第2話 あいつ

 清良きよらが……いない。毎朝ここに立っていたのに。まあいい。弁当は学校で渡そう。俺は弁当をリュックに押し込み、おっちゃんの店を目指した。


「おっちゃん!」

 いつもなら店に出てるおっちゃんの姿がない。珍しいな。

「おっちゃん!弁当置いとく!」

 店の台に弁当を置いて学校へ向かった。今日は波音しか聞こえない。いつもと違う朝だ。

 

 結局清良は学校に来なかった。夏休みは明日からだぞ。あいつおっちょこちょいだから一日間違えたんだろうな。俺はおっちゃんの店へ急いだ。休みの間は俺も清良もおっちゃんの店に居座る。おそらく清良はおっちゃんの店だな。


「本日休業  愛別骨董品」


──え。

 おっちゃんの店のシャッターが閉まってる。どうなってるんだ。年中無休じゃなかったのかよ。


──仕方がない。


 俺はとぼとぼと漁港に向け歩いた。母ちゃんの手伝いでもするか。


 それにしてもここから見る愛別島はめちゃくちゃ壮大な景色だな。あの島には色々な言い伝えがあって、この地区の住人にとっては神聖な島として大切にされている。今は無人だが大昔は人が住んでいたそうだ。島のこちら側には愛別焼の釜が点在し、煙突があちこちに残っている。緑溢れる島に人工物が刺さっているように見えてぞくぞくする光景で、魅力的でもある。あの煙突が集まる地区の麓には関所があったらしい。なんでも、愛別焼の技術を外に漏らさないためだったとか。

 愛別焼が一般に出回ることはほとんどなく、かつて島に住んでいた者が許可した人間だけが所有できるとじいちゃんから聞いた事がある。愛好家マニアからは「幻の愛別焼」という地位を得ているそうだ。


 噂ではおっちゃんが所有していると言われているが……どうなんだろう。あの骨董がらくた屋のどこかに幻のお宝が……。

──ないない。



──ん!?

 海面で何か光ったように……

──あ!

 イルカだ!日食の時にイルカが来るって本当だったんだ。

──え!?

 人間もいる。俺は急いで漁港とは反対側へ走った。あの辺りは普段は穏やかな入り江だが、台風が近付いているからか今日は波が高くなっている。

──え!!

 すごいスピードで走るサーフボードから少し距離を取ってイルカが並走している。人間とイルカが一緒に波を支配滑走している!


──すごい!すごい!!すごい!!!


 身体中の血が喜びで駆け回っているのがわかる。なんだこの高揚感は。

 時々どっちがイルカかわからなくなるほどに人間の野暮ったいシルエットがない。現実なのか?映画のワンシーンを見ているみたいだ。


 俺はその姿に吸い寄せられるように海に入っていた。


「何?」


 長い前髪の隙間から鬱陶しそうにしたが覗いている。

「え?あ、あぁ……」

 何してんだ俺。

「あぁ、えぇっと……」

 めちゃくちゃ怪しいヤツみたいじゃないか。制服のまま靴も履いて……

「あ!?く、靴が……」

 どうした俺の右足。はいて……な……い

「あ!あぁぁぁあぁ……」

 あんな所で漂う俺の靴……

「はぅあ!?リュックがぁぁ!」

 最悪だ。背負ってる。


 あまりのショックで目の前の男に何も言わず向きを変え、ずぶ濡れの足元を引きずって波除ブロックに腰をおろした。

 あぁ俺の右靴……。母ちゃん烈火のごとく怒るだろうなぁ。最近買い換えたばかりだもんなぁ。

「はぁぁぁ……やっぱり」

 リュックサックの中までびしょ濡れだ。

 

──ゴツッッッ


「!?」

 頭に何かがぶつかって落ちた。

「あ」

 俺の右靴……

「忘れもん!」

 冷たく言い放ってイルカ男あいつが海に帰って行った。絶対に頭狙っただろう……。

「ありがとう!」

 聞こえたのか聞こえていないのか、はたまた俺の言葉そんなことに興味がないのか、あいつは振り向きもしない。沖でイルカが待っているようだ。

──くそっ。カッコいいな……


 はぁ。ここで濡れた物を乾かすか。その間暇だし、あいつを見ておこう。

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