第18話 無敵のフォトジェニック ~ 午後の騒乱

 都内有数のコンベンションホール、そこでは国内外の有名ブランドが一堂に会する楽器フェアが開催最終日を迎えていた。プロ、アマを問わないミュージシャンらしき客や企業やマスコミ関係者と思しきスーツ姿の客で賑わう会場の中、およそ周囲とは異なる雰囲気の一角があった。そこでは音楽とはまるで無縁に見える集団がカメラを構えており、その輪の中心に立つ被写体に向けてシャッターを切っていた。


「コータ、私はここだ!」


 ビキニアーマー姿でレンズに囲まれたウルスラグナが観衆の後方に立つ孝太を見つけて手を振る。するとファインダーを覗く目が一斉にこちらに向けられた。

 一瞬たじろぐ孝太だったが、仕事を続けるようにと手で合図すると彼女は笑顔で頷いて再びカメラの集団に向けてポーズをとって見せた。



 ウルスラグナが見せた能力のおかげで相庵あいあん警部からマークされてしまった孝太は、ほとぼりが冷めるまでの間しばらくは自分ひとりでこなせる仕事でつないでいくつもりだった。しかし彼の下に舞い込んでくるオファーはウルスラグナをあてにした依頼ばかりだった。

 それもそのはず、孝太が世話になった便利屋の社長のみならず、行きつけのダイニングカフェの店長である恭平きょうへいママまでもがウルスラグナのことをあちこちに触れ回ってくれたおかげで噂が噂を呼び、メイド喫茶やキャンギャルからアイドルの真似事まで、とにかく彼女を指名する依頼で便利屋稼業は当分先までいっぱいというありさまだったのだ。


 そんな依頼の中から孝太が選んだのが今回の仕事、新進のゲームメーカーとミュージックレーベルがコラボレーションするリズムゲームのキャンペーンだった。

 彼がこの依頼に飛びついた理由は、開店休業とは言えミュージシャンの端くれを自負する自身が少しでもその世界に近いものに参加したいと考えてのことだった。しかしフタを開けてみればその内容は音楽よりもむしろエンタメ色が強い、コスプレキャンペンガールなお仕事だった。


 胸元を覆うのは硬質なトップス、肩と肘にもそれと同じ素材のプロテクターが装備されている。いぶし銀にも似た渋い輝きのそれらはウルスラグナが身に着ける異世界からの装身具と絶妙にマッチした組み合わせだった。

 戦うメイドを意識したデザインだと言うそのコスチュームのボトムスはレース飾りの付いたえらく丈の短い黒いミニと小さなエプロンで飾られていて、ニーパッドを兼ねたロングブーツとの間に魅力的な絶対領域を創り出していた。

 新作の楽器が展示されている楽器フェアの中ではすっかり浮いた存在となったウルスラグナだったが、露出度が高いそのコスチュームひとつひとつがまるで彼女のためにあつらえたかのように自然に似合っていた。


「そう言えば異世界では士官学校を出たとか言ってたっけ。なら似合うはずだよな、本職みたいなもんだし。それにしてもウルスのヤツ、もしここで何か起きたらあの恰好で大立ち回りをやらかすんじゃねぇだろうな……いやいや、それは考え過ぎか」


 そんなことを思い浮かべながら孝太は、レンズに囲まれてポーズを決めるフォトジェニックなウルスラグナの姿を眺めていた。



――*――



 時刻はそろそろ午後三時、最終日のメインとなるイベントに向けて会場全体が盛り上がり始めていた。そのイベントとは大手出版社が仕掛けるメディアミックス戦略のひとつ、話題のアキバ系アイドルを招いてのミニコンサートだった。


 EQuAエクア、若干十六歳の少女が軽快なビートに乗って登場する。

 イメージカラーのクロムイエローを基調としたミニスカ制服のコスチュームに白いニーハイソックスが似合う小柄な少女、イエローのリボンでまとめられた明るいアッシュブラウンのツインテールが彼女の動きに合わせて大きく揺れていた。


 まずは一曲目、登場とともにタイアップしているゲームのテーマ曲を歌う。ファンの興奮も冷めやらぬ中の二曲目はメディアミックスしているアニメのエンディングでおなじみのバラード調の曲だった。

 そして短いMCに続いてのラストは最初の曲と同じゲームのバトルシーンで流れるアップビートの挿入歌、決して広くないステージを囲むファンたちの盛り上がりはすでに最高潮に達していた。


