6月

第7話

 六月になって、梅雨時になっていた。

 C組にいる友だちの華乃かのともが来ていた。

「小夜はどうするの?」

「え? 志望校……? 全然、母さんと話せてない。仕事も忙しいし」

 わたしは最初は話そうと思っていたのに、家事を始めるとそのことをすっかり忘れちゃったりして、そのまま六月上旬の第一回の進路希望調査書が配布されちゃったんだ。


 足首の経過を診てもらうために病院に行ったあと、悠里ゆうりと遭遇した。

「小夜、進路希望を提出した?」

「もう提出した。都立東台を第一志望にして、併願校に桜木学院を受ける」

「うわ、めちゃくちゃ秀才だ! うちはどうしようかな? 都立呉原か神村北が第一志望で、併願校は佐久間女子高にしようかな?」

「そうか……おばさんに話せてる?」

「少ししか、話せない。まだ仕事のシフトが遅くて」

 最近は出張とかで、なかなか家にいる時間帯が少ないけど、進路のことは相談してくれる。

 わたしは焦ってきた。

「小夜は目指してる職業はある?」

「え……教師? 家庭科の先生が好きだから」

「う~ん。教師、向いてると思う。教え方、上手いから」

 みゃーちゃんとかに家庭科のテスト範囲を教えていることもあった。

 それを悠里に見られていたのは、びっくりした。

 なんか、少し恥ずかしくなる。

「う~ん……悠里に見られてたのは、ちょっと恥ずかしすぎる~!」

「アハハ、ちょっとだけ見たことがあっただけなのに。恥ずかしがるなよ」

 悠里にはわからないけど、とてもうれしいんだ。

「とりあえず。俺は塾に行くから、またな!」

 わたしも家に帰ることにした。



「ただいま~。母さん、早かったね」

 母さんが珍しく早く帰ってきていた。

「小夜、進路希望調査のことなんだけど、どうする?」

 いきなり言われて、ドキッとした。

「あ、都立の神村北高にしようかなって。私立は佐久間女子」

 母さんはわたしの方を向いた。

「神村北……そうか、がんばれ。自分のサインとハンコは押してあるから、そのまま出しなさい」

「母さん、いまの成績だと……なかなか難しいみたいだけど、がんばってみるね」

 わたしはファイルに入れて、リュックにしまった。

「母さん、仕事。どうしたの?」

「え? 転職することになったのよ」

「え!?」

 母さんはいま勤めている美容室から、近所にできる新しいお店に移るみたいだ。

「安心して、朝早くに行って、夜遅くに帰ってくる心配はないからね」

「でも、なんで?」

「小夜と雪華ゆきかのためよ。小夜はもう受験生なのに、なかなか受験勉強とかをさせてやれてないって思ったから。もう家事は大丈夫だから」

 涙が溢れてきた。

 そんなことを思っていたなんて、なんで気づかなかったんだろう。

 成績が悪くても、家庭的な事情のせいにしていた。

 母さんが優しく抱きしめてくれた。



 その日は久しぶりに母さんと雪華と一緒に川の字で寝た。

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