第6話 セクシーランジェリー

 真夜中の職安通りは酔客と夜更かしの若者で日中同様の賑わいを見せていた。さすがに腹をくくったのか、はたまた慣れてきたのかウルスラグナの顔から緊張の色はすっかりと消えて、今では流れ行く車窓の景色を興味深げに目で追っていた。


「コータ見てみろ、ここには薄着の連中がずいぶんといるじゃねぇか」


 その言葉に孝太も彼女の肩越しに窓の外へ目を向ける。するとそこにはこの寒さの中でもタンクトップやキャミソールの薄着で辻々に立つ女たちが見えた。


「だ――か――ら、あの手の連中と間違われないようにパーカーを着せたんだ」


 そう言いながら孝太が視線を足元に移すとそこにはウルスラグナの褐色の脚がスラリと伸びていた。


「とは言え、その脚、パーカーだけだとかえってエロかったか」



 車は路肩に並ぶ客待ちのタクシーの列を避けるようにして停まる。孝太がウルスラグナを歩道へとエスコートするように車を降りると、二人と入れ替わるようにほろ酔い気分のカップルが乗り込んだ。そして車はすぐに発進、ウィンカーを点滅させながら職安通りに溢れるテールランプの列の中に消えていった。

 横断歩道の向こうでは大きなハイビジョンモニターから流れるキラキラとしたダンサブルな洋楽の映像が深夜の街を盛り上げんと重低音をズンズンと響かせている。そんな光の海をバックに従えた信号が赤から青に変わる。孝太はウルスラグナの手を引いて、わらわらと交差点に流れ込む人々の合間を縫って目の前に広がるやけに明るく煌びやかな一角を目指した。


 ドンキーマート、そこはあらゆる品が揃う二十四時間営業のマーケットだった。新宿という場所柄だろう真夜中でも来店者が途絶えることはなく、またそれを目当てに深夜営業する敷地内の飲食店もまたかなりの賑わいだった。

 広く明るい店内は見る人によっては雑然あるいは混沌と思われるほどに多彩な商品で溢れていた。派手なPOPと圧倒的な品数によるコントラストの強い色が次々と目に飛び込んでくる。しかし賑わっているとは言えここは深夜の新宿、それも裏歌舞伎町と呼ばれるエリアにほど近い場所である。孝太はウルスラグナがまたぞろ何かに驚いて暴走することがないようにと、その手を引きながら蛇行するように走る通路を誘導線に沿って歩いて行った。


「コータ、おい、ちょっと待ってくれ。このBurusukブルスクに並んでるもんをゆっくり見せてくれ……おい、そんなに速く歩くな」

「おまえの気持ちはわかるけどさ、もう夜中だし今日のところはチャッチャと済ませたいんだ。この後で軽く飯も食いたいしさ」


 とは言いながらも孝太は少しばかり足を緩めるとウルスラグナの様子をチラリと見ながら続けた。


「そう言えばそのブル……ってのは店とかそういう意味か?」

Burusukブルスクってのはこっちの言葉で言うなら市場だな。オレの世界では二つの月が重なる日にあちこちから民が集まって来て店を出すんだ。小さい店がたくさん並ぶんだけどえらく賑やかなんだ」

「なるほど、ブルスクね、覚えておくよ。それと、おまえの世界には月が二つあんのか」

「ああ、月は二つ、それぞれに名前があってだな……」

「まあいいや。なんだか長くなりそうだからまた今度聞くよ」

「コータから振っておいてなんだ、その言い草は!」


 そんな他愛もない会話をしながら二人がたどり着いたそこは女性用ランジェリーのコーナーだった。


「よし、とりあえずここで良さげなのを見繕ってくれ。これからのことも考えて多めに、そうだなぁ、上と下それぞれ十枚もあればいいだろう。それじゃオレは向こうにいるから」


 そう言ってその場を離れようとする孝太の腕をウルスラグナは困ったような顔をしながら掴む。


「コータ、おまえも一緒にいてくれ。どれを選べばいいのか、わかんねぇんだ」

「わかんねぇって、自分が着るもんだろ」

「そんなこと言ったって見たことのねぇもんばかりなんだ。だからコータ、おまえが選んでくれ」

「い、いや、それは無理、無理。それなら、そうだなぁ、まずはどんなタイプがいいのかを考えてみろ」


 孝太は目の前に並んでいるショーツのいくつかを手渡してみた。布地が大きめのもの、小さめのもの、ハイウエストなもの等々、しかしいずれも彼女のおメガネにかなうものではなかった。

