【B】宇宙柄ふぁんしー


「お前、なんでいつも軍服なんだ?」

 不意にそう尋ねられ、ハンスはキョトンと首を傾げた。

 目の前にいるのは社長のラシード。この雑貨店羅針度らしぃどの店主だ。

 ちょっとつり気味の細目。狐目の男とはこういうのをいうのだろうなあなどと、ハンスは思ったりしているが、本人に言うと怒るので言わない。そんなことよりも、彼の場合は深刻に服装のセンスがおかしい。

「ラシードに服装のことで言われてもなあ」

「ここでは、社長って言えっつってんだろ!」

 ラシードはそう怒鳴りつけるが、いつものやり取りなのでハンスは気にした風もないのだ。

「社長のスーツの方がどうかと思う」

「何を言いやがる。スーツはビジネスの基本だからな。戦闘服みたいなものだ。それにちょっとしたオシャレ要素を足すとこうなるわけだよ!」

 などと言って、いつもスーツをびしっと着込んでいるが、何故かやたら派手な柄物。どう考えても怪しいことこの上ない。

 それにターバンやフェズをかぶるのが彼なりのオシャレなのだが、おっとりしたハンスからみても突っ込まざるを得ないエキセントリックなものなのだ。

「まあ、他人にはオススメできないけど、ラシードには似合ってるからなあ。似合っているっていう意味では、いい服なのかも」

 ハンスは呆れ気味に納得して頷く。

「お前の芋い軍服よりマシだっての。大体、お前軍人辞めてるのに、なんで今も軍服なんだよ」

「そりゃあ、動きやすいからだよー。それに、俺、こう見えても貴族の出だから、初めていくとことか盛装してかないといけないじゃん」

「そういやそういう設定だったか」

「失礼だなあ。俺は本国では城持ちなんだよー」

「あんなボロ城、取り壊し費用のが高くつくだろ。しかし、動きやすいか? それ」

「なれると動きやすいよー。どこにいってもちゃんとした服に見えて動きやすいのって難しいでしょ? あと、この格好してると、強盗とかに襲われにくい」

「怖がられてんだよ、それ」

『何を不毛な会話をしているのだ、お前達は』

 果物籠の中で昼寝をしていた竜のギレス様がひょこんと顔を覗かせる。今では羽のついた黒いトカゲのような彼だが、実は意外と由緒正しい古い竜なのだという。

『どちらも奇妙奇天烈な姿だろう。安心しろ、十分に怪しい』

「失礼だなあ」

「一番存在の怪しいアンタに言われたかねーな」

 ラシードが不機嫌そうにそういう。

『第一、お前達、雑貨屋でファンシーショップだと名乗っておきながら、何故、奇妙な生き物だとか、怪しい置物だとか、ファンシーのかけらもないものしか扱わないのだ』

「何言ってんだ。十分ファンシーじゃねえか」

 ラシードはそう言いつつ、手近にある奇妙な形の紺碧色のカップを引っ張り出す。表面にはキラキラした小さな石が散りばめられ、暗がりでは静かに光る。

「この客用のカップとか、最高にファンシーだぜ。なんたって、ぎゃらくしぃだぞ?」

「確かに綺麗だけどさぁ。なんでそれなの? ちょっと色とかグロくない?」

「何言ってやがる。今どき、食い物にだって宇宙色のがあるんだぞ。SNSで見た!」

「ああ、あれかあ。流石の俺も食欲なくなったやつだ」

「あれがJKとかに人気だったら、絶対これもファンシーだな。まあ、任せろ。次に客にこれで茶を出して、ついでに売ってやるからよ。まあー、若い娘に売りたい気持ちもあるが、こういうのスキなのはまずは常連のあのダンナかなあ」

「え、あのおじさんに売るの?」

「当たり前よ。宇宙にロマンを抱いてる世代の方がノセやすいからな」

「可愛さで売るんじゃないんだ? うーん、とてもファンシーなものに対するコメントじゃない……」

 ハンスが呆れてそういうと、ギレス様が頷く。

『うむ、こやつとはどうもファンシーの定義が違うのだろうなあ』

 そうだねぇ、ハンスはそんなことをつぶやく。

 けれど、ギレス様は内心、そんなもっともらしい顔でうなずいているハンスも、十分ファンシーの定義をはき違えているのだと思っている。

 正直、こんな間違った服装で雑貨屋を営んでいる彼らが、正しいふぁんしーを理解しているとは思えなかった。 


◆雑貨店の人たち

・ラシード

 社長。スーツの柄も宇宙柄を一着持っている。昔はスーツなんか着てなかったらしい。

・ハンス

 仕入れ担当。スパイスや薬草の調合大好き。故郷では一応貴族の身分らしい。

・ギレス様

 竜。果物籠でのお昼寝が大好き。日ごろ、この店の男共の常識を疑っている。


◆本日の目玉商品

・ギャラクシィ・ティーカップ

 ラシードが欲しいっていうのでハンスが見つけてきた、宇宙柄ティーカップ。ちょっと色はグロい感じ。飲み物を入れると、中の温度によって輝きや星の輝きが変わる。実は温度の変化などにより、星空も微妙に動いているらしい。この雑貨屋的には比較的穏やかな商品。当初、キラキラ好きの若い女子に売ろうと思っていたようだが、どちらかというと年配の人向けのわびさびを感じさせる一品、というギレス様の意見。実際若い女子には売れていない。

 曜変天目っぽいという噂もあるが、真偽は謎。

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