第7話 スーパー戦隊スウェット

 派手な刺繍柄の入ったダボっとしたスウェットの上下に身を包んだ二人の若者がウルスラグナを挟むようにして立つ。


「あれぇ――こんな夜中にひとりで寂しいっショ。な、今こっちに車回すからヨ」


 二人の片割れ、金髪に赤いスウェットの青年が耳障りなダミ声を上げながらポケットからスマートフォンを取り出すと、すぐさまどこかに電話をし始めた。


「あ――オレっす。いまちょうど、いい感じのをっけましたんで。ええ、ひとりっす。てか、ツレがいるかもですが、そんなのはぶっちめちゃえば、ええ、そんときは応援よろしく。そうっす、いざとなったら拉致ラチっちゃえばいいっす」


 赤スウェットは電話を切るとウルスラグナの顔に自分の顔をぐっと近づけながら、高圧的な低いトーンで威嚇するかのように迫ってきた。


「なあ、キレイなおねえさん、とりあえずいっしょに来てヨ。おとなしくしてれば手荒なことはしないからさ」


 そしてもう一方、顔のあちこちにピアスをつけた黒いスウェットの青年がウルスラグナの背後から近づくとやたらと気安い態度でその肩に手をかけながら耳元で囁く。


「オレらなんでも持ってるし。草でも速いのでも冷たいのでもなんでも。なんならバツなんかもイッちゃう……ん? あれぇ、なになに、この耳。おいおいおいマジかよこれ、エルフかナンかのコスプレか?」


 ピアスだらけの黒スウェットは純白の髪の間から顔を見せる褐色の耳に顔を近づけると興味深げに右手を伸ばしてその先端を軽くつまんでみた。するとその瞬間、黒スウェットは手首に激しい痛みを覚えた。


「イテテテテ、何すんだ、離せよこのやろう! 殺すゾ!」


 突然の大声に周囲の人々が一斉にこちらへ目を向ける。しかし黒スウェットはそんなことなどお構いなしに声を上げ続けた。


「離せよ、離せったら! なんだよコイツの力は。おい、ちょっとコイツをなんとかしてくれよ」


 ウルスラグナは表情ひとつ変えずに黒スウェットの右手首を締め上げる。はたで慌てる赤スウェットは彼女の殺気に満ちた目の前ですっかり委縮してその場に立ちすくみ、あたふたとスマートフォンのスクリーンを指で叩き出した。


「あ、オレっす。今こっち、マジでヤバいっす。すぐに来て……」


 その様子に気付いたウルスラグナは黒スウェットの手首を締め上げたまま詰め寄ると、空いた左手を振り上げて赤スウェットが手にするスマートフォンを払い落した。アスファルトの上に転がったそれを慌てて拾おうと腰をかがめる赤スウェット。その様を見下ろしながらウルスラグナは黒スウェットの手首により一層の力を込めると、今度はその腕を男の背中でグイっとじり上げた。


「がぁ――痛てぇ、マジで痛てぇ、ギブ、ギブ、悪かった、マジで悪かったぁ!」


 右肩を押さえながら叫び声を上げる黒スウェットだったが、ウルスラグナは冷めた眼差しのままで締め上げる手により一層の力を込めた。


「グハッ!」


 男の口から吐き出される呻くような声とともに乾いたイヤな音が聞こえた。そしてその締め上げから解放された男は右腕をダラリとさせながらその場にヘタり込んだ。

 しかしウルスラグナの攻めはこれで終わりではなかった。すっかりうなだれて肩を押さえながら座り込む黒スウェットを見下ろしながら腰を引くと右足を浮かせてそのまま男の側頭部に容赦のないローキックをお見舞いした。

 後にはその場に崩れてピクリとも動かなくなった黒スウェットが冷たいアスファルトに転がっていた。



 その頃、トイレから出て来た孝太の目の前には人だかりの壁ができていた。野次馬たちのヒソヒソ話が孝太の耳に入る。


「やべぇ――、強ぇ――、瞬殺じゃん」

「大丈夫かよ、黒いスウェットの。動かないぜ」

「それより金髪の赤いの、めっちゃビビってねぇ?」


 断片的な言葉から何やら騒ぎが起きていることが伺い知れる。

 もしやあいつの身に何かあったのか?