Qu――!」

「エクアちゃ――ん!」


 みなが思い思いに彼女の名を絶叫する。

 ファンの声に応えてにこやかに手を振るEQuAだったが、そんな観客の中に思いつめたような表情で彼女を見つめる顔があった。


 男が頭に巻くクロムイエローのバンダナは既に汗でびっしょりと濡れている。周囲を取り巻く興奮、それに自分自身から発せられる熱気と汗のおかげで黒縁メガネのレンズもその一部が曇りかけていた。

 拳を上げてエールを送るファンをかき分けながら男は無理やり最前列を目指す。


「みんな――ありがとう、だ――いすきだよ――!」


 弾けるような笑顔とともにステージの上手から順にファンとハイタッチをしていくEQuA、その姿を滝のように噴き出す汗をぬぐいながら充血した目で見つめる男。

 ついにEQuAが男のすぐ目の前までやって来た。

 にこやかに手を伸ばすEQuAだったが直感的に何かを感じたのだろう、彼女は伸ばした手を引っ込めようとした。

 その瞬間、男は身を乗り出して彼女の手首を掴む。


「キャ――――!」


 EQuAの声が会場に響き渡る。

 男は彼女の身体を自分に引き寄せながらステージに詰め寄ると、華奢な少女を羽交い絞めにしてそのままステージの中央に出て声を上げた。


「みんな離れろ。EQuAは、ボ、ボクだけのEQuAなんだぁ――!」


 男の叫び声に客席からファンの怒声が飛び交う。


「ざっけんな! オマエこそ離れろ!」

「てめぇ、それでもEQuAちゃんのファンかぁ――!」


 ステージの袖から隙を伺うように男を凝視するスタッフたち。

 こんな騒動の中でもスマートフォンやカメラを向けるファンたち。

 そんなにわかカメラマンを制して回るガタイのよい男たち。


 今、ステージを取り巻く空間は喧騒の渦と化していた。

 やがて怒りに満ちた視線と「か・え・れ!」のコールが男に集中する。その様子に男はますます興奮の度合いを高めていく。

 男の汗ばんだ右手がズボンの尻ポケットをもぞもぞと探り出す。追い詰められてガタガタと震えながらも男がようやっと手にしたもの、それは小さなナイフだった。


「だ、黙れ、黙れ――! さ、下がれ、下がれ――!」


 EQuAの喉元にナイフをあてる男、それを見て静まり返る観客と身を引きながらも身構えるスタッフたち。周囲のブースからもその騒ぎに気付いた野次馬が集まり出して、華やかなイベントステージだったそこは今や一触即発の空間となっていた。



 会場を埋めつくしていた人の流れが変わっていく。

 ウルスラグナを囲んでいたカメラマンたちもみなバラバラとメインブースを目指して走り始めた。

 そしていつの間にか彼女のまわりだけでなく周辺のブースからもすっかり人の姿は消え、事情を知らないスタッフたちはみなキョロキョロとするばかりだった。


 ひとりポツンと残されたウルスラグナに孝太が駆け寄る。彼女の白い髪から見える耳もそばだっているのがわかった。


「ウルス、向こうで騒ぎが起きてるみたいだぜ」

「うむ、私にも喧騒が聞こえている」

「おまえ、聞こえるのか?」

「ああ、娘の叫び声と民の怒声がな」

「ずいぶんといい耳じゃねぇか」

「コータには聞こえないのか……ん?」


 ウルスラグナが何かの気配を感じて身構える。するとそのとき二人の背後から聞き覚えのある、しかしできることなら聞きたくない声が聞こえてきた。


「ヨォ、便利屋。お前らは行かないのか?」

「お、おに……、あ、相庵あいあん警部、どうしてここに」

「詳しい話は後だ。どうやらお嬢ちゃんにピッタリの事件みたいだぜ」


 チャコールグレーのスーツに黒いネクタイで不敵な笑みを浮かべながらそこに立っていたのは東新宿署の鬼鉄おにてつこと相庵警部だった。


「ほら便利屋、見てみろよ。嬢ちゃんもヤル気満々じゃないか」


 ウルスラグナは相庵警部を睨みつけるように一瞥すると、喧騒が聞こえるイベントステージの方をジッと見つめる。

 孝太はビキニアーマー姿で毅然と立つ彼女の身体から強いオーラを感じた。


「コータ、行くぞ」

「お、おい、ウルス、おまえその恰好で……まったく、しょうがねぇなぁ」


 ウルスラグナは孝太に目配せを送ると足早にステージを目指した。その後をあたふたと追う孝太、そんな二人を相庵警部が不敵な笑みで見送る。


「さて、無敵のお嬢さんのお手並みを拝見しようじゃないか」


 そして警部もゆっくりと彼ら二人の追うようにしてざわめく人波の中に消えていったのだった。

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