第11話 攻撃型空母は増殖する

「ルセナさん聞こえてますか」

 艦橋ブリッジの伝声管にウェルスは呼び掛ける。すぐに、少しくぐもった声でエンジンルームにいる副官から返事があった。

「はい、操作準備はできてますよ」


 ウェルスはパルミュラ艦長を振り返った。

「いいだろう。やってみようじゃないか。ただしそっと、だぞ」

 また前艦長に怒られるのは御免だからな、彼女は口の中でつぶやいた。


「じゃあ、ルセナさん。エンジン出力を10パーセントに上げてください」

「了解」

 そのすぐ後に、がくんと体に感じるほどの加速を感じた。

 これは明らかに桁違いのエンジンだ。前回の悲劇がクルー全員の頭をよぎる。


「きゃっ」

 伝声管から悲鳴が聞こえた。

「どうしたんですか、ルセナさん」

「あ、あの。スイッチが入っちゃいました。どうしよう、そうだ、……えいっ」

 何が起きたのだろう。

「あの、ルセナさん?」

「ふぁい? ひょっと、いもあ、へは、ははへなふて」


「ルセナさん、なにか口に咥えてません?」

 ぶは、と声がした。

「いえ、なんでもないです。速度はどんな感じですか」

 そう言われるとすごく気になるのだが。でも今はそんな場合ではない。


「では、左右旋回の試験を行います」

 このまま、通常エンジンを左右交互に動かして、その推力で舵を切るのだ。

「まず右舷全速」

 航海士コルタの席には左右二本のレバーがついた操作盤がある。彼女はウェルスの指示通り、右側のレバーを前に倒した。同時に細かな振動が艦橋に伝わり、船体は左側に向きを変えていく。

「ほう」

 パルミュラが嘆声を洩らした。想像以上に素早い方向転換だった。


「では続いて、左舷全速前進・右舷全速後退。ルセナさんはエンジン出力をゼロにしてください!」

「おりゃっ」

 掛け声一閃、コルタは左右のレバーを逆に動かした。

 地上で言えば、戦車が左右のキャタピラを前後逆に動かしたようなものだ。

 ぎゃいん! という音が聞こえそうな勢いで空母『シーグリフォン』は反転した。


「うひゃーっ」

「遊園地のコーヒーカップみたいだ!」

 あちこちで声があがる。


「あのぉ……」

 伝声管から、幽鬼のような声がした。ルセナだった。

「すみません、交代していただけますか。……酔いました」

 メインエンジン制御の方法はもう少し考える余地がありそうだった。


 ☆


「前方を航行する艦艇を発見。小型の都市空母かと思われます」

 レーダーを操作していたアクィラが金髪を揺らし、振り返った。

「全センサーを起動して、主モニターに立体像を投影します」

 これはウェルスが発見したこの艦の機能だった。艦橋の中央に据えられたそれが単なるテーブルではなく3Dモニターだとウェルスが気づかなければ、それはずっと彼女たちのお茶用テーブルのままだったに違いない。


「小さいな。いわゆる”政令指定都市”級というやつか」

 モニターに投影された合成映像を見ながらパルミュラは言った。そんなサイズ呼称はないのだが。

「……」

 返事がなかった。こんな場合に突っ込みを入れるはずのルセナは、エンジンルームで船酔いをしている最中だった。

「なんだ、調子が狂うな。だれか私に突っ込めよ」

「ウェルス、出番だぞ」

「下ネタはやめて下さい」


「ウェルス、動ける重装歩兵は何体ある」

 パルミュラの表情が精悍な海賊のものに変わっていた。

「諸君、新生『シー・グリフォン』最初の獲物を襲おうではないか」


 従来なら一時間は掛かっていた距離を、わずか15分ほどで目標に接近していた。

「速いなぁ、これ」

 コルタが呆れたような声をあげた。

「本当に高速巡航艦並みの速度が出てるじゃない」


 ☆


「よし、ではまず降伏勧告といこう」

 攻撃にかかる前にこうやって呼びかけ、通常の交易の機会を与えるのがかつての海賊だったらしい。もちろん武力を背景にした一方的な交渉なので、結果的には略奪とそう変わりはしないのだが。


「そこは決まり事だ。もう今では完全に廃れた習慣だけれどもな……」

 少し寂し気にパルミュラは言った。

「それに、これをやらないと前艦長に怒られるんだ」

 どうやらそっちが本当の理由らしい。


 当然のごとく交渉は決裂し、小戦闘が勃発した。


 だが、強引に接舷した海賊空母から現れた重装歩兵アームド・スーツを見た途端、空母の守備部隊は戦意を失った。対戦車ライフルに匹敵する火砲を備えたアームドスーツはそれだけで見るものを圧倒した。

 それに何と言っても、海賊の攻撃型空母が接舷し、巨大砲塔が睨みを利かせている状況で抵抗は無駄だと直感したのだろう。


 この『外交交渉』でシー・グリフォンは一個の軍事ブロック割譲に成功した。それを艦載の大型ロボットアームで相手空母から分離させると、自らの艦体の一番外側に接合する。

 世界基準といってもいいほど同じ規格で製造された艦体ブロックは比較的容易に分離結合ができた。通路はもちろん、電気配線などもほぼ同じ位置に接点があるため、コネクタの接続により問題なく使用できるのだ。


「増えたぞ」

 パルミュラ艦長は満足そうに笑った。



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