一の四

 あぐりと紫が席につくと同時に、担任の服部先生が入室してきた。相変わらずのエンジ色のジャージスタイルだ。同じジャージを複数持っているのだろうか?それとも同じものを着つづけているのだろうか?洗濯はちゃんとしているのだろうか?謎である。

 服部先生は、化粧気がない顔に、赤いフレームの眼鏡をかけて、ロングヘアを首の後ろで束ねただけの、見た目は地味な雰囲気の女性教師である。が、ジャージの内部にはそうとうな巨乳が隠されている、と男子生徒の間では、まことしやかに噂されている。だが、あぐりの目からみても、あながち間違いではない、という気がしなくはない。確かめるすべがないが……。

 学級委員の号令にあわせ一同、起立、礼、着席すると、ちぃす、などとけだるげな挨拶をしながら、クラスの鼻つまみ者三人組が、教室後ろの入口から入ってきた。スポーツ科崩れの典型的な男子生徒である。

 服部先生、あからさまに三人を侮蔑のまなざしでみて、

「いい度胸だな、チンピラども。眠気ざましに、さくっと校庭全力疾走してくるか?」

 隠し巨乳先生、地味な顔して容赦がない。

 しかしながら、不良たちは教師の言うことなどききはしない。舌打ちしたり、かんべんしてよぉ、などとヘラヘラ笑いを浮かべ、教師をナメたような態度をとりながら、席についた。

 フン、とひとつ鼻を鳴らしてから、服部先生が出席確認の点呼をはじめ、また今日もいつもの学園生活が開始された。


 そんなこんなで、なんの変哲もない朝の授業が終わって、昼休み。

 あぐりと紫は、屋上でお弁当を食べていた。

 父源次郎の作ったお弁当は、さすがにもと料理人の手わざで、ご飯、唐揚げ、野菜、果物などが、彩りよく配置されていて、目にもあざやかな出来ばえであった。が、紫のお弁当はいささか地味だ。アルミのお弁当箱のなかにはご飯に梅干し、焼き鮭に、添え物はゴボウのきんぴら。紫のお婆さんのお手製だろう、と推察できる。

 あぐりがちょっと目を離したスキに、隣から箸がのびてきて、ひょいと鶏肉の唐揚げがさらわれていく。

「やっぱ、おやっさんの作る唐揚げは絶品だな」

 唐揚げを噛みながら紫が言う。油断も隙もあったものではない。

「あ、いつもいつも私のばっかりとって。ユカちゃんのもちょうだい」

「いやだね。あんたは最近お腹に肉がついてきたんだから、食事量を少し減らすくらいでちょうどいいんだよ」

「ぶぅ~、わたし、太ってないもん」

「じゃぁ、この肉はなんだ」

 言いつつ、紫があぐりのお腹の肉を指でつまんできた。

「いたいいたいたいたい」

 紫の指を無理矢理引き離し、お腹を手でさすった。常人ばなれした握力で肉をつねらないでいただきたい。ヒリヒリする。

「へへへ、いい感触のお腹だな、おい」

 などと、ふたりで戯れているときだった。どこからか、人を恫喝するような強い声、そしてそのあとに、謝るような許しを乞うようなおどおどとした声がする。どうやら、あぐりたちがすわっている場所から、出入り口をはさんだ反対側から聞こえてくるようだ。

 紫の目が、するどく輝く。いけない、これはもう、

 ――お腹をすかせたライオンの目の前で、インパラがフラダンスを踊っているようなものだわ。

 唐突に頭に浮かんだ微妙な比喩表現にわれながらあきれつつも、即座にあぐりは、紫の腕をつかんだ。

「ダメよ、相手にしてはダメよ、ユカちゃん」

 あぐりの手をふりほどいて、紫は声のするほうへ、肩をいからせ、勇んでゆく。完全臨戦態勢である。自称正義の味方モードに入った紫は、あぐりが制止しても、まったく意味をなさなくなる。だからといって、ほっておくわけにもいかず、しぶしぶ、あぐりは紫のあとを追った。

「おーし、お前ら、あたしの目の前でユスリタカリとは、いい度胸だ」

 出入り口の向こうに消えた紫が、啖呵たんかをきっている。

「ああん、またてめぇか」

 それに答えて、ドスのきいた男子の声。

 あぐりが、出入り口の角からうかがうと、そこにいたのはクラスの不良三人組、そして、たかられていたのは、これも同じクラスの杉谷君だ。

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