第7話 クラスメイトは、ロリ巨乳〇〇〇 ①


 翌放課後。今日も今日とて、俺は選挙で票を得るための戦力を増やすべく、教室でクラス名簿とにらめっこしていた。

 クラス全員の名前と所属している部活が載っている、校外秘資料だ。


 そこに、黒い筒状のケースを手にした河飯がやってきて覗き込む。


「なに見てるの?」


「クラス名簿。なんか味方してくれそうな奴いないかなーって。ほら、やっぱ顔見知りの方がなにかと融通利きそうだろ?」


「融通……?けど、確かに知り合いの方が話はしやすくていいよね。クラスメイトなら、僕も安心だし」


「だろ?けど、誰に声をかければいいのか見当がつかなく困ってんだよ……河飯、仲いい奴で味方してくれそうな奴に心当たりないか?」


「うーん、僕なら幼馴染の剣治かな?けど、隣のクラスで下神とは接点が無いし。となると、やっぱり部活の友達とか?」


「あれ?お前部活してたっけ?」


「してるよ?ここ数週間は休んでたけど。ほら、名簿にも載ってるでしょ?」


 そう言われて名簿を見ると、そこには文系モテの代名詞みたいな文字が。

 ああ、正確には軽音がトップか。でも、河飯にはこっちの方が似合ってる。


「吹奏楽部?」


「そうそう。楽器が壊れちゃって修理に出してたんだけど、ようやく直ったから今日から復帰なんだ」


 嬉しそうに黒い筒を持ち上げる河飯。


「壊れちゃった……って。もしかしてそれ、僕の大好きなクラリネットってやつ?」


「よくわかったね!?」


「大丈夫かソレ?ドとレとミとファとソとラとシの音が出なくないか?」


「ふふっ、何それ。演奏できないじゃん?」


「え~?知らないのか?『僕の大好きなクラリネット』っていう歌!そのクラリネット、パパから貰ったんだろ?」


「買ってもらったんだよ?」


「ちっ……そこまでうまくはいかないか……」


 俺が残念そうに指をパチンッと鳴らすと、俺達以外はいないはずの教室に、不意に物音が。


 ごはっ……!


「「……?」」


 どこかから、聞こえた。不審な吐血音が。


 素の声は高めのドなのに、今の音は明らかにオクターブ下のドだ。

 つまり、ドスがきいた女の吐血音。


「え、今の音、なに?」


「誰かいるのか!?」


 教室中に聞こえるように呼び掛けると、掃除ロッカーの影から小さな人影が姿をあらわした。

 150センチ無いんじゃないかという小柄な体躯に、制香にも負けないような不釣り合いな大きさの胸。その胸元にスケッチブックを大事そうに抱えながら、大きな瞳をぱちくりとさせてこちらを上目遣いで見つめている。

 リボンのついたゆるふわウェーブな茶髪を弄り、もじもじと膝を擦りあわせる様が庇護欲を刺激しそうな、小動物系女子――

 いや。もう面倒だからオブラートに包むのはやめよう。


 見事なまでの『ロリ巨乳』が、そこに立っていた。


 そして開口一番――


「クラリネットって、エロくない?」


「「――っ!?」」


 意味不明なことを言い出した。


「誰だおまっ……!って、なんだ。藤吉ふじよしじゃないか。何してるんだ?こんなところで。部活は……してたっけ?」


 名簿に視線を落とす前に、間髪入れずに返事が来る。


「してない。名誉と栄光の帰宅部」


「なんだそれ?新手の自虐か?」


「そのままの意味だけど?だって、わたしもう自力で食べていける実力があるし。この学校でも、だいぶ稼がせて貰ってる」


「……?」


 藤吉は、首を傾げる俺達の前の席にちょこんと腰掛けると、『ぽふっ』なんて擬音が見えそうな可愛いため息を吐く。


「さっきの吐血、聞いてたんでしょ?バレちゃあしょうがないもんね……」


 え?何が?


 とは思ったが、指摘するとよくわからんカミングアウトが聞けなくなる。

 察した俺はお口にチャックした。

 藤吉はおもむろにスケッチブックを開くと、おずおずとそれを見せてくる。


「「――っ!?」」


 プロ顔負け。見事なまでの『やおい』が、そこには描かれていた。


 俺は咄嗟に河飯の両目を塞ぐ。

 だって、そこには圧倒的画力の河飯のあられもない姿が――


「クラスメイトを題材にBLなんて描くんじゃねぇよ!」


「だって、こんな逸材が身近にいるのに、筆を止めろっていう方が無理……」


「何が逸材だ!可愛くもじもじしたって、俺は腐女子に騙されねぇからな!」


「もう、下神までそういうこと言うの?下神なら善のオタク同士、仲良くやっていけると思っていたのに……あなたまで、腐女子に対する風当たりを強くするの?」


「うるうる見上げるな!俺の、心が……えぐれる……!」


 うるうる。


「やめろ……!その目で俺を見るな……!」


 手が塞がっているので顔を逸らすしかできない俺を、藤吉は執拗に攻め立てる。

 そして、ハイトーンのアニメ声で、儚げに囁いた。


「下神も……わたしをいじめるの?」


 うるうる。


 あーーーーっ!もう!無理っ!心が保たないっ!


 俺の庇護欲が、友情を上回った。俺は河飯から手を放す。

 解放された河飯はスケッチブックを見ていなかったのか、さらりと言い放つ。


「もう、女の子をいじめるなんてダメだよね?藤吉さん?」


「河飯……あなたって、ほんとに従順ないい子なのね……?」


 うるうると、さっきとは違う恍惚とした表情の藤吉。

 何を考えているかは、聞かない方がいいだろう。

 俺は呆れ顔で藤吉に向き直る。


「で?急に出てきて本人の前でカミングアウト。善のオタクを語る腐女子にしては、暴挙が過ぎるんじゃないか?藤吉?」


 その指摘に、藤吉は再び膝をもじもじさせた。

 小さくて可愛いもの好きな河飯はそれをにこにこと眺めている。


(こいつら……三次元もイケんのか?)


 呆れたオタク共だ。

 俺もスクールアイドルを作ろうとした手前、人のことは言えないが。


 だが、河飯という貴重な戦力アタッカーを精神的に戦闘不能にさせるわけにもいかない。

 河飯がいなくなったら、俺陣営には戦える奴がいない。めのまえが まっくらに なった!となって棺桶引き摺って教会送りになるのが目に見えている。


 そうはさせるか。


「何か弁明は?」


 腐女子ギルティ断罪裁判、開廷だ。

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