスター、です。

通り名は『ジ・テキサスブロンコ・フレイムアンガーマン・山田たけし』・・・通称、『タケシ』

ロサンゼルスでカラーギャングのヘッドを張っていたそうです。麻薬取引のため日本に進出。足がかりとしてここ池袋に目を付けました」


突然、少女の頬が赤くなった。


「すみません、急に解説キャラになって・・・。よどみなく説明できるように、事前に練習してたんです」


俺は黙って話を聞く。


「えっと・・・。話、続けますね。

タケシは池袋を拠点にするにあたって、過激派Vipperを舎弟にしました。Vipperは2chから生まれたゴロツキ集団。しかしその内実は烏合の衆なので、制圧は簡単でした。

Vipperを舎弟にしたタケシは、池袋のギャングを次々と撃破。池袋統一は目前でした」


少女は一息つく。


「ところが、そこに立ちはだかったのが、ニコ厨です。ニコ厨はVipperから枝分かれした新興勢力。両者の対立は根深く。Vipper VS ニコ厨の抗争が池袋で激化。

デビルの祭典は、タケシ率いるVipperが画策したニコ厨潰しの一環です。私の姉は、その犠牲となったのです・・・」


少女は懇願するようにオレを見つめる。


「混乱を収める方法はただ1つ。タケシを倒し、Vipperを壊滅させることです。それができるのはジュンさんしかいません」


少女の目に再び涙があふれる。


「おねがいします。おねぇちゃんを助けてください!タケシを倒してください!」


「すまんが、他を当たってくれ」


「え・・・?」


「興味が無い」


少女は目に涙をためて必死に見つめてくる。

俺の心はまったく動かない。

踵を返し、静かに病室を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

池袋エレクトロ・ザ・ワールド たんたん @supon777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