第45話 ありがとうです、ご主人様

 閉じられたブラインドの僅かな隙間からそろそろ空が白み始めているのがわかった。窓の外では遠くカラスの鳴く声が聞こえる。途端にルセフィは肩をすくめた。


「嫌い、カラスカールグは嫌い」

「でもお前らの村はそのカールグだかカラスだかに護られてたんだろ?」


 氷がすっかり溶けて薄くなってしまったジンのグラスを片手にしながら孝太が眠たい目をして問いかける。


「でもでも、野の民メイダンズルは小さいからあいつらに何人もやられたし」

「ふ――ん、単純な共存ってわけじゃなかったのか」

「でも今は地の民トブラックズルの人たちが餌付けをしてくれてるから大丈夫ですぅ」

「なるほどなぁ……まあ、平和が一番だな、うん」


 夜を徹しての長い夜話に疲れ始めていた孝太は気の抜けた返事を返したものの、それでも小さな妖精が話す異世界の出来事には驚かされることばかりだった。その一方でウルスラグナは微動だにせずルセフィの話に耳を傾けていた。そしてついに口を開く。


「私がこの世界に飛ばされることになった原因は理解した。しかしその後はどうなったのだ。気になるのはネシーナだ、ネシーナは無事なのか」


 ウルスラグナの問いにルセフィは力なく首を横に振った。


「わからないし。だってすぐに真っ暗になっちゃったし、それで気が付いたらこの世界にいたんだもん」


 そのときのウルスラグナは孝太が見てもすぐにわかるほどの落胆ぶりだった。主従関係はさておき唯一の友であり庇護者であった自分を失ったネシーナ、最悪は死罪になるやも知れぬ。しかし目の前にいる小さな妖精の話では消滅の直前に彼女には加護と祝福が発現していたのだ、それも他に類を見ないほどの力で。それならば奴隷の身から解放されて母の下に戻れるかも知れぬ。とにかく今できることはこの世界で友の無事を祈るのみだ。ウルスラグナは肩を落として大きなため息をついた。

 空気の流れを変えるか。そう考えた孝太は重くなった腰を上げるとジンを注いだグラスを手にして落胆しているウルスラグナにそれを差し出した。


「なあウルス、酒なんかで気が紛れるかわからねぇけど、とりあえず一杯飲めよ。少しは気持ちもほぐれるぜ」


 ウルスラグナはグラスに口を近づけてその香りを確かめるとよく冷えたジンを一気に飲み干した。その様子を見ていたルセフィも孝太におかわりをねだる。


「ご主人様ぁ、ルセフィにももう一杯だけお願いしますぅ」

「子どものくせに仕方ねぇなぁ、あと一杯だけだそ」


 この強い酒、それもストレートの一杯を前にしてもまったく酔った気配を見せないルセフィのカップに孝太は渋々ながら二杯目を注いでやった。

 のどが潤ったのかルセフィは抑えていた自分の気持ちを吐露し始めた。


「なんだか話しているうちにだんだんムカついてきたし。結局お兄ちゃんもおじいちゃんもみんなみんな光の民ディグスズルのヤツらにいいようにされただけだったし」

「ネシーナのことはさておき、貴様の村はどうなったのだ……と、すまぬ、貴様もまた巻き込まれてこちらに来たのだったな」


 あのウルスラグナがついさっきまであれほど嫌悪していたルセフィに頭を下げている。孝太はこれも酒の為せる業かとほくそ笑みながら二人を眺めていた。


「とにかくロルカム、あいつは絶対に許せないし。オングリザ先生から能力カリビエを教えてもらったのに……まさに恩を仇で返すとはこのことですわ」


 ルセフィは相当頭にきているのだろう、ロルカム・エパデールなる青年の話になった途端に慇懃無礼な口調に変わった。


「ロルカムなる者が我が国ミーマリムタリアに留学してきたのも逃走してたどりついた貴様らの村で叛乱の準備を始めたのも目的は同じ、我が国を光の国ディグシムタリアに属させんとしたのだろう」


