アレが見えないのか?(3)

 次の日。



 街を歩いていると、クラブの仲間から連絡が入ったので、電話に出た。



「よう、どうした?」



 内容は、いつもつるんでる後輩。



「この前、合ったぞ。あいつ深夜に来てよ。訳わからねぇこと言ってたよ。ありゃ、大分…………は?」



 会話が終わると通話を切り、しばらくスマホを眺めていた。



 マジか。

 あいつが"死んだ?"



 話によると、飛び下り自殺だった。

 後輩の声が脳内で反響する。




 "アレが見えないんすか?"




 フラッシュバックのように、後輩が見せた呪いの画像と、肉から覗く女の顔がちらつく。



 気分が悪くなり口元を押さえ、路地裏まで駆け込んだ。


 地べたへ四つん這いになり、決壊したダムのように抑えが利かず、その場で嘔吐。

 嘔吐の苦しみは引く気配がなく、誰かが俺の胃袋握って、胃液を絞り出している感覚におちいる。



 吐瀉物は止まる気配は無く、むしろ勢いが増すばかり。

 苦しみは続き、次第にどす黒いオイルのような物へ変わり、ひたすら俺の口からで続けた。



 いったい、俺の身体に何が起きているんだ?

 何がどうしたら、こんなどす黒いゲロが出てくるんだよ?



 地べたがドス黒い沼と変わる。

 


 すると、黒い沼が湧き上がる噴水のように盛り上がり、浅い山のように膨れる。

 盛り上がったオイルが髪のように、はらりと開き、青白い女の顔が現れた。

 鼻から上を浮き上がらせ、口元は黒いオイルに浸されて見えない。


 見覚えがある。

 恐怖動画で見た、女の幽霊?



 女はこっちに近づいて来る。

 俺はドス黒くオイルを吐き続けているせいで動けない。

 女は嘔吐し続ける、俺の目の前で動きを止める。



 自分を殺したジャンキーの彼氏と、俺を重ねているのか、怒りとも怨みともとれるまなこを向けながら、黒い沼から二本の腕を伸ばし、俺の首を掴む。



 締められたことで、嘔吐は強引にせき止められるが、胃は依然、吐き続けようと筋肉を震わす。

 内からこみ上げる内蔵の苦しみと、外からせき止められる苦しみでもがき続けた。

 板挟みになり呼吸はままならない。



 身体を反り返らせ、捕まれた首を振りほどく。



 止まらない嘔吐を、喉へ押し戻すように口を押さえ、立ち上がり、俺は街を走った。






 



「――――――――アレが見えないのか!?」


 理解されないことに苛立つ。

 俺は顔を戻し、リーマンを見て声がつまらせた。

 そいつは目を虚ろにし、瞳と白目がスロットマシンのように回っていた。

 口は、まるで筋肉が無くなったように、だらしなく開き、締まりのない口から、よだれを垂らすと、そのまま黒いオイルが流れる。



 黒く染まった舌がダラリと垂れ下がり、目は光すら吸収してしまうくらい、真っ黒に染まる。

 しかも、舌は一本、二本、何本も次々と喉の奥から現れ、タコの触手のようになり踊り始めた。




「うわぁ!?」




 驚きリーマンを突き飛ばすと、口から生えたタコのような触手が、ムチのように飛び出し俺の左手に絡みつく。



「離せよ!!」



 八本の触手は、寄り集まるミミズのように蠢き、俺の手にむしゃぶりついたまま、離そうとしない。

 人外になったリーマンの腹に、蹴りを入れ引き剥がす。



「う、うわぁぁああ!」



 俺の手首は溶けたチーズのようにドロドロと、表面が流れ出し、筋肉が露出した後、崩れ落ちて白い骨を晒した。

 露出した骨は指の一つ一つがピクピクと動き、感覚は健在。

 白昼、絶叫しながら俺は再び駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る