 そのとき孝太の頭の中に初めてウルスラグナを見たときの光景がよみがえってきた。

 あのとき薄い布地に透けて見えていたのは、確かトランクスっぽい形だった。そして今もパーカーの下には……そうか、あれと同じようなのにしておけば無難か。

 孝太はコーナー全体をざっと見て回るとパステル調のショーツが並ぶそのかたわらに少ないながらもトランクスタイプが並んでいるのを見つけた。


「なあ、これはどうだ? 今おまえがけてるのってこんなんだろ」


 ウルスラグナは孝太が見つけたそれらひとつひとつを手にとっては手触りや軽さを確かめてみた。そしてウエスト部分のゴムを何度か引っ張っては何かが気に入らないのだろうか、すぐに棚に戻しては次のショーツを手にしていた。そしてついには再び孝太に助けを求めるのだった。


「コータ、これなんだが、この……ゴムと言うのか、これがどうにも……」

「気に入らないのか?」

「ああ。オレたちは身体からだを拘束するようなものは好まないんだ。このゴムとやらがないものが欲しいんだけどなぁ」


 変わった要求に悩む孝太を尻目にウルスラグナは他のショーツを見て歩く。そしてたどり着いたそこはこれまでのコーナーとは違った雰囲気で薄暗くなまめかしい雰囲気に満ち溢れていた。


「うん、これだ。これがいい!」


 喜びに満ちた声とともに彼女が手にしたそれは全てがレース編みのまるで実用的とは思えないショーツだった。


「コータ、これだ。これならば大丈夫だ。それにほら見てみろこれを」


 ウルスラグナが目の前に掲げたショーツは股の部分がパックリと割れたものだった。そう、そこはセクシーランジェリーのコーナーだったのだ。


「ちょ、ちょっと待て。おまえ、それは違う、違うぞ」

「なぜだ。これなら動きやすくていいじゃないか。オレはこれに決めたぞ」

「いや、ダメだ」

「どうしてだ」

「どうしてもだ」


 ウルスラグナは落胆したように大きなため息をつくと、手にしたランジェリーを元の場所に戻した。そして腕組みをしながら孝太に憮然とした顔を向ける。


「それならやっぱコータが選べ。おまえがいいと思うものを選べばいい」



 まるでつき合い始めたばかりの恋人同士のごとくあれやこれやとすったもんだをした挙句にようやっと買うべきショーツが決まった。結局彼女が選んだのは最初に手にしたトランクス型を数枚、そして残りはなんと、かなりハイカットで大胆とも思えるT-バックのショーツだった。


「どうでもいいけど、おまえさ、拘束されるようなのはイヤだったんじゃないのか? なのにそのT-バックはなんだよ」

「こ、これはこれでいいんだ。ゴムとやらとは違って全体を包むような感じだし、何よりこれなら動きやすそうだ」


 そのときウルスラグナがT-バックショーツを着けて立つ姿が孝太の脳裏に浮かんだ。褐色の素肌に純白のハイカットがなまめかしい。

 ちょっと待て、そう言えばこいつ、腕も足も無毛だったよな。ってことはひょっとすると……いやいや、何考えてんだオレ。


「おいコータ。どうしたんだ、顔が赤いぞ」

「な、なんでもねぇ。さあ、買いもの続行だ。まだまだ買わなきゃならないものがあるんだからな」


 こうして二人はショーツに続いてブラトップやキャミソールなどの下着類、それに普段着のためのTシャツやデニムのボトムスなども買い揃えた。他にもウルスラグナは嫌がったがスニーカーを二足、とりあえずこれで当面の生活に困ることはないだろう。



 大きな買い物袋二つを抱えた孝太に続いてウルスラグナがマーケットを出ると、目の前には建物上階の駐車場へと続くアプローチにつながる通路を兼ねるちょっとした広場があった。既に午前一時にならんとしているにも関わらず目的もなくダラダラと行き交う人々や、それを蹴散らすようにやかましいクラクションを鳴らしながらひとクセもふたクセもありそうな雰囲気を漂わせた車が通り過ぎて行く。


「なあ、ちょっと荷物を見ててくれないか」


 孝太は手にした袋を地面に置くとこれまでの緊張をほぐすかのように手と首をポキポキと鳴らしながら両腕を上げて伸びをした。


「とにかくここから動くなよ。あと誰かに声を掛けられてもシカトしておけ。しつこいようならおまえのあの異世界語イースラーだっけか、あれでまくし立ててやればいい。それじゃちょっと行ってくる」

「おいコータ、どうしたんだ、どこへ行くんだ」


 孝太は速足で建物の裏手を目指しながら声を上げた。


「トイレだ、トイレ!」


"Tzuhmuhasnaツームーアスナ..."

(トイレか……)


 ウルスラグナはホッとした顔でそうつぶやきながら孝太の後ろ姿を見送った。



 足元の荷物に目を配りながら孝太が戻るのをひとり待つウルスラグナだったが、そんな彼女の背後からやけに耳障りな声が飛び込んできた。


「Yo――、Yo――、そこのきれいなおねえさん! どお、これからオレらといっしょに楽しまな――い?」

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