 ウルスラグナの推論に孝太も相乗りして口を挟む。


「しかし何をしようにもやたらと強ぇウルスが邪魔だったんだろうな。だけど抹殺だの暗殺だのなんてしようにもこいつに勝てるだけの手練れなんぞいやしねぇ。なによりそんなことをしちまったら国際問題だ。だから事故を装って消滅させちまえってことだったんだろ。まったく手の込んだ話だぜ」

「ならば我が国ミーマリムタリアも……野の民メイダンズルの村のみならず我が国までも今や連中の手中にあるかも知れぬ。クソッ、いまいましい」

「ルセフィだって怒ってますぅ。光の民ディグスズルなんて、みんなみんな信用できないし。村のみんなのことが心配だし」


 するとルセフィの目から大粒の涙がこぼれ始めた。


「それにお兄ちゃん、お兄ちゃんのことが心配です。ルセフィと同じでこっちに来れてばいいけど、でも、もしかしたら……」


 ルセフィは声を詰まらせた。しかし孝太もウルスラグナもそんな小さな妖精にかける声もなくただ見守るばかりだった。

 ひとしきり泣き終えるとルセフィは再び話を続けた。


「神殿にはルセフィとお兄ちゃんとあとテネリアもいたし」

「テネリアってのは風の民とかいうヤツか?」

「そうです、でも覚えたての光の加護の能力カリビエがあるからもしかしたら無事かもです」

「さあどうだろうか。私が思うに貴様同様にジャヌビアもテネリアも、もしかするとネシーナもこちらに飛ばされて来てるのではないか。いや、むしろその可能性が高いと思う。それも同じ神殿の中でのことだ、この街のどこかにいるやも知れん」

「なるほど、ウルスの言うことにも一理ある。オレもその意見に乗るぜ」


 やけに前向きな二人の様子にきょとんとしたままルセフィは彼らの顔を見比べる。孝太は人差し指を伸ばして小さな妖精の頭をなでながら言った。


「とにかく妖精探しだ。この街で起きている怪しげな事件とか不思議な噂とかを片っ端から調べるんだ。きっとそこにはジャヌビアって言ったか、おまえのお兄ちゃんがいると思うぜ。おまえ自身がそうだったようにな」


 そして孝太はウルスラグナに目を向けながらさらに続けた。


「それにウルスだってそうさ、なにしろこっちに来たばかりの頃は大変だったんだ。東新宿署の相庵あいあん警部にも速攻で目を付けられちまうし」

「い、いきなり何を言い出すのだ。と言うかコータ、こんなところで私を引き合いに出すことはないだろう」

「ははは、すまねぇ。でもさ、不可解な事件の裏に異世界人あり、ってのはあながちハズレてないと思うぜ。だからまずはそこから始めてみるってのはどうだ?」


 孝太の提案にルセフィの顔がほころび、森の湖水の如き深い緑の瞳には再びうっすらと涙が浮かぶ。


"Dekuramデクラム nahzasナーザス, ehuinimimエーフィニミム."

(ありがとうです、ご主人様)


 そして小さな妖精はテーブルの上に立ったまま、それでもやたらとかしこまって孝太とウルスラグナに異世界語イースラーで感謝の気持ちを示した。



※謝辞

異世界ファンタジーは作者にとっては苦手分野でしたが新キャラのバックボーンを語るうえで欠かせないこともあって頑張って書いてみました。

そのおかげで前章から本章公開までに相当な時間を要してしまいました。

今話で本作第三章は終幕ですが、いかがでしたでしょうか。

次章、第四章からは再び舞台が現代に戻ります。

執筆はこれからのため、またもやお時間を頂戴することになりますが、ぜひともフォローやブックマークなどで再開をお待ちください。

これからも本作の応援をよろしくお願い申し上げます。

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