貴方のことが好きで好きで堪らないから、私はあいつが

リュウタ

第1話

ピピピピ、ピピピピ


典型的な目覚ましの音が、私の耳を支配する。

うるさいなぁ、とスマホの目覚ましを止め、今日の日付と時間を確認する。

スマホの画面には七月二日、六時五十五分、金曜日と表示されていた。

それを見た瞬間にはっきりと目が覚め、十二時間後に死ぬ、と私は悟った。




もちろん比喩ではあるけど、もしかしたら興奮死してしまうかもしれない。

何故なら今日、私の大好きな四季しき君が、十九時から動画配信サイトで視聴者とコメントを通じて会話するという、視聴者参加型生ライブが初めて配信されるからなのです。

四季君とは、私が登録者二桁の頃から応援している男子高校生の歌い手で、普段投稿している雑談動画からは想像の出来ないほどの美声を繰り広げ、今ではチャンネル登録者百万人を超える超絶イケメン歌い手なのだ!

さっき、普段とかイケメンとかいう言葉を使ってるけど、実際には聞いた事はないし、見たこともない。四季君はネット越しでしかあったことがないし、いつも見る動画の四季君は、カッコイイ立ち絵を使っていて、顔は映らない。

それでもいい、それでもかっこいいんだ、と四季君の事を妄想しながら制服に着替えていると、リビングの方からの声がする。


雪菜ゆきな、ご飯よ」


母の甲高い声が、私の朝ごはんの時間を知らせた。

至福の時間を邪魔されたと思い、若干のイラつきを感じながら「分かったよ」と返事をし、リビングへ朝ごはんを食べに行く。


黙々とご飯を食べ終わり、洗面台でコンタクトを付け、私は自分が通っている学校へと向かう。

一時間という長い道のり。いつもは苦痛の通学だけど、今日の授業さえ乗り切れば夜に四季君の生ライブがある。それだけで今日の学校は乗り切れる気がした。

あぁ、四季君、今日はどんなことを話すんだろう。コメント読まれないかな。


「雪菜、おはよう」


後ろの方から聞き覚えのある声が私の通学を邪魔をした。

最悪だ、好きなことを考えている時に苦手な人物に声をかけられてしまった。

名前を呼ばれてしまったので、仕方なく振り向く。

そこに居たのは、長身長の爽やかイケメン男子と噂されている夏希なつきだった。

運動、勉学共に優秀で顔もイケメン、らしいこいつはクラスも違う、接点なんかない私に話しかけてくる。らしい、と付けたのは私の好きな四季君に難癖を付け、イチャモンをつけてくるため、そういった諸々もろもろの上辺が頭に入ってこず全て友達経由で説明されたからである。

確かによく顔を見るとイケメンではあるが、そこまで言う程か。というか夏希のいい所は話しかけてくれたり、なんだかんだ四季君の話を聞いてくれたり、愚痴を言っても嫌な顔しない所では、と思ったがこれでは夏希のことが良い奴になってしまう、こいつは四季君の事を小馬鹿にする嫌な奴なんだぞ。

