CASE7「殺し屋(殺し屋でない)」

 買い置きの缶コーヒーを片手に夏の大三角形を一目見て仕事に戻るはずが、ちょうどよく始まった遠い花火に見入り、気付いたときには終わっていた。コーヒーの中身も花火も気力も、まとめて儚く消え失せた。


 仕事に戻るのはやめだ。

 今日も今日とて趣味に走る。


 用意するものは仕事道具。

 趣味も仕事もやるべき事は変わらない。金になるかならないかのの違い。どちらも信念を持って没頭できるものが望ましい。一寸先は闇、手探りしながら進むべき道を得物片手にひた走る。


 今の仕事は不治の病に冒された少女に救いを与えることだった。

 親の庇護下で学校に通わせてもらいながら「退屈」だの「やれやれ」だのと宣う普通の少年にでも救わせとけ、そんなもの。

 私にできるのは彼女を殺してやることだけだ。

 

 今日は黒髪の乙女を殺した。

 考え得る限り最大の恥辱を与えたあと、微かな希望を目の前にぶら下げて、気丈な態度が緩んだ頃がちょうどいい。


 昨日は両親からの虐待で痣の絶えない童女を殺した。

 そのあと、原因にも社会的な報復を与えてやった。


 道中で独り、ウォッカの瓶を乾した。いつだって酩酊気分の脳はむしろきちんと酔いが回ったことで、気分と一緒に趣味が捗る。こんなときに仕事をしてもろくなことにならない。吹き抜けるのは煙草の異臭。放り投げた空き瓶が缶と瓶の摩天楼を快音と一緒になぎ倒した。

 

 


 頭が痛い。

 身体が重い。

 目が回る。

 吐き気が込み上げる。


 なんとなく予感がして、仕事を始める。

 せめて最期くらい、本当に好きだったものに没頭していたかった。

 

 どれだけの時間が経っただろう。

 どれだけ人を殺しただろう。

 どれだけ女の子を泣かせただろう。

 どれだけ男の子に選ばせただろう。

 どれだけの意味があっただろう。

 どれくらいの人の心を動かしただろう。

 

 喉が詰まる。

 咳き込む。


 雀の鳴く声が聞こえるのに、私の世界は黒と白に明滅するばかり。それに酷い匂いだ。魚の血と臓物の腐ったような味もする。

 どうやら私は自分が吐き出したものの中に埋もれているらしい。


 笑っていた。


「……〆切、間に合わなかったなあ」

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