 孝太は慌てて人ごみに駆け寄ると無理やりにそれをかき分けて輪の中に入っていった。するとそこには呆然と立ち尽くす金髪に赤スウェットの若者とそれを睨みつけるウルスラグナの姿があった。そしてその足元には黒スウェットの男が身動きひとつせずに倒れていた。


「あ――、やっちまったか!」


 孝太の声に気付いたウルスラグナは満面の笑みで応えた。


「おおっ、コータ。ずいぶんと長かったじゃないか」

「そんなことより、何があったんだよ、これ」

「無礼な民にちょっとな。それにしてももろいな、この国の民は」


 孝太は彼女の足元に横たわる黒スウェットの前にしゃがみこむとその顔を覗き込んでみた。どうやら生きているようだ、弱々しい呼吸で肩が微かに揺れている。


「とりあえず命に別状はなさそうだけど……こりゃおまえ、ちょっとやりすぎじゃねぇか」

「命は助けた。オレからの加護だ」


 呆れた顔で自分を見上げる孝太に向かってウルスラグナは勝ち誇ったようなドヤ顔をして見せた。孝太は立ち上がって彼女の顔に向き合うと、とび色のその瞳は生き生きとした輝きに満ちていた。

 そんなウルスラグナの肩越しには既に大勢の人だかりができており、その中の何人かがスマートフォンのレンズをこちらに向けているのが見える。そして孝太はこの状況下でこれから起こるであろう厄介事のことを思いながら肩を落として大きくため息をつくのだった。



「こ、この女、あんたのツレか? ありえねぇよ、こんなの」


 そのときこの場を取り囲む野次馬のすぐ前まで下がっていた赤スウェットの男がスマートフォン片手に声を上げた。


「こっちも仲間ぁ呼んだからよ。すぐに来るぜ。逃げんなよ」


 突如強がる赤スウェットをウルスラグナは鋭い眼光で睨みつける。自分に向けられた殺気を帯びた眼に怖気おじけづいた赤スウェットはすぐさま身をすくませて野次馬が並ぶ後方にまたもや後ずさりした。



「パパラパパ――、パパラパパ――」


 けたたましいクラクションの音とともに一台の真っ白なミニバンが上階の駐車場から延びるスロープを徐行することなく下ってきた。車が近づくにつれて車内から重低音の高速ビートが地響きのように鳴っているのが聞こえてくる。それはクラクションの音よりもずっと耳障りだった。

 車はヘッドライトをハイビームにして野次馬たちを割るように近づくとエンジンをかけたままでその場に停まった。深夜のマーケットを彩る光のカクテルが磨き上げられた白いボディーを複雑なカラーで包み込む。クロムメッキ仕上げの派手なフロントグリルやサイドステップ、そしてやたらと目を引く不釣り合いなくらいに大径のホイールまでもがギラギラとした下品な輝きを放っていた。

 まさに周囲を威圧せんとするその車の中から、わらわらと若者たちが降りてくる。後部座席から二人、運転席と助手席から二人、それら四人の若者はみな色違いの同じようなスウェットに身を包み、手には木刀が握られていた。


「やっぱ、こうなるよなぁ……」


 案の定、孝太の悪い予感は的中した。白に黄色に青、オレンジとそれぞれのカラーに身を包んだ四人は相手を威嚇するように顔を上下させながら何かを叫んでいる。そして孝太たちの目の前で怯える赤に人事不省の黒、孝太の目にはそのコントラストがマーケットの看板よりもなお派手派手しく映った。


「なんだよこの派手な連中は。白、黄、青にオレンジ、それに赤と黒って……スーパー戦隊かよ」


 色とりどりのスタイルで並ぶ姿がなんとも滑稽に思えた孝太はそんな言葉をつぶやきながらウルスラグナに呆れた顔を向けた。


「さすがにこの状況はヤバいだろ、連中武器持ってやがるし、それに多勢に無勢だ。とりあえずここは詫び入れて片付けようぜ」

「なに言ってんだコータ。オレは何も悪くない。詫びなんてまっぴらだ」


 二人対四人、まさにドラマや特撮番組で見る乱闘シーンようなこの状況に野次馬たちからも期待と不安が入り混じった落ち着かないざわめきが沸き起こる。

 仕方ない、ここは逃げるか。人ごみの中に入ればうまく撒けるだろう。孝太はウルスラグナの腕を掴んで引き寄せると、耳元で「走るぞ、ついてこい」と囁いた。

 しかし何かを察したのだろう、ウルスラグナは逃げるどころか孝太の手をそっとほどきながら派手な色の四人の向こう、開け放たれたままの後部座席を凝視した。

 すると車の中から白地に黒の切り替えしに煌びやかなゴールドの刺繍が入ったひときわ派手なスウェットの男がゆっくりと降りてきた。

 男は孝太と同じくらいの長身で左手にはパワーストーンのブレスレット、耳や鼻にはいくつものピアス、そして右手に握った木刀で肩をトントンと軽く叩きながら近づいくる姿には、いかにもリーダー然とした風格が漂っていた。

 リーダー格の男はプラチナブロンドに染めたツンツン髪をひと掻きしながらウルスラグナの目の前までやって来ると人を小馬鹿にするような顔でその全身を舐めるように見る。そして相手の顔ギリギリまで自分の顔を近づけると腹の底からドスの効いた低い声を絞り出した。


「Yo――おねえさん。カワイイ顔してやってくれちゃったねぇ。どうしてくれるのかなぁ、コレ」


 男は手にした木刀の先っちょで倒れた黒スウェットの脚をツンツンと小突きながらウルスラグナに不敵な笑みを向けたが、その目はまったく笑っていなかった。

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