そう考えて夏希のことを悪い方向へ持って行く。


「ど、どうした、俺のになにかついてる?」


夏希の顔をじっと見つめながら考え事をしていたため、恥ずかしいのか、夏希は顔を赤らめ、横目でこちらを見てくる。


「別に」


と、素っ気ない返事をし、会話を切ろうとする。

しかし、恥ずかしさが無くなったのか、夏希はどんどんと私との距離を詰めてくる。


「今日いつもより元気そうだけど、何かあるの」


突然、こんなことを言われた。

なぜこいつは私がご機嫌なのか分かるのか、というかそんな些細なこと気づくものなのか。

夏希に対して内心引きながらも返答する。


「別に、いつもと変わらないよ」


四季君のことを話せば、きっとまた興味無さそうに相槌あいづちを打たれるのがオチなので適当に誤魔化す。

すると向こうは、


「ふーん、てっきり雪菜の好きな四季君の生ライブが今日やるから機嫌がいいのかと思ったわ」


わざとらしく四季君を強調し、話した。

なぜ、なぜこいつが四季君の生ライブが今日あることを知ってるのか。

困惑と聞きたいという欲求がせめぎ合って、頭の中が混乱していると、私の様子を察したのかニヤついた。


「やっぱり正解だったか」


そういった夏希の表情は、誇ったような顔で私に屈辱感を味わわせる。


「なんで四季君の生ライブがあるって知ってるのよ、あんた四季君のこと嫌いなんでしょ」


混乱と屈辱感のせいか、思ったことをありのままぶちまけた。

すると、今度は夏希の方が困惑したような顔になり、目をパチパチさせている。

これを勝機と思った私は、残りわずかとなった学校への道を一気に走り、夏希に話しかけられることなく、学校に着いた。




珍しく夏希に話しかけられることも無く、学校が終わり、家に着くことが来た。


私は逸る気持ちを抑え、最高の状態で生ライブを見るために色々と準備をする。

洗面台まで行き、コンタクトを外す。汗ばんだ制服と下着を脱ぎ、軽くシャワーを浴びて、あらかじめ用意してあった部屋着を着てメガネをかける。部屋に入り、スマホを充電しながら十九時を今か今かと待つ。


待っている間、今日起きた出来事などを思い出しているとふと、夏希の事を思い出した。

今日の夏希は一体なんだったんだ。そんな考えが最初に出てきた。


いつもは四季君の話なんてこっちが喋らないと言わないのに、今日は自分から話を持ちかけるし、四季君の生ライブの存在自体を知ってるのも謎だ。それに、なんで知ってるのか聞いたら急に挙動不審になるし。

よく分からない反応をされて、モヤモヤしていると、生ライブ開始二分前にセットしていたアラームが鳴る。


気持ちを切り替え、即座に動画配信サイトのアプリを起動し四季君のチャンネルまで移動する。

すると、ちょうど今始まったのか四季君の軽い自己紹介が聞こえてくる。

やっと開始されたという感情がたかぶり、思った事を直ぐにコメントしてしまう。


しばらく経ち、コメントの量が安定してきた頃、他の人はどんなことをコメントしてるのか気になり、見てみる。

四季君かっこいい、四季君可愛い、などの感想だったり、学校や職場での悩み事、四季君に対しての質問などが多かった。

視聴者参加型生ライブ銘打っているため、悩み事や質問などのコメントが読まれることが多かった。

その中で一つ、とても気になる質問が四季君に読まれた。


『彼女はいますか?』


ファンなら気になるのは当然のことで、ドキドキしながら、四季君が喋るのを待っていた。

すると、四季君は


「うーん、彼女はいないけど、好きな人はいるかな」


と衝撃的な事実を告げられる。

だけど、次の内容の方が私を思考停止にさせた。


「実はその子、俺のファンらしくてさ、俺の話とか嬉々とするんだよね。でもその子、俺が四季だって知らないんだよ」


「今日の生ライブも見てる思うんだよね。笑っちゃうでしょ」


笑っちゃう、という感情は真反対の気持ちが私の心を支配する。


嘘でしょ。

このコメントしている中に四季君の好きな子がいるの。


何も考えられず、大量に送られているコメントに目を向ける。

そこには、呆然としている子や、私と同じく嘘だと否定している子、私かもしれないと淡い希望にすがっている子もいた。


「別のクラスなんだけど、毎回話しかけちゃったり、愚痴とか聞いたりしちゃうんだよね。」


「いつもは四季の話をしないんだけど、今日は俺から話をしたら向こうが困惑しちゃってさ、その顔もまあ、可愛いの」


「四季って名前も俺とその子に季節が入っているから関連して付けたんだよなー、恥ずかしい」


嬉しそうに、恥ずかしそうにその子のことを話す四季君の話を聞いている時に、私の中で関係のない人物が浮かび上がってくる。


別のクラスなのにいつも話しかけてくる人がいる。

愚痴を言っても嫌な顔をしない奴がいる。

いつも私が四季君の話をする相手がいる。

今日に限って向こうから四季君の話をしてきた男子高校生がいる。

私とあいつには名前季節が入っている。


いや、きっと違う。そんなことありえない。


……でも、でももし、あいつが四季君だったら?


画面を見つめ、独り言を呟く。


「貴方があいつなら私は……」


私は、貴方のことが好きで好きで堪らないから、私はあいつがーー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

貴方のことが好きで好きで堪らないから、私はあいつが リュウタ @Ryuta_0107